第15話 『聖剣に剣を持たせてみた』
「マスター、ここ、なんか不気味じゃね?」
薄暗い坑道をソロソロと進みながら、実体化したレインが青ざめた顔で周囲を見回している。
淀んで湿った、生暖かい空気。
ぽたぽたと天井からしたたり落ちる地下水。
坑道の壁際に吊り下げられたカンテラの灯りは魔導式のため青白い。
坑道の天井や壁面を支える坑木は等間隔に設置されているものの、ところどころ折れていたり朽ちていたりと心もとない。
彼女が言うとおり、雰囲気満点のダンジョンだった。
「レレレ、レインは怖いのですか? せ、聖剣の名が廃りますよ?」
「うっせうっせ! セパだって聖剣じゃん! ていうか、マスターのほっぺにひっついたままじゃん! 一番ビビってんのセパじゃん!」
「はぁ? ……はぁ? 何を言い出すんですかこの駄肉は。呪詛すら断ち切るこの私に、怖いものなんてあるわけがあるわけないでしょう。私はご主人に死角が生じないように、しっかりと守っているんです!」
「いや前しか見てないじゃん! 曲がり角のたびに目、瞑ってんじゃん!」
「とりあえず二人とも俺から離れようか?」
はあ……主力のレインはともかくとして、セパも用心で連れてきたらこれだ。
やはり封印すべきだろうか。
いや、しかし……何かあった時の保険として、セパの力はあって困るものではない。ここは我慢の時だ。
「……しかし蒸し暑いな」
このダンジョンはやたら湿度が高く、気温も高い。
おそらく周囲に地下水脈が通っていることと、深度自体が深いからだろう。
たまらず、俺は
蓋を開け、中に入った冷たい水をゴクゴクと飲み干す。
少しだけマシな気分になった。
「マスター? その水筒の水、そんな一気飲みしちゃっていーの? まだ魔物に遭遇してもないよー?」
俺のガブ飲みっぷりが気になったのか、レインが不思議そうに聞いてくる。
「いいんだよ、これは魔道具だからな」
「そーなんだ?」
「ふふん……もちろん私は知っていましたけどね? アレです……そう! 水の精霊が中で水を生み出す、その名も精霊水筒です!」
「そーなんだ、すごい!」
「おいセパ、適当な説明はよせ。またレインが本気にするだろ」
もちろん水筒に水の精霊なんて入っていない。
というか、水の精霊を閉じ込めた水筒とか、危険すぎて使えないぞ…‥
そもそも水の精霊は四大精霊の一柱だ。
『還流する龍脈』にたゆたう意思なき精霊とは違って、神に限りなく近い存在だ。
そんなものをたった一つの水筒に宿らせてしまえば……いろんな意味で世界が滅びかねない。
「でもまあ、魔道具も見慣れないとびっくりするよな。こいつの名称は、『魔導水筒』。これでも樽一つ分くらいは水が入る優れものだ」
「うーん、水の精霊入り水筒と比べるとしょぼい気がするかも……」
「そんな特級呪物と比べるなよ……」
魔導具のうちでも、収納系の小道具は基本的に魔術処理により容量が拡張されているものが多い。
この水筒もその一つだ。
付与されているのは、『浄化』『冷却』、『容量拡張』。
あとは、野営のときに火を消しやすいよう、魔力を込めると井戸ポンプよろしく勢いよく吹き出すようになっている。
これがなかなか便利で、冒険者時代から数えると、かれこれ十年以上は愛用している。
というか、レインもセパも『魔道具』というカテゴリでなら規格外の存在なんだがな……そんな人間らしい反応を示すところ、とか。
「そうだマスター、今回はあーしが戦うんだよね?」
水の精霊が入っていないことで水筒に興味をなくしたのか、レインが話題を変えた。
「ああ。『アシッドスネイル』は強力な溶解粘液を吐くからな。今回はお前が主役だ」
「やった! マスター、あーし頑張るよ!」
嬉しそうにその場でぴょん、と跳ねるレイン。
今回彼女には、武器を持たせている。
対腐食性の素材を使った直剣だ。
この剣は聖剣ではない。
だが人間より身体能力に秀でたレインが使えば、アシッドスネイル程度に後れをとることはないだろう。
しかしこの剣、まだ新人の頃に工房の端材を使って修行がてら錬成したものだが……こんなところで役立つとは。
しかし、ザルツがやってきてからはそれも「工房の備品を勝手に使うな!」と禁じられてしまったが。
おかげで新入りたちは思うように修業ができず苦労していた。
それはさておき。
「あっ! あれ……目当ての魔物じゃね?」
しばらく進むと、レインが坑道の奥に蠢く影を見つけた。
見れば、大きな岩の塊のようなものが壁に張り付いている。
サイズはだいたい大人が両手で抱えられるほど。
そしてその岩の前後に、魔導カンテラに照らされてぬらぬらと気色の悪い光沢を放つ肉塊が伸び縮みしているのが分かった。
間違いない。
『アシッドスネイル』だ。
アシッドスネイルは巨大なカタツムリの魔物だから、素早い動きはできない。
だが――
ビュッ! ――ジュジュッ!
