第17話 『冒険者だし拳で語り合う』

 さらに翌日。


 ステラの義手は俺の素材集めにかかっていると言っても過言ではない。


 俺は例によってセパとレインを携え、冒険者ギルドにやってきていた。


『おー、今日も今日とて依頼書がびっしり貼り付いてますね、ご主人』


 セパとレインは言いつけを守って、実体化を解いている。


 そのため、ほかの冒険者たちに俺たちの会話を聞かれる心配はない。


 俺も念話でセパに応じてやる。


『さすがは『ダンジョン都市だな』。王都でもこうはいかなかったぞ』


 俺は周囲でたむろしている冒険者たちをかきわけ、掲示板の隅々をチェックして回る。


 依頼は難易度順にまとめられている。


 左側は街の近くにあるダンジョン低層での魔物討伐。


 要するに簡単な依頼。


 右側に向かうにしたがって、遠くの、そして深層の依頼へと変わってゆく。


 つまり高難度な依頼、というわけだ。


『む……ご主人、貼られている依頼の大半にアンデッド討伐についての記載がありますね。倒すと、わずかですが追加報酬が出るようですね』


『ああ、これか』


 俺はセパが興味を示した依頼の一つに目をやった。


 最近気づいたのだが、オルディス冒険者ギルドの依頼の多くに、アンデッド掃討依頼がおまけでくっついてくるか、『注意されたし』のような文言が記載されている。


『オルディス周辺のダンジョンは祭祀場や寺院跡が多いし、地下墳墓なんかもあるからな。それでだろう』


『なるほど』


 ちなみにアンデッドは通常、素材を落とさない。


 素材を落とさない魔物なんぞ、お邪魔虫以外の何物でもない。


 そこでギルド的には『素材集めのついでに、余裕があったらアンデッドを駆除しといてね。勝てそうにない冒険者はせめて注意してね』ということを冒険者にお願いしているらしかった。


 ちなみに報酬の出処も依頼主ではなくギルドだ。


 それにしてはアンデッド駆除依頼が多いように思えるが……


 まあ、ここ特有のものなのだろう。


 それはさておき。

 

「お、あったあった」


 目当ての依頼は、一番右側の列にあった。


 必要素材『鋼甲蜘蛛の粘糸』が入手できる、鋼甲蜘蛛の討伐依頼だ。


 場所は『鉄錆泉洞テツサビセンドウ』。


 地図によるとオルディス北西、山の中腹あたりにある、天然の洞窟とそれを利用した旧時代の軍事施設跡らしい。


 鉄分を多く含む血の池のような温泉も湧き出ているらしいから、観光にでも出向きたいところだ。


 だが、ここに生息する鋼甲蜘蛛はこの魔物はかなり手ごわい。


 冒険者ギルドが公開している情報によれば、危険度ランクはC。


 ワイバーンよりはマシだが、オーガと同等かそれ以上。


 習性は、蜘蛛のそれとほぼ同じ。


 ただし網を張って待ち構えるよりは徘徊して獲物を捕らえるタイプだ。


 ダンジョンの壁や天井を音もなく接近して、俊敏な動きで獲物に飛び掛かり、強力な麻痺毒を鋭い牙で打ち込んでくる。


 なんの対策もなく喰らえば、即座に身体が麻痺してしまうだろう。


 おまけに気配探知妨害の能力を持っているらしく、かなり熟練の冒険者でも背後や死角から襲撃を受けることがある。


 そうなれば、一巻の終わり。


 鋼鉄と同じ強度を持つ粘糸でグルグル巻きにされ、その後は鋼甲蜘蛛がさらに打ち込んでくる消化液で体の中身をゆっくり溶かされ苦しんで死ぬか、運が良ければ神経毒で心臓が停まり即死するかの二つに一つ。


 中堅どころの冒険者でも、対処を誤れば全滅の危険がある程度には手ごわい魔物だ。


 もちろん新人冒険者が出会えばほぼ死が確定する。


 余談だが、昔戦ったときは援護射撃を担当してたカミラが背後から奇襲を受け、粘糸に絡めとられたせいで支援が途切れ散々な目にあったものだ。


 まあ、カミラはあらかじめ魔術で自分に猛毒耐性を付与していたので、牙で腕に穴が空いただけで済んだが。


 それはさておき、今回はレインとセパがいる。


 二人とも精霊だから実体化していたとしても毒などの状態異常がまったく効かない。


 もちろん俺も魔道具などで猛毒耐性は付与してからのぞむ。


 そんなわけで、多少高難度でも全く構わなかった。


 俺は迷わずその依頼書に手を伸ばし――


『ぴゃっ!? ご、ご主人、ご主人! 大変です、大変です!』


『あっ……マスター、なんか怖い人が』


 珍しく慌てた様子でセパとレインが声を上げた。


 それと同時だった


「おい、待てや新人」


 ふっと背後から影が差したかと思ったら、がっ、と手を掴まれた。


 背中に巨大な剣を背負った、山のような大男だ。


 顔はこれ以上ないくらいイカつい。全身タトゥーまみれだ。


(うおお……!)


