第7話 『先端魔導技術』

 翌日。


 宿を出た俺はレインとセパを携え、街の中心に向かった。


 目的は冒険者ギルドだ。


「立派な建物ですねぇ。ここが本部ですか?」


「冒険者ギルドの本部は王都にあるが、ここも大きいな」


 おそらく元は寺院か何かだったのだろう。


 王都のそれと比べても、二回りは大きい。


 扉の両脇には立派な彫像が立っている。


 魔物を模しているから、魔除けだろうか。


「おーっ。これ、魔物ってやつ? あーし、実物って見たことないんだよね。これ動かないけど……死んでるの?」


 俺の隣で、実体化したレインが物珍しそうに、魔物の彫像をツンツンとつついている。


「ふふん、まだ貴方は生まれたばかりで知らないようですね。特別にお姉さんが教えて差し上げましょう」


 何やらセパが、レインにドヤ顔をキメている。


 ……お姉さんってなんだ。


「ありがとー、おねーさま!」


 純朴そうに笑顔を見せるレイン。


「これはガーゴイルという石の魔物です。ほら、目をそらすと動き出し襲いかかってきますよ!」


「なっ、マジでッ!?」


「おいやめろ、そいつはただの石像だ! おいセパ、レインに嘘を教えるな」


 紅い目を光らせ臨戦態勢になるレインを慌てて止める。


 通りを行き交う人々の視線が痛い。


 完全に変質者を見る目だ。


「えーっ、ウソなの!? 騙されたー!」


 心底残念そうな顔をするレイン。


 対魔物戦闘に特化した聖剣だけあって、好戦的なのは想定内だが……少々、天真爛漫すぎるな。


 はやくダンジョンに連れて行って教育(?)しなければ。


 と、その前に。


 俺はセパをむんずと捕まえて、顔の前に持ってきた。


「むぐぐ……ご主人……苦しい……デス。あと顔が怖い……デス」


「今度レインにウソ教えたら即封印だぞ」


「リョーカイデス、ご主人。ハイ、今私は、世界で一番正直な精霊になりました……なので、手を離していただけると」


「はあ……二人とも、とりあえず実体化は解いてもらうぞ。それと、ギルドでは大人しくすること。いいな?」


「はーい、マスター」


「イエス、ご主人」


 まったく……


 二人が実体化を解いたことを確認してから、俺はギルドに足を踏み入れた。




 ◇




 ギルド内部は、閑散としていた。


 午前の少し遅い時間だったせいか、冒険者たちは依頼などで出払っているようだ。

 

 カウンターにも、依頼掲示板の付近にも誰もいない。


 いるのは、俺を除けば職員くらいなものだった。


「すまんが、冒険者の再登録をしたいんだが」


「あ、はーい」


 受付カウンターの向こう側に声をかける。


 奥で事務作業をしていた女性職員がじろりとこちらを一瞥。


 めんどくさそうに椅子から立ち上がり、のろのろとやってきた。


「では、これを書いてください。名前と旧登録番号だけでいいですよ」


「ああ」


 差し出された書類に、とりあえず言われたとおり必要事項を記入。


「これでいいか?」


「はい。それでは少々お待ちください」


 職員は奥に引っ込むと、机の上に置かれていた石板を撫でた。


 すると石板に文字が浮かび上がった。


 彼女はそれをさらにツイツイと撫で、ときには石板をつつき、文字を打ち込んでゆく。


『ご主人、ご主人。あれはなんですか』


『マスター、あれなーに?』


『あれは魔導石板タブレットという魔道具だな』


 彼女たちは、職員が操作する石板に興味を抱いたらしい。


 俺も念話で説明を続ける。


『魔力を動力にしている点はほかの魔道具と同じだが、あれの役割は情報処理と情報網の検索……だったかな。ギルドはたしか王都の本部に魔導情報集積庫データベースがあるから、そこから俺の情報を引き出しているんだろう』


『ほへー……魔道具ってすごいんですね』


『あーしにはよく分かんないけど、なんだかすごいね!』


『まあ、昔に比べると、魔導技術はかなり進歩したからな』


 正確には、二十年前に勃発した『第三次人魔大戦』からだったかな。


 とある魔族国家がその隣国である人族の国家を侵略したことをきっかけに戦火が拡大。


 やがて周辺国をいくつも巻き込んだ大戦争へと発展した。


 人族も魔族の双方に甚大な被害をもたらしながらも、ようやく十年ほど前に人族と魔族は和睦を結び、くすぶり続ける戦火の種を残しながらも、一応は戦争の終結をみることとなったのだが……


 この大戦おかげで軍事・民間ともに魔導技術が著しく進歩した。


 また、軍事技術が民生品に転用され、広まったものも多い。


 魔導情報集積庫データベースの技術や魔導石板はその最たるものだ。


 そんなことをセパとレインに説明してやる。


「なるほど……私が錬成される前には、そんな出来事があったのですね。まあ、聖剣である私に比べれば、大したことはないようですが』


『ふーん。あーしは難しくてよくわかんないかなー』


「お待たせしました……ブラッド・オスロ―様」


 精霊二人と念話で雑談をしながら待っていると、職員が戻ってきた。


 なぜか、困惑した顔をしている。


「あの……ひとつ確認したいことがありまして」


「なんだ?」


「登録の件ですが、更新期限がだいぶ過ぎておりまして……冒険者登録は失効、最下級のFからとなります。……それでもよろしいですか?」


 なんだ、そんなことか。


 そもそも以前の等級、なんだったけかな?


