第6話 出会い

 除草アルバイトの人達には取りまとめの親方がいて、基本的な指示はその親方が出した。齢六十辺りと思しき親方が声をかけて、一列に並んで田の中を進む。その他は妙齢の女性だ。彼女らは日焼けを嫌って常に日除け布のついた麦わら帽子を冠って顔を覆っていた。そのため、良太はどんな人達が来ているのかよくわからなかった。作業着も全員がモンペ着用で、背丈以外に個性が見え辛い。唯一昼食の時だけは顔を出す女性もいたものの、そんな時でもタオルで顔を隠したままの人も半数を数えた。つまり、顔はもちろん年齢もよくわからないのだ。親方は奥さんも作業に加えているようで、奥さんを呼ぶ時だけは「おい」と声をかけていた。それ以外の女性については全て名前を呼び捨てにしていて、「涼子」「陽子」「早苗」「ゆかり」など、色々な名前が飛び交っていた。良太はその時々に、だれが返事をするか注意して見るようにした。午前の休憩、お昼、午後の休憩と、ジュースと称して飲み物を渡さなければならなかったからだ。そして渡す時にさりげなく「さん付け」で名前を呼ぶのだ。それが作業を円滑に進める上で重要だと、彼女達の反応から良太は気が付いたのだった。数日すると何となく全員の名前を憶えて、声を掛けることができるようになった。そうすると女性陣の方でも良太を受け入れてくれて、昼飯時におかずを分けてくれたりする女性も出てきた。そのようにして、良太は少しずつ皆に馴染んでいったのだった。この除草作業に来る人々を良太は除草隊の皆さんと呼んだ。毎日お昼を一緒に食べていたので、良太はおしゃべりな女性陣から幾多の質問を受けた。

「なして、ここさ来たの?(どうしてここに来たの?)」

「米農家さ、継ぐんだか?(元々米農家の息子で、将来家業を継ぐために修行しているのか?)」

「どこさ、住んでるの?(どこに住んでいるの?)」

「結婚してるんだか?(結婚しているのですか?)」

そして、

「誰か良い人いないの?(付き合っている人はいないのか?)」

最後の質問は決まってこのセリフだった。面白い事に、親方と奥さん、そして、陽子さんだけは質問らしい質問もせず、いつも他の女性陣の会話を聞くだけに努めている感じだった。どの女性も自分の口で質問したいのか、良太は同じ問いかけを何度も受けるはめになった。棚田との出会いから旨い米作りへの思い、そして、将来は自分で米を作ってみたいこと、良太は一つ一つ丁寧に話をした。そんなたわいもない会話の途中、普段無口な親方が一度だけ口をはさんだことがある。それは、田んぼ、できれば棚田を手に入れたいと良太が話した時だった。

「いねーな」

急に親方が言った。

「余所者に田んぼ売る奴はいねー。貸すことさえねえもの。そもそも棚田なんて面倒なところで米さ作る奴なんて、この辺りにはいるわけねえな(他所から来た人間に田んぼを売る人などいない。貸すことさえない。棚田などのように手間のかかる所で米栽培を続けている人など、この辺りにいるはずがない)」

周りにいる女性達全員が一斉に黙り込んだ。田舎では親方への口答えはご法度だと、数か月の暮らしで良太は学んでいた。よって、皆のこの反応は当然だった。この辺りは耕作放棄地だらけだ。車で彼らを送り迎えする時、流れゆく景色の中で、草でぼうぼうになった田んぼを見てきた。一度荒れたら農地を回復するのは簡単ではない。数年で雑木だらけになることすらある。そうなれば新たに開墾するのと変わらないほどの労力がいる。通常であれば借りたい人がいれば貸して、耕してもらった方が合理的なのだ。だが、余所者に貸して粗雑にされたり、途中で放り出されたり、はたまた、だまされて権利を取られるのではないかという猜疑心が田舎の人々にはあるようだった。

「まあ米作りの勉強しながらゆっくり探しますよ」

良太はそう答えた。

 除草作業は田んぼの中干しまで続いた。中干しとは田んぼの水を一旦抜くことを言い、大きく分けて3つの効果がある。田んぼもずっと水を張り放しだと、水中で肥料の一部が腐って硫化水素やメタンガスが発生するようになる。そのような有毒ガスの発生を抑えると共に、土に酸素を供給して根腐れを防ぐ。そして、水に溶けだした肥料分を摂取し続けて、稲が必要以上に分げつ(枝分かれ)するのを押さえる役割もある。稲は種まきから二か月ほど経つと、田んぼにしっかり根を張って、ちょっとやそっとでは倒れなくなる。雑草を抜く時に稲の周囲の土が多少掘り返されても、根がしっかりしているから弱ることがなくなるのだ。その状態になってから中干しまでの2週間ほどが除草最適期間となる。逆に中干しして土が半渇きの時に除草すれば、今度は根が切れたり直接空気にさらされたりして、稲にとって具合が悪い。つまり田んぼの除草作業は中干しまでが勝負なのだった。

 そうこうしている間に除草隊が手伝いに来る最後の日となった。作業終了後に仲間内で打ち上げをやるからと、親方と数台の車で皆が現れた。いつものように作業を始め、いつものようにジュースを飲み、お昼を食べる。稲の色は苗の頃の黄緑色から、しっかりとした緑に変わっていた。夕方になり作業が終了した。除草作業の給金を手渡す為に社長がやってきた。この時ばかりは普段外すことの無い頬っかむりを皆が取って、素顔をさらした。ほとんどが良太の母親位の年頃か、それ以上だった。ちょうど良太の目の前に立っていた女性も、他の皆と同じく口元を覆っていた日避けを外した。少し長めの髪がふわりと揺れて肩に落ちた。良太と同じか少し下くらいの年若い女性がそこに立っていた。彼女は真直ぐな姿勢で社長に近寄り給金を受け取った。そして良太の方を振り返って言った。

「良太さん、お世話になりました」

微かに首を傾けてほほ笑んだ彼女に、良太はぽかーんとして返事さえできなかった。

「陽子、早ぐ車さ乗れ!(早く車に乗れ)」

親方の声がかかった。

「はーい」

彼女は返事をすると小走りに走っていき、車に乗り込んだ。

走り出す車が見えなくなるまで、良太はその場から動くことができなかった。

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