「うわわっ!?」
アシッドスネイルが飛ばしてきた唾のような液体を、レインが慌てて躱す。
液体は坑道の地面に付着すると、刺激臭をまき散らしながら岩を溶かし穿ってゆく。
「う、うええ……これホントにだいじょーぶなの!?」
レインの顔が引きつった。
……たしかに、なかなかの威力だな。
だが、実体化した精霊ならば問題ない。
「言ったろ。魔素で構成されたお前の実体は溶けない。……行けるか?」
「む、むう……やってやんよ!」
レインが真剣な顔つきで剣を構える。
「ヤツが飛ばしてくる粘液で足を滑らせるなよ」
「りょ、りょーかい! そりゃああっ!」
レインがアシッドスネイルに飛びかかった。
ガツン!
「うわっ!? 手がしびれるっ!」
レインの振り下ろした剣が、アシッドスネイルの殻にぶつかり派手な音を立てる。
殻には少し傷がついているが、本体がダメージを受けた様子はない。
「レイン、殻を攻撃するな。コイツの弱点は頭部だ。触覚みたいに突き出た目と目の間を狙え」
「うえええ……気色悪いんですけどっ!? どりゃっ!」
『ぴぎっ!?』
レインが顔を引きつらせながらも、アシッドスネイルの頭部に剣を突き立てた。
するとアシッドスネイルの身体がビクンと痙攣し、動かなくなる。
「ふうー……やったかな?」
レインが剣を突き立てたまま、額の汗をぬぐう。
が、そのときだった。
アシッドスネイルの身体がぶるぶると震え、膨張を始めた。
あいつ、倒したと思って油断してやがる!
「おいレイン、早く離れろ!」
「えっ」
ぶちゅっ!
汚らしい音とともに、アシッドスネイルの身体が破裂した。
軟体の身体に内包していた体液が坑道にまき散らされ、レインはそれを派手に浴びてしまった。
「うわあああっヌルヌル気持ち悪いいいい!!」
レインの悲鳴が坑道内に響き渡る。
「レイン、大丈夫ですか!?」
「落ち着けレイン、すぐに洗い流してやる!」
とっさに魔導鞄から小さな水筒を取り出し、蓋を開けた。
そのまま思い切り魔力を流し込む。
すると水筒の口から勢いよく大量の水が飛び出してきた。
それをレインに向けて放つ。
「ぶわあああああぁっ!?」
みるみるうちにレインに付着した粘液が洗い流されてゆく。
だが……
「ああ……遅かったですね……」
「……いや、なんでそうなる」
レインに付着していた粘液は、どうにか落とすことができたようだ。
だがなぜか彼女の服が……きわどいところを残して溶けてしまっていた。
「えへ。なんとなくノリで。どーよマスター? せくしーっしょ?」
ぺろっと舌を出し、いたずらっぽい笑みを浮かべるレイン。
見えると極めて危ない箇所は手で隠しているが、なぜかくねくねと妙なポーズをキメている。
「……おいレイン。俺が怒る前に、さっさと元に戻せ」
「マスター、もう怒ってるし! ううっ……ちょっとふざけただけなのに……!」
ぽむっ、とレインを中心にして軽い爆発が起こり、煙幕が晴れると彼女は元の姿に戻っていた。
クソ、一瞬でも心配した俺を殴りたい。
足元には、殻だけになったアシッドスネイルの残骸が寂しく転がっていた。
◇
「やあ、おかえりブラッド。素材集めは順調かい? それと……聖剣レイン君に何かあったのかい?」
珍しくマリアの代わりに扉を開いたカミラが、俺の横でしょんぼりしているレインを見て怪訝な顔をする。
「ちょっとな。……素材集めの方は順調だ」
「ならいいんだけどね。と、そうだ。君に朗報だ。聞きたいかい?」
カミラがニヤリと笑い、そんなことを言い出した。
もちろん気にならないわけがない。
「もったいぶるなよ、早く言え」
「ああ。先ほど、君が助けた獣人の子が目覚めたよ」
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