第3話 ダンジョンアタック②

「戻ろう、僕たちだけじゃあいつらには勝てない」


 もはや烏合の衆となったクラスメイトに声を掛けたのは、他ならぬ俺だった。

 全員が奇異の目で見つめてくる中で、佐咲さんだけが俺の意見に賛成してくれていた。


「六濃君の言う通りよ。スライムの撃退法はなんとか見つけたのだし、それで才能を獲得しましょう?」


 その撃退法は、一人の犠牲者の上に成り立っている。

 次は誰を犠牲にするのか?

 全員の瞳がそれぞれの間で彷徨った。


「僕が囮になる」


「六濃君?」


「良いんだよ、佐咲さん。誰だってこんな損な役割こなしたくないに決まってる。でも僕は、スライムのある法則を見つけたんだ」


「法則?」


 頷き、軍手をしていた手で湿地帯に生えていた草を引っこ抜く。


「その草は?」


「スライムがよく食べている草だよ。食事中、攻撃をしてもあいつらは動かなかったよね?」


「でもその量じゃ、一瞬で食い尽くしちまうぞ?」


 意見をしたのは金髪を真ん中分けにしたクラスメイト。

 確か秋庭幸人だったかな?

 どこか正義の味方を気取ってて、クラスの輪をまとめようと頑張っていたのを覚えている。取り越し苦労だったが、彼の頑張りに救われた生徒も多かったのも事実だ。

 

 スライムはその食事に人間の肉を好むが、口に含めばなんでも食べる悪食のようだ。

 一度食いついたら離さないのもあって、食いつきさえすれば時間は稼げるだろう。


「だから食い尽くされないような工夫をするんだ。例えばあそこにちょうど出来たてほやほやの遺骨がある」


 ついさっき死んだ不良生徒の遺骨だ。

 それに草を巻きつけて、スライムに食いつかせる案を提示すると全員から一斉に引かれた。


「流石にそれは……どうかと思うわよ?」


「今は四の五の言ってる場合じゃないんだよ? 次にこうなりたいのは誰? 僕は現状を打破するための提案をしているんだ。勿論、他に提案があるなら聞くけど?」


 倫理的には最低最悪。

 けど、誰だって死にたくないのでその方法を取る他なかった。

 ダンジョンで死んだ魂は輪廻の輪を通れず、ダンジョンの糧となる。

 一般人がダンジョン内で死んでも特に変化はないが、才能覚醒者が死ぬと、モンスターを屠って蓄えた経験値でレベルアップする場合もあるから注意が必要であると教科書にも載っていたっけ。

 だから探索者は自分の安全圏から出ようとしない腰抜けが多いのだ。そのための肉盾を俺達Fクラス生にやらせればいいとさえ思っている。

 何せ自分達は才能に選ばれた特別な人材。

 だから何をしてもいいと思っているのだ。

 勿論頼みこまれたってそんなお願い願い下げであるが。


 そんなこんなでスライムを一匹撃破。

 スライムは中心にあるコアを破壊すれば生命活動を停止するようだ。

 物理は基本的に無効。状態異常にも耐性がある厄介なやつだが、唯一そのドロップ品のコアは小腹を満たすのに役立った。

 食べられるのだ。食料を買い込めない俺たちに取ってこれほどありがたい非常食もない。

 しかしそんな奇行を訝しむ目がある。

 モンスターのドロップ品を口に入れるのを嫌がる生徒も少なくない。好き嫌いしてる場合じゃないと思うんだが?

 まぁ誰もいらないのなら俺が優先して手に入れておく。

 あとで欲しいと言っても渡さないからな?


