第3話 転機

 翌日から、良太は米農家について調べるようになった。すると米農家の後を継ぐ人が減っていて、耕作放棄地が増えていることがわかった。跡継ぎがいないのは米農家に限ったことではなく、野菜や果樹の農家でも同じように人が減っているようだった。

「そうか、考えたこともなかったな」

親がサラリーマンだったため、それまで農業について考えたこともなかった。食物自給率が40%を切っているなど、調べれば調べるほど、深刻な状況に日本があるらしいことが少しずつ見えてくるのだった。パン食が当たり前になった今、輸入メインの小麦消費量が増え、その分日本で生産できる米の消費量が落ちているようだった。

「米なら100%自給できるのに、もったいないな」

良太は一人呟いた。ある日、良太は目を見開いた。耕作放棄地の増加を防ぐために、農業をやりたいという若者を移住者として積極的に受け入れる県があることに気が付いたのだ。一年から三年程度県内の農家で栽培方法を学び、その間に農地を手に入れる。その後、技術を習得したら独立するというような流れの事業を色々な県が実施しているのだった。研修中は受け入れ先に県から補助金が出ることで、給料をもらいながら米作りを覚えられるという。耕作放棄された田んぼの値段も思いのほか安く、良太の貯金で何とかなると思える程度であることもわかった。お米をもらってから何度か相手の男性に連絡を取り、来期から棚田での米栽培を学ぶつもりでいた良太だったが、お金は持ち出す方が多く収量はそれほど上がらないと、その都度電話で聞かされていた。それならばいっそのこと、どこかの県に行って農業をやってみてはどうだろうか。良太の気持ちは真直ぐ米作りに向かっていた。そして、日本海側北部にある米の産地として名高い県の募集に応募を試みることにしたのだった。驚いたことに、すぐに県の担当者から連絡が来た。今までその県に立ち寄ったことすらないと聞いて相手は一瞬だけ躊躇したものの、二十代と若いこともあり、話はとんとん拍子に進んだ。良太は面接を受けることとなり、有給休暇を取って、日本海にほど近い県庁所在地に向かう新幹線に乗った。

 良太の前には三人の面接官が並んでいた。県農業部長というお偉いさんと新規就農担当の課長や主任らしかった。

「出身はこの県だっけか?」

いきなりのこの問いかけに良太は正直に答えた。

「いえ、別のところです」

面接官が顔を見合わせる。良太が県出身者ではないことは、三人には伝わっていなかったようだ。

「余所者なんだ。将来農地どうするつもりなの?」

「耕作放棄地が沢山あるようなので何とかなりますよね?」

良太の問いかけにそれぞれが首を傾げた。

「買うお金はあるのか?」

「ええ、そんなに広くなければなんとかなるかと」

お金の問題かと良太は納得した。就職して数年間、小旅行以外の趣味も遊びもせず、もちろん彼女もいなかった。それなりに貯金はあったのだ。

「そもそも米を棚田で育てたいですし、兼業農家も考えていますから」

面接官は全員驚きの顔になった。

「は?棚田…、大変だぞ」

「はい、でも味にこだわりたいので、理想は棚田かと」

「…わかった、頑張れ」

面接が終わって会場の扉を閉めた直後だった。

「わはは…」

部屋の中から盛大に笑い声がしたのだった。

「今時、棚田だってよ」

微かに声が聞こえた。戻って真意を問いただそうかと考えたものの、判定結果に悪影響が出てもまずいと思い、良太はその場を立ち去った。外に出ると、寒いというより痛いほどの風が吹きつけてきた。初めて体験する北国の痺れるような寒さ。そして、新幹線到着駅前でありながら膝まで積もる雪。ほんの数十メートル歩いただけで、良太の靴はぐちゃぐちゃになった。人口が減りつつある地方都市だったので、人通りはほぼない。

「無理なら次を考えよう」

独り言の後、その日のうちに帰るべく良太は新幹線の乗り口に向かったのだった。北国の夕暮れは思った以上に早く、暗かった。

 数日して、県の担当者から連絡が来た。結果は採用だった。何度かやり取りをした後、良太は紹介された農業法人に晴れて就職できることとなった。人手不足の折り、その農業法人が県の農業部にたまたま相談していたらしい。良太は米の栽培方法を学べ、農業法人側は県の補助金付きで若い職員を雇うことができる。良太と農業法人両者の意向が上手く合致したのだった。農業法人社長と電話で直接やり取りをして就職条件を聞くと、今の給料には全く届かないものの、一人で暮らす分には何とかなるだけの給料がもらえるようだった。

「なまじ経験がある若い者だと俺流とか言って勝手な事しやがるから、お前さんみたいに農業を知らない人の方がかえって良いんだて。但し、トラクターの運転で必要だから、大型特殊の免許だけは取っておいてよ」

そう言って、社長からの電話は切れた。少し乱暴な印象は受けたものの、良太の胸は米作りへの希望に膨らんでいた。東京では既に桜のつぼみが膨らむ時期を迎えていた。

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