第8話 もう一人のランカー(御堂凛華)

 私、御堂凛華は学園に居心地の悪さを感じていました。

 それもその筈、私と彼らでは根本的な基礎が違う。


 幼少の頃からダンジョン内で活躍してきた実績がある。

 現に学園に赴く前に単独でCランクダンジョンをソロで踏破済み。

 なので才能の上に胡座を掻く彼らと話が通じないのは無理もないことでしょう。


 しかし私は『御堂』。

 父が探索者協会の重鎮とあってはその子供の私たちも同様に見られる。高潔であれ。そして気高く生きよ。それが御堂の家に生きる人間の生き方。

 父様も兄様も母様も、既に表の世界で活躍している凄腕の探索者。

 その家に末席を置く以上、私に失敗は許されない。


 そして、もう一つの目的のため、私は学園に通う必要があった。

 兄様、やはり私に学園は不必要でした。

 言っては悪いですが、学友のレベルの低さに話を合わせるのが億劫で仕方ありません。

 あの時兄様の手をとって攫われていれば良かったかしら?


 いいえ、ダメよ凛華。

 私は兄様に頼らずに独り立ちすると決めたのです。

 まずは父からの独立。その為の学園での一人暮らし。

 御堂に恥じない成績を収めるのは赤子の手を捻るが如く。

 問題があるとすれば、ライバルになり得る人材が不足していることぐらいでしょうか?

 

「今はギルド内の足場固めに時間がかかる。その前にお前は箔をつけて来い」


 兄様は父様のやり方に反感を持っています。

 少数の犠牲のもと大数を活かす。

 犠牲主義。この学園にも少なからずその思想が溢れている。

 クラスカースト制度や。上位クラスバフなどはその最たるものでしょうか?

 借り物の力で強くなった気でいる同級生が滑稽で仕方ありません。

 もしご一緒したとしても、自分の腕が鈍るのが目に見えています。

 なので私は単独を好む。

 故につけられた呼び名は『氷姫』

 特に氷属性を得意としているわけではないのですが、反応が冷たいからとかそう言った意味合いの蔑称。

 どうせ浮いているのですから甘んじて受けます。

 私の理解者は兄様が一人いてくれればそれで十分ですから。

 多くは望みません。

 どうせ私に残された時間はあまりないのですから。


「お疲れ様です、凛華さん!」


 ダンジョンからの帰り、教室に帰還すると出待ちしていた学友からの声に顔を顰める。

 放っておいてくれないかしら?

 せっかく兄様との思い出に浸っていたのに気分が台無しです。

 それでも主席の私に名前を覚えて欲しいのでしょうね、興味もないことをあれこれと語ってくるのです。

 名前を覚えたからと、あなた自身が強くなるわけでもないのに。


「凛華さん、本日のダンジョンアタックはどうでした?」


「四階層の階層ボスを倒しましたわ」


 クラスから「「おおっ!」」と声が上がる。

 たかが四階層。けれど学園生にとっては未踏の地。

 Cクラスダンジョンなら十五階層からなる別世界。

 四階層なら序盤もいいところですが学園のダンジョンは五階層で打ち止めと聞きます。

 本当に、話が合わない。


「流石です! 一年で四階層に進まれるとは! 我が校初の快挙ですよ?!」


「そうでもないでしょう? 全国区の学園なら一学期でソロ踏破くらいしている猛者くらいいるでしょう」


 希望的観測を述べますが、居ないのでしょうか?

 それはそれで聞きたくなかったですね。

 兄様でしたら……いえ、兄様とて初めから強かったわけでもありませんものね?


