第2話 ダンジョンアタック①

「くっそ! ズルだろあんなの!」


「むしろあれで一番下なのかって話」


「じゃあAクラスのトップは何モンなんだよ!」


 実技試験という名の体罰。同学年で行うクラス対抗戦でボロクソに負けた俺たちFクラス生。

 今日も飽きずに不平不満を漏らしていた。

 対戦相手は同学年とは言えBクラス生だ。

 ランク分けされる学園では才能の覚醒を終えても長い道のりが用意されている。


 それが成績表とも呼ばれる能力格差だ。

 基本的にダンジョン内でどれくらい活躍できるか?

 獲得したスキルに有用なものはあるか?

 持ち帰ったトレジャーポイントは?

 そんないくつかの要因で成績は決まる。


 逆に言えばどんなに弱い才能であろうと持ち帰りのトレジャーポイント、TPが多ければ多いほど優遇される傾向にあった。

 単体じゃ弱いが、集団で生かされるスキルもある。

 その場合は手取りが少なくなるので上には上がれない。

 結局はソロで強い才能を持った者が勝ち組エリートクラスに行ける仕掛けになっていた。


 無論、どれだけTPを稼いでも、肝心の才能が覚醒しないなら成績に反映されないのでFクラス生には関係のないことではあるが。


 そんな環境でBクラスに振り分けられた生徒に、俺たちFクラス生が勝てる道理はないのだが。

 同学年の力関係にそこまで差はないはずだと考える者も少なくない。

 否、そう考えなければ心が持たないのだろう。

 わかるよ、その気持ち。

 相手はたまたま当たりの才能を持っていただけ。

 自分だったらもっと上手く使う。

 想像上の自分はもっと強いはずだ。そう思うのは才能を持たない者の特権だからね。


 正直、誰かに不満を漏らす前に自己鍛錬に励むべきなのだが、ここに配属された連中は脳内お花畑の探索者と同様だ。

 

 これだったら相手を踏み台にしてでも上に登ろうとする隣の女子の方が好感が持てる。


 そして迎えるダンジョンアタックの日。

 俺たちFクラス生にも当然その権利はあるが、上位クラス生と違って才能もなければ支給されるアイテムもない。


 学園内の支払はTPトレジャーポイント、または割増料金で取引されている。

 奨学金枠に飛びつく生徒に支払える額ではない武器防具がそれだ。


 中には一つで普通自動車相当の武具まである。

 とてもじゃないがそれに手を出せるのは稼げる才能持ちか、親が探索者でバンバン稼いでる家庭の子くらいだろう。


 TPの入手法は複数ある。

 モンスターが落とすドロップ品の換算。こっちは最低限暮らすためのもの。

 正直これに活路を見出すようでは探索者に向かないのでさっさと日常に帰ったほうがいい。

 モンスターなんてのは異世界の原住民程度で、その者達が守るお宝程高額のTPが設定されている。

 雑魚を狩るよりボスを討伐して高確率で落とす宝箱から出るアーティファクトを持ち帰るのが世間が探索者に求めている資質なのだ。


 しかし俺たちFクラス生は通常モンスターすら倒せるか怪しい。

 学園側で確保しているダンジョンの生態系は教科書にも載っているが、大人が武器を持って対峙しても討伐できるかはまた別の話なのだ。


 それこそ探索者一強と世界中で持て囃すくらいに才能の有無はその後の仕事にまで影響する。

 そんな状態なのに、先の試合で勝った負けたの言い合いをしているクラスメイトに辟易する。

 そこで隣の席の少女が声をかけてきた。


「六濃君はモンスター相手に勝算はあるの?」


「どうだろうねぇ、僕としては相手を知れば自ずと道は見えてくると思うんだけど。佐咲さんはどう思う?」


 入学当初の気の強さはすっかり衰えた彼女は不安を拭えない表情で今から死ぬかも知れないと唇をかみしめている。

 口調こそ変わりはしないが、その瞳を見ればモンスターを恐れているのはよくわかる。


 何せ向こうは俺たち人間を餌か何かと勘違いしている原住民だ。上位クラス生と違って手は抜いてくれない。怖くないと言えば嘘である。


「あなたって不思議な人よね。出会った当初はもっと臆病なのかと思っていた。けど私の目は節穴だったようね。あなたには曲げられない芯があり、確信を得て言葉を発している。あなたはどうやってそんなに強い心を手に入れられたの?」


 意外と相手を見ているな。

 彼女に対しての評価を一段階上げる。

 しかし本心は見せない。警戒はして然るべきである。

 仲間は作らない。いざという時裏切れなくなるから。

 俺にとっての一番は、探索者学園の学友ではなく、妹の命。

 だからそれ以外は、どうだっていいのだ。


「どうしてそう思うの?」


「だって……」


 

 そう発した彼女の瞳は確かにこの業界に、才能覚醒者に絶望していた。


「確かにそうだね。僕にとってこれくらいは日常の地続きだ。あんまり聞いても面白くない話だけど聞く?」


 頷く彼女に、僕は両親を幼くして亡くし、預けられた親戚の家でもこれくらいの暴力を受けていたことを語った。


「ひどい……そんな人が居るなんて」


 彼女は俺の境遇に同情してくれていたようだ。

 だが実際は、同情するだけで何もしない。

 中には同情してやったんだから感謝しろと言ってくる連中が世の中には多い。

 そんな連中も多く見てきたので、彼女の言葉は俺に全く響かなかった。



 そんなお話は終わり、ダンジョンアタックでの入場順を決め合う。

 

「おい、六濃! お前一番弱いんだから肉盾な?」


 無能の六濃君。それが入学して一週間でつけられた俺のあだ名。

 席を立って抗議しようとしてくれた佐咲さんを片手で制し、俺は首を横に振った。

 世の中には同じ環境に居ても他者を利用する屑がいる。


 名前も覚えていないクラスメイトは、自分も同じ枠組みにいるのにも関わらず俺を囮にする事を提案した。

 死にたくないクラスメイト達はそれに同意する。


 俺たちはある意味でダンジョンをまだ甘く見ていた。

 どこか安全で死んでも生き返る、ゲームの延長線のように考えていたんだ。


 ◇


「うわぁあああああ、おい! 俺を助けろよ! くそ、俺はまだこんな場所で死ぬ存在じゃないんだ! ぐぁあああああ!」


 スライムの巣に突撃して、自らを犠牲に俺たちを救ってくれた名も知らぬクラスメイトは、そのまま骨まで溶かされていた。


 食事中のスライムは攻撃されても気づかない。

 一人の犠牲の上に才能を覚醒させた者達は、唾を吐き捨てるようにしてFクラスから旅立った。


 才能さえ獲得すればこちらのものだ。

 濁った瞳でその先の薔薇色の人生を考えているのだろう。

 そんな上手い話がある訳もないのに。


 そんな連中を見送って、残ったクラスメイトは全員が人生を諦めた表情をしていた。

 もうこの学園で暮らすのも嫌だし、引き返す道のりも不確定。

 一回層の浅瀬に留まるはずが、恐れを知らないクラスメイトの口車に乗って奥の方へと来すぎてしまった。


 分布図的にはスライムの領域からゴブリンの出現する領域へ。

 ダンジョンは地下世界であるにも関わらず、領域によって環境が変わる。

 スライムの出る層は湿地帯。

 足場がぬかるみ、水源が多いのが特徴だ。

 まるでスライムの為に用意された場所で、武器もなく、上位クラス生が見向きもしないゴミを有効利用しての討伐。

 スライムには通じたが、それらが同じように知恵を持ち、武器すら操るゴブリンに通用するとは思えなかった。

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