第16話 『ここ、天の国なのですか?』

 カミラに案内され、家の二階へと上がる。


 ちなみに聖剣二人はご遠慮いただいた。


 あいつらがいると話がややこしくなるからな。


 最近はセパもレインも真面目な話をするときは空気を読むようになったので、幾分かやりやすくなった。


 その代わり、ハジけるときには手が付けられなくなりそうだが。


「この部屋だ。マリア、入るよ」


「どうぞ、ご主人様」


 カミラと一緒に入った部屋は寝室だ。


 獣人少女は真っ白なベッドに寝かされていた。


 まだ目覚めたばかりなのか彼女の目はぼんやりとしている。


 肩にまかれた真っ白な包帯が痛々しい。


 ここまで来る途中に聞いた話では、自動人形の肩関節と獣人少女の体組織がなじむまでしばらくかかるとのことだった。


 彼女の側には、タオルを抱えたマリアが立っていた。


「よう、嬢ちゃん。気分はどうだ?」


 側に寄って声をかけると、獣人少女の丸みのある獣耳がピクンと動いた。


 顔がこちらを向き、うつろだった目が俺を見た。


「う……あの」


 知らない人間に囲まれているせいか、少し戸惑っているようだ。


 とりあえず俺は部屋の隅にあった椅子をベッドの前に持ってきて、腰掛けた。


 カミラも同じように椅子を持ってきて座った。


「俺はブラッドだ。そっちの赤髪はここ家主のカミラ。君を看病していたメイド服がマリアだ。……君の名前は?」


「……ステラ、です」


「ステラか。いい名前だ。よろしくな」


 名前が言えるのなら、ゾンビ化の後遺症はあったとしても軽いだろう。


 ホッと胸をなでおろす。


「あの」


「なんだ?」


 ステラはせわしなく耳と鼻を動かしながら、キョロキョロと周囲を見回している。


 それから困惑したような表情で、口を開いた。


「ここ、天の国なのですか? あったかくて、ふかふかで……おかしいです。わたし、ごしゅじんさまに捨てられて……冷たくて暗いダンジョンで死んだのに」


 昔少しの間つるんでいた、獣人の冒険者仲間に聞いたことある。


 獣人の伝承では、死後の世界は二つあるとされる。


 地上で死ねば魂は天の国へと昇り、地の中――すなわちダンジョンで死ねば、地の底にある国に魂が囚われ、永遠にそこで暮らすことになるという。


 彼女は自分がダンジョンで死んだならば、地の底にいなければならないと考えているのだ。


 どうやらステラは、まだ現実と夢の区別がついていないらしい。


 まあ、あの状況から生還したのはかなり幸運だったと思う。


 俺も最初は完全にゾンビ化していたと思ったからな。


「君はまだ死んでない。俺が助けたからな。ここはオルディスの居住区にある家だ。安心していいぞ」


「そう、だったのですか……それは、ありがとうございます。それと、その……ブラッドどの。いえ、どなたでも構わないのですが、ひとつお聞きしたいことが」


 ステラはぼんやりとした顔で、しかし困惑したような声色だった。


「実は……左腕の感覚がまったくないのです。今、わたしの腕はどうなっているのですか」


「……すまん。君の左腕は持って帰ることができなかった」


 俺はステラに頭を下げた。


 状況的に不可能だったとはいえ、事実は事実だ。


 ステラは子供だが、しっかりと受け答えができるようだ。


 ならば、下手な誤魔化しは彼女を傷つけるだけだと思った。


「そう、ですか……」


「ステラ君、気を落とさないように」


 カミラが心配そうに声をかける。 


「わたしは大丈夫です、カミラ……どの。魔物に斬られたところから、腕がどんどん腐っていったのは覚えていますので。きっと強力な毒だったのでしょう。ブラッドどののせいではありません」


 彼女はそういうと、寂しそうに笑った。


 少し胸がチクリと痛む。


「それで……なんだがね、ステラ君」


 沈んだ空気を取り払うように、カミラが明るい声で切り出す。


「実は、私は魔道具師でね。君のために義手を造ろうと思っている」


「……義手、ですか」


「ああ」


 カミラが頷く。


 だがステラは困ったような表情を作った。


「すみませんが、わたしはこのとおりお金を持っていませんのです。看病してくれたことはありがたく思っています。ご恩は必ずかえします。ですが、義手をいただくほどの財産は、持っていないのです」