「お、才能獲得!」


 その中で一人、声を上げたのは例の秋庭幸人。

 立ち去ったクラスメイトと同様に俺たちを見捨てると思われたが、


「俺をあんな薄情者達と一緒にするなよ」と笑った。

 どうやら彼はとんでもないお人よしであるようだ。


 覚醒する才能は、ゲームで言うところのジョブに該当する。

 そのジョブによって様々なスキルを獲得するのだ。

 これがまたゲーム的で、人々に受け入れられやすい要因にもなっている。あとはモンスターを倒せばレベルが上がったりと似通う部分は多かった。


 秋庭君の才能はシャドウナイト。

 影を使って攻撃と補助が可能な、器用貧乏な才能だった。

 しかしこの中では唯一の攻撃手段持ち。

 ただ、すぐに活動限界に来てしまう。


「ああ、くそ。今ので打ち切りだ!」


 スキルは予め使用回数が決まっているようだ。

 だから学園側は無駄な消費を抑える為にFクラス生を生贄にするのだろうね。

 奨学金という名の借金でがんじがらめにし、生徒を都合の良い奴隷と仕立て上げるのだ。

 そんな事実知りたくもないが。


 でも、才能がなくたって一般人でもモンスターを倒せるというアドバンテージは大きい。

 彼の活躍で残された生徒も次々と才能に覚醒していた。


「ありがとう、秋庭君。今ので他の子達も覚醒したようだ」


「そっか、なら武技を消費した甲斐があったな」


「とは言っても、居残るかどうかはその人達次第だけどね?」


「は? ここまで世話になって一抜けするとかないよな?」


 居残り組全員に圧をかける秋庭君だが、全員が全員お人よしというわけではなかった。

 

「ごめん、今まで世話になったけど本当にごめん。俺には家を再興する役目があるから。だから、先に上位クラスに上がらせてもらいたいんだ」


 先程まで死の瀬戸際だったにも関わらず、降って湧いた希望に全てを託す生徒達。

 どうやら微妙な才能だった秋庭君と違い、将来性のある才能を引いたようだ。答え合わせなんかしなくたってわかる。

 だって瞳に光が宿っていたから。

 それに縋るしかないのは痛いほどわかる。

 そして俺たちの関係なんて所詮その程度だってことも。


「見損なったぜ、お前ら」


「まぁまぁ落ち着いて。秋庭君が残ってくれるだけありがたいから」


「六濃君がそう言ってくれるんなら良いけどよ。でも許せねえよなぁ?」


「全員が全員、貴方のようなお人好しではないのよ。このクラスに在籍するに値する理由があるのではなくて?」


 元同級生に愚痴を漏らす秋庭君に佐咲さんがピシャリと言った。

 一瞬反感を示すが、すぐに考えを改めて自分の非礼を詫びていた。

 そんなやりとりを見ている中で、俺もまた才能に覚醒していた。


 <ダンジョンテイマーの才能に覚醒しました>

 才能ランク:SSR

 ダンジョン内に存在する全てのモンスターを使役する事が可能な王の才覚。

 使役するには自力での討伐が必要不可欠であり、また使役モンスターを強化したり進化させることも可能。

 使役下のモンスターの精神に作用して命令を出せるので命令を無視されることはない。

 ※一度ダンジョンの外に出ると全ての能力が剥奪されるのでご注意ください。


 ────────────────────────────

 六濃海斗

 生徒ID:001145-141919810

 才能  :ダンジョンテイマー

 獲得TP:ー

 スキル :テイム、テイム解除

<テイム可能モンスター>

 ☆スライム

 ────────────────────────────


 生徒手帳にも記されているので間違いないがこれは果たして強いのか?

 正直、微妙という他ない。

 モンスターを使役できるのは現状役に立つが、上に行けるかと言われたらちょっと怪しいな。


 ただでさえ学園内は覚醒した才能を検知してクラスへの振り分けをする魔道具が至る所にある。

 しかし俺の才能は、ダンジョン限定。

 TPが稼げても上位クラスに登れない可能性すらあった。

 その上で使役特化。

 テイムしたモンスターも表に持ち出せないのでは一般人と変わりがない。

 え? 本当にこれだけ?


 勘弁してくれよ。こんな才能で妹の治療費を稼がなくちゃいけないのかよ、と目の前が真っ暗になった。

 思わず頭を抱えたくなってしまう。

 

「六濃君は才能に獲得した?」


「いや、見過ごしたかなと確認してみたけど、まだみたいだ」


「そう、残念ね。私もなのよ」


 才能未覚醒者は私もよ、と自慢にもならない自慢をする佐咲さん。

 俺を思っての言葉掛けだろう。

 実際はその微妙さに眩暈がしているだけなんて口には出せずに苦笑する。


「いや、でも才能なしでこれだけモンスターに対応できるのは正直すごいと思うぜ?」


「それは本当にそう思うわ。六濃君の機転のおかげよね?」


「そんな事ないんじゃない?」


「そんな事あるって」


 いつしか合わせて6名まで減っていたクラスメイトは、先の見えない暗い洞窟内を彷徨った。

 もしかしたら当たりの才能を獲得できるかもしれないという淡い希望を胸に託して、茨の道を進んでいく。

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