「居たとしたらもっと伝説的に言われてますよ。一学年では最速です! おめでとうございます!」


「そう」


 興味なさげに話を切った。


 ◇


 クラスメイトと話が合わないので授業に没頭するも、中身の薄い授業内容に意識をついつい散らしてしまう。

 御堂でなら保育園で習う授業だ。

 そして実技の試験ではもっと億劫だった。


 名目上は同学年のクラスによる対抗戦。

 しかし蓋を開ければ自分より実力の劣る相手へのイジメだった。

 少し秀でてるだけで偉くなったかのように振る舞う態度に反吐が出る。

 確かに学園のダンジョンでならその技術も役には立つでしょう。

 しかしプロになればどんぐりの背比べ。

 スキルをただその通りに使うだけでは押し寄せてくるモンスターに対抗できないのだ。

 切り札は多く持っておくべきである。なのに手の内をああもあからさまに。見ていてため息ばかりついてしまうのはきっと私が彼らと同じ立ち位置にいられないからでしょうね。

 レベルの低すぎる試合に、マウントをとりたいクラスメイト。

 これならば出席せずにダンジョンにこもっていた方がずっとマシだった。それくらいの憂鬱。


「ハハ、Fクラス生がCクラス生と戦いになるわけないじゃないっすか。ね、凛華さん?」


 静かに観戦もできないのかしら?

 他者を見下すことでしか自尊心を保てぬ哀れなお方。

 社会に出ればその目で見られるのはあなたの方であると気づくのはいつ頃かしら?

 学園生は学園の地続きでプロになる。

 だから最初の任務でつまづいて、Dランクダンジョンすら踏破できずに停滞する。学園側でそれを教えていないのが不思議で仕方ない。

 まるで無能の量産機だ。


 そんな事を考えていると、ふと一つの試合が目についた。

 一人は騎士のような鎧と盾を持つCクラス生。

 動きは素人に毛が生えた程度だけど、他者を貶める動作はない。

 そして相対するのはただのジャージの学生?

 相手が盾役だからと無手で挑むのは余程の実力者でも難しいです。

 実際に私がハンデをつけて相手をしても、武器の有無で取れる手段が変わってくる。

 でもその相手は……誘うような動きで攻撃を仕掛けさせてはそれを余裕を持って回避する。

 完全に上位者の動きだった。

 あれは誰? あんな人がいるのなら、私も少しは楽しめそうだ。

 そんな気持ちでクラスメイトに聞けば、


「今戦ってるのは、Cクラスの木下ってやつですよ。SSランクの才能を覚醒したとかで……」


 答えたのは防具持ちの盾役の方。

 聞きたいのではそちらではないと言うのに。

 本当に見る目がないのね。


「違うわ、その相手の方」


「Fクラス生ですか? 名前を覚える価値もないっすよ。才能の覚醒もまだらしいです。何の為に学園に来ているんだか。我が校の面汚しですよ」


 本当に、どこを見てたらそう思うのか?

 でもあれがFクラス生というのは本当かしら?

 私は彼の動きを食い入るように見つめていた。

 ついに試合は終わり、引き分けとなる。

 対戦相手も彼の実力に気づいていたのでしょう、最後は握手をして互いを褒めあっていました。

 ああ、それこそが学園時代に求める青春。

 けれど私の近くにはそれらがあまりにも少ない。

 彼は誰? 本当にFクラス生なのでしょうか?


 それ以外の試合は見るに耐えない一方的なものでした。

 やはり彼だけが特別なようです。

 Fクラス生はバフの一才かからぬ弱者であるべき。

 そのお手本のように、後に続く生徒は上位クラス生のストレスの捌け口となっていた。


「もう良いわ。ここにいること自体が不快なので早めにクラスに戻ります」


「ハハッ、お目汚ししてしまいましたか? まぁすぐに終わりますよ」


 貴方のことよ。どうせ言っても伝わらないだろう。

 こんな学園の中で束の間の平穏を過ごすといいわ。


「あ、まだ俺たちの出番が」


 もう一人のクラスメイトが自分の勇姿を見せてないと悔しがる。


「見るまでもありません。どうせ華々惨たらしく勝利す甚振るのでしょう?」


「いやあ、分かりますか?」


 言葉の裏を読み取れずに同級生は自信たっぷりに返事をする。

 自分より弱者にしか勝てずになにが探索者か。

 本当に反吐が出る。こんな人達を雇い入れるギルドもあるというのだから世の中わからないモノだわ。


 そういえばそろそろTPの累積結果が出る頃ね。

 まだ一学期が始まって一ヶ月。

 どうせ順位は変わらないでしょうけれど、それでも順位を落とせば父様から叱られる。確認を怠る理由にはならなかった。

 しかし……


「どういうこと?」


 そこに記されているのは、自分の記録を大きく超える540万の文字。

 私ですら四階層の階層ボス踏破で80万がやっとなのに。

 なにが起きているの?