 まあ、当然だろう。


 奴隷紋を首に刻んでいる獣人が、義手を買えるほどの財産を持っているとは思えない。


 というか、どう考えても無一文だろう。


「ああ、見返りの話ならば、別に気にしなくていい」


「……なぜですか?」


「義手を作るといっても、試作品なんだ。要するに、君は実験台だ。だから対価というのなら……君の身体、ということになるかな」


「おい、言い方」


「ちょっと黙っててくれないか、ブラッド」


 カミラが手で俺を制する。


 もちろん彼女は、ステラのことをそんな目では見ていない。


 それは俺にも分かる。


 だがそんな言い方をすれば、余計怖がらせるだけだろうに。


「……わかりました」


 だが、ステラは逡巡ののち、こくりと頷いた。


「わたしはあのダンジョンで死ぬはずでした。そうであれば、一度救われたこの命は、ブラッドどのとカミラどののものです。この身をささげる必要があるというのならば、喜んで差し出しましょう」


「いや、そこまで思いつめる必要はないんだがね……」


 どうやらステラは完全に覚悟を決めているらしい。


 正直、獣人の風習には疎いが……連中はみんなこんな武人めいた考え方なのだろうか?


「あの、お二人とも……そろそろステラ様の包帯を取り替える時間ですので」


 と、そこでタオルを抱えたマリアが、遠慮がちに俺たちに声をかけてきた。


 そういえば、この部屋に入ってからそこそこの時間が経っている。


「カミラ、そろそろ出ようか」


「ああ……そうだね。邪魔したね、ステラ君」


「いえ、少しだけ希望をいただけたので。ありがとうございます」


 マリアに彼女の看病をまかせ、俺とカミラは部屋を出た。




 ◇




「ブラッド、どう思う?」


 廊下に出ると、カミラが声をかけてきた。


 さっきとはうって変わって、厳しい表情をしている。


「私は精霊魔術が専門だ。精霊のことはよく知っているが、呪詛についての知識はからきしだ。彼女は……ちゃんと元気になるのだろうか?」


 意識を取り戻したとはいえ、ステラの調子はまだ万全とは言えない。


 それを心配してのことだろう。


「大丈夫だろう。もう少し様子をみる必要はあるだろうが、腕以外に後遺症はなさそうだったからな」


「そうなのか? ずいぶんと詳しいんだな、君は」


「前の工房にいたとき、いきなり軍のお偉いさんがゾンビ化しかけた兵士たちを連れて駆け込んできたことがあってな。三年前の『リグリア戦役』だ。覚えているか? 新聞にも載っていただろ」


「ああ、あれか。覚えているさ。私の工房も、個人経営だというのに軍やら冒険者ギルドやら傭兵団やらから魔道具の大量発注が入って大忙しだったよ」


 カミラがそのときのことを思い出したのだろう、遠い目をしている。


 リグリア戦役の主たる戦場は王国ではなく周辺国のリグリア神聖国だったが、地理的には、王都よりもオルディスの方が近い。


 彼女の腕からすると、相当に働かされただろう。


「それで、だ。その時に、たまたま解呪ができる神官が教団の本部か何かに呼び出されたとかの理由で不在でな。お偉いさんは『アンデッド特効の聖剣を造った職人ならば分かるだろう。頼むから治してくれ!』とか泣きついてくるし、ゾンビ化した兵士たちのせいで工房が死臭まみれになってほかの職人がそこらでゲロ吐き始めるしで……仕方なく診てやったんだ」


「……その場にいなくてよかったよ」


 カミラはその場面を想像してしまったのか、ただでさえ色白な顔を真っ青に変え、口を押さえた。


 今から考えるととんでもない無茶ぶりなのだが、もしかするとセパの力を聞きつけた奴が軍の中にいたのかもしれない。


 なんだかんだで、俺は顧客は軍関係の連中も多かったからな。


「それで、どうなったんだい?」


「もちろんほとんどの奴は治ったぞ。まあ、呪詛が進行しすぎて、廃人化しちまったのもいたがな」


「ステラ君は大丈夫なんだよな?」


 カミラはステラに感情移入してしまったらしい。


 心配そうな顔で俺に食ってかかる。


「腕は仕方ないが……記憶障害がないなら、大丈夫だろう」


「そ、そうか……安心したよ」


 カミラがホッとした表情で胸をなでおろした。


「それよりも……俺としては、治った後のことが心配だな」


「彼女を囮にして逃げた冒険者のことかい」


「ああ」


 おそらく連中はステラの本来の主人ではないだろうが……


 少なくとも、小さな子供を囮にして逃げるような連中だ。


 ろくでもないヤツらなのは間違いない。


 ガラも悪かったしな。


 そいつらの中ではステラは死んでいることになっているはずだ。


 探すようなことはないだろうが……もし出会ってしまった時のことを考えておく必要はあるだろう。

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