 当時はいろいろあってひたすらダンジョンで魔物を狩ったり魔族との戦いに駆り出されたりしていたので、等級とかを気にする暇もなかった。


 結構頑張ってたから、Bくらいまで行ってたかな?


 まあ、覚えていないということは大した等級ではなかった証拠だ。


「ああ、構わない」


 すでに冒険者としては一度、引退している。


 過去の実績が消えるのはちょっとだけ惜しいが……別に、これから冒険者として上を目指すわけじゃない。


 目指すとしても、せいぜい中堅のCくらいまでで十分だろう。


 それにだいぶブランクもある。


 経験は失われていないとしても、身体がついていかないだろう。


「ブラッド様、本当に本当ですね!? あとでクレームを入れられても困りますからね!?」


 だというのに、女性職員はなぜか必死だ。


 上司に言質を取れとでも言われてるのだろうか?


「いや、大丈夫だよ……それより今日から依頼を受けたいんだ。できればすぐにカードを発行してほしいんだが」


「…………分かりました。カードについては早急に発行させていただきます」


「ああ、頼む」


 職員が言ったとおり、カードはすぐに出てきた。


 なぜか俺を見る目がものすごく怪訝なのが気になるが……まあいいか。


「おお、懐かしい……!」


 十年ぶりに手にしたギルドカードには、以前とは違い先端魔導技術が組み込まれているらしい。


 俺はワクワクしながらその言葉を口にした。


「ステータス、オープン!」


 魔術が発動する。


 目の前に淡い光が舞い、書類サイズの四角い領域が形成された。


 そこには、こう表示されていた。


 《基本情報》

 番 号:11668

 名 前:ブラッド・オスロ―

 年 齢:25

 性 別:男性

 種 族:人族

 等 級:F

 備考欄:未入力


 《能力測定値》

 生命力:未入力

 魔 力:未入力

 筋 力:未入力

 精神力:未入力

 敏捷性:未入力

 耐久力:未入力


「おお、すごいな……!」


『へえ……これがご主人の『すてーたす』というものなんですね。なんというか、知っていて当たり前の情報ばかりです』


『うーん、紙よりはキレイ……かも?』


 どうやら精霊たちはあまりピンときていないらしい。


 まあ、ただ俺の情報が可視化されただけだからな。


 能力測定値は完全に空欄だが……追加をするためにギルドの能力測定を受ける必要があるから、少々時間を取る。


 等級を上げるのに必要だが、後回しでいいだろう。


 それより依頼だ。


 俺は掲示板に向かい……依頼書を剥がしてカウンターに持って行った。




 ◆




「なんだったの、あの冒険者……」


 業務が終了し、自分の席以外の照明を落としたギルドのバックヤードで、シルは思わずひとりごちた。


 彼女がギルド職員になって、もう五年目だ。


 引退した冒険者が再登録するのも、別に特殊な手続きというわけでもない。


 ただの日常業務。


 右から左への簡単なお仕事。


 そのはずだった。


 だが、今日ふらっとやってきた男の情報を見て、シルはあまりの異様さに平静ではいられなくなった。


 彼女の持つ魔導石板には、今も彼の冒険者情報が表示されている。


 最新の更新日は十年前だ。


 登録番号00668(失効)。

 名前、ブラッド・オスロー。

 年齢、15歳。


 そして等級はS、とあった。


 最初見たときにも目を疑ったが、今でも信じられない。


 Sとは、ギルドが通常冒険者に対して与える最上位の等級Aを上回る、特別な等級だ。


 与えられるのは国を救うようなとてつもない功績を立てた英雄たちで、シルの記憶では、ギルドが始まってから五人しかいないはずだった。


 もちろんブラッド・オスローの名はその中にない。


 だいたい若干十五歳で等級S? ありえない。


 さらに不可解なことに、その他の項目は……未入力だった。


 能力測定値はともかく、来歴も功績まで未入力である。


 だいたいブラッドとかいう男はとてもS……どころか、等級B程度にも見えなかった。


 多少目付きが鋭いことを除けば、ごくごく普通の冒険者志望者だ。


 結局シルは、このありえない等級は王都情報集積庫データベース管理者の入力ミスだと結論付けた。


 王都冒険者ギルドは要職を王族や有力貴族たちが独占しており、現場とうまく連携が取れていないと聞いたことがある。 


 今回もその手のいざこざの余波だろう。


 シルはそう結論付け、魔導石板をオフにした。


 まもなく退勤時間だ。


 彼女は画面が消えた魔導石板を一瞥してから、帰宅のために準備を始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る