 もしかしたら本当にこの玉石混交の中に探し出すべき宝石があったと言いたいの?

 

「まさか、踏破された?」


 いえ、そんなはずはありない。

 学園内のダンジョンランクは低いものと聞いています。

 あまり急いで踏破しても勿体無いと今日は四階層で引き上げたくらいです。

 まさか先を越されるなんて……

 でも本当に踏破されていたとしたら?

 それが気になって、私は兄様へと電話を掛けます。


「あ、兄様。実はご相談したいことがありまして」


『どうした? お前からかけてくるなんて珍しいな。学園が幼稚すぎて辞めたくなったか?』


「いえ、実はTPランキングの順位を抜かれたようです」


『なるほどな。天下の御堂に喧嘩を売るか。何学年のなんて奴だ? 俺のツテを回ってその不届き者にお仕置きしてやる』


 不正だと思ったのでしょう、兄様は乗り気で話しかけてきます。

 私が抜かれるだなんて思いもよらなかったのでしょうね。

 それはもちろん私も同様だ。誰に抜かれたかもわからずに謎は深まるばかりである。


「いえ、兄様。抜かれたのは一学年での累計ポイントです。今まで私がトップを維持していたのですが……」


『検査機のバグか? お前が抜かれるなんて想像も出来んが……』


「いえ、ダンジョン協会のデータを反映させた最新式です。バグなど出るはずがありません」


『ではお前よりも強い、又は稼げる奴がいると?』


「そう考える方が納得できるでしょう。それに私の方でもいくつか不明な点がありました。以前学園のダンジョン四階層に降りた時のことです」


『おま、一年の一学期でもう四階層に入ったのか?』


 そこまで驚かれることでしょうか?


「入ったのではありません、階層主を倒しました」


『はぁ? 四階層の階層主を倒して持ち帰ったアイテムをTPに換算して負けたって言うのか?』


「だからそう言ってます」


『幾つだ?』


「84万程ですね」


『流石だな。一学期でその桁か。当時の俺のレコードを超えてるぞ?』


 兄様ならもっと取ってくれていると思っていましたが、当時はそれほどでもなかったのでしょうか?

 いえ、違いますね。これは兄様なりの配慮です。私に気を遣ってくれているのですね?


「ですがトップは540万でした。兄様はこれをどう見ますか?」


『妙だな。踏破したにしては


 そう、ランクの低いダンジョンとはいえパーティを組んで居ようと一人頭数千万は稼げる。それだけ報酬TPは多いモノ。

 私の踏破したダンジョンは兄様が攻略し切った後だったのであまりお宝はありませんでしたが、それでも700万は貰えた。

 500万ではあまりにも少なすぎる。


「ええ、ですが私と同じ四階層突破程度の稼ぎではありません。これは五階層にもたどり着いてると見ていいでしょうね」


『ああ、ちょっと興味あるな、そいつ』


「ええ、そう思いまして兄様に相談に乗って頂きたいのです」


『そいつの名は?』


「それが、わからないのです」


『分からない?』


「同級生にそれほどの凄腕はいません。パーティを組んでようやく三階層に潜れる程度。とても私を抜くことなど……」


『ならBクラス生か?』


「対抗戦を見る限り、私の実力に追いつけそうな者は才能覚醒者の中には皆無です。しかし一人だけ面白い動きをしているFクラス生が居ましたわ。でも才能の覚醒もして居ませんから、私より上にあがる事はまずないと思います」


『じゃあそいつは亡霊か何かだって言うのか?』


「それを、兄様に調べていただきたいのです」


『……そういう事か。確かに、もしお前に感知されずに荒稼ぎできる奴が居るってんなら俺も興味があるな。ウチのギルドに欲しい。勿論、お前もな?』


「勿論です。私の居場所は兄様が作ってくれるのでしょう?」


 困った様な声を聞きながら電話を切ります。

 本当は困ってもいないでしょうに。

 兄様ほどの腕でしたらどんな難事件も即座に解決してくれるでしょう。なんせ兄様はAランクの探索者なのですから。

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