 怯える二人とは対照的に、俺はこみあげる興奮を抑えきれなかった。


 なんてことだ、まさか『新人潰し』に遭遇するとは……!


 工房に聖剣を買い付けに来た冒険者から噂で聞いたことがあった。


 だが俺が冒険者をやっていたころでも、こんなコテコテの『新人に絡んでくるチンピラ冒険者』はさすがに見たことがなかった。


 そもそも俺が登録したての頃は子供だったせいか、割とみんな優しかったからな。


 大男は険しい顔で俺を睨みつけながら、怒鳴りつけてきた。


「ソイツは俺が先に目を付けてたんだよ。横取りすんじゃねーぞ。ケンカ売ってんのか?」


 はい、定番のセリフいただきました!


 俺は嬉しくなってしまい、つい大男のノリに乗っかってしまう。


「ああ? 知らねぇよ。つーか、ケンカ売ってたらなんだ? 買ってくれんのか?」


「……ほ、ほぉう……なかなかイキのいい新人みてーだなぁ?」


 俺が放った会心の煽りに、ピキピキと青筋をヒクつかせる大男。


 俺の腕をつかむ手に、一段と力がこもる。さすがにちょっと痛い。


「だがな新人! えてしてそういうヤツは早死にするもんだ。もっともテメーは今すぐにだがなぁっ! ……喰らえやッ!!!」


 怒声とともに、俺の腕を掴んだ方と反対側の腕で殴りつけてくる。


 が、そんなのは当然想定している。


「遅い!」


 俺は首を大きくのけぞらせ、超至近距離から繰り出された剛腕を紙一重で躱してみせる。

 

「なにっ!?」


 大男の顔が驚愕で歪む。


 この距離ならば躱せないとでも思ったか? 甘い。


 これでも元冒険者だ。荒事は慣れている。


「お返しだっ!」


「ぐはっ!?」


 掴まれていない方の腕を思い切り振るう。


 大男は避けきれない。


 ――バキッ!


 いかつい顔面に、俺の拳が突き刺さった。


 鈍い音ともに白いものがコロコロと床に転がる。


 大男は奥歯が折れたらしい。


 だが……


「……マジか」


 大男は俺の拳を顔面にめり込ませたまま、ニイイと壮絶な笑みを浮かべる。


「フハハ……なかなかいいパンチだぜ、新人! だが、ここからが本番だ! ドラァッ!!!」


 ――ゴッ!


 次の瞬間、俺の頭を強烈な衝撃が襲う。


 死角からの一撃だ。


 視界がゆがみ、足がふらついた。だが踏みとどまる。


 ハハッ……!


 面白れーじゃねえか、コイツ!


 俺の胸に湧き上がってきたのは強烈な高揚感だ。


「てめーこそ、なかなかいいパンチを持ってるじゃねえか、新人! 骨のあるところも気に入った! 今日はとことんやろーじゃねえか!」


「当然だ! テメーをぶっ倒して、俺は依頼をぶんどってやる!」


『これではどっちが悪者か分からないですね……』


『おおーっ! いけマスター! 変なおっさんをぶっ倒せ!』


 セパとレインの応援(?)をうけ、俺はますますテンションが高まる。


「いくぞオラアアアァッ!」


「舐めんなクラアアアアァァッ!」


 俺と大男、拳と拳が交錯し――


「やめんか、お前らッッッ!!!」


 強烈な怒声がギルドに響き渡った。


「うっ!? ファル姐さんっ!? ぼげっ!?」


「あっ」


 ――ガッシャアアアン!


 怒声に反応し寸前で拳を止めた大男に対して、俺の拳は止まらない。


 大男は俺の渾身の拳を顔面にモロに受け――大きく吹っ飛んでいった。


「あーあ……ギース、まったく貴方という人は……」


 ギルドの床板で伸びている大男に、茶髪そばかす顔の女冒険者が駆け寄る。


 ……ん?


 あいつ、どこかで見たような気が……


「まったく、少し目を離せばこれだ……そこの御仁、ケガはないか?」


 別の冒険者が眉間をもみほぐしながら、近づいてくる。


 黒髪の女冒険者だ。


 意志の強そうな美しい顔立ち、長く艶やかな黒髪。


 女性にしては背が高く、スラリとした身体には軽鎧をまとっている。


「……む? 貴方は……まさか」


 俺の顔を認めた瞬間、黒髪の女冒険者が足を止めた。


 怪訝な顔になり……驚きの表情へと変わる。


 それからすぐに、神妙な顔に変わった。


「人違いならすまない。だが……御仁。貴方は城門付近で私を助けてくれた方ではないだろうか……?」


 俺も思い出した。


 こいつ、ゾンビ化しかけていた女冒険者だ。

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