第8話 『聖剣レインの威力』
翌朝。
緑に埋もれ崩れかけた寺院の前。
俺は苔むした石段に腰掛け、ダンジョン突入の準備をしていた。
腰回りのベルトに取り付けていた
「ええと……採ってくるのは『血晶スライムの核』だけか。深層はアンデッド出没の情報あり。依頼受任者は十分注意されたし……なるほどなるほど」
もちろんギルドで依頼を受けた時点で一言一句頭に叩き込んでいる。
だが念のための確認作業というのは、ミスと勘違いを防ぐうえで欠かせない。
依頼そのものは、いわゆる採取依頼というやつだ。
このダンジョン――オルディス第七寺院遺跡には、主に血晶スライムという魔物が生息している。
天井でじっと待ち伏せ、不幸な獲物が通りかかると落下しその不定形の身体で包み込み強力な消化液で溶かして捕食するという典型的なスライム属だが、体色が血のように赤く、倒すと結晶状の核を落とす。
ただスライム属はたいていのダンジョンに生息しており、動きも鈍い。
血晶スライムもご多分に漏れず。
消化液だって、ちょっと肌に触れた程度でどうこうなるようなものでもない。
で、必要数は十個。
駆け出しでも比較的安全な、お使いレベルのお仕事だ。
ただ、血晶スライムの核は錬金術などによく用いられる素材の一つだ。
聖剣錬成においては鋼材とほかの素材との親和性を高める、触媒のような役目を持つ。
なので、いくらあっても多すぎるということはない。
今回の探索でも、依頼分以外にも少し多めに狩る予定だった。
これから工房立ち上げに関する諸々の準備と並行して、聖剣錬成のための素材をなるべくたくさん集めていく必要があるからな。
「今日はついにあーしの出番っしょ。ねー、マスター?」
「おいレイン、暑苦しいから密着するのやめろ」
金髪紅眼の少女――レインが蠱惑的な笑みを浮かべ、ずずいっと俺にくっついてくる。
女性特有の柔らかい身体と甘い香りが俺を襲う。
腕や肩にかかる金色の髪でくすぐったい。
あまり人目がないから本人の希望もあり実体化させているのだが……
レインはまだ創られたばかりなせいか、まるで赤ん坊のように甘えてくる。
これが本当に子供ならばともかく、わりと豊満な大人の身体でこられると、その……少々気まずい。
「ちょっ……ご主人に破廉恥な真似はよしなさい、レイン!」
セパが慌てた様子で俺とレインの間に挟まり、どうにか俺たちを引きはがそうとする。
だがセパは手のひらサイズなのに比べ、レインは人間サイズ。
力の差は歴然だった。
「へいっ」
「ああっ!?」
レインはセパをつまむと、ぺいっと放り投げる。
それから彼女はぷくっと頬を膨らませて見せた。
「セパはいーじゃん、あーしよりずっと長い間、マスターと一緒だったんでしょ? あーしなんて、まだ二日だよ? だーかーらー、今のうちにいっぱいマスターの成分をたくさん摂取しときたいわけよー」
なんだそのくだらない理由は。
「いいからお前も離れろ」
「あうっ」
とりあえずレインも引きはがし、俺は立ち上がる。
「ああ~、あーしのマスター分があ~」
「だから俺由来の謎物質の話はやめろ」
涙目で俺に手を伸ばすレインをなるべく視界に納めないようにしながら、パンパンと服の埃を払う。
「さあさあご主人! この駄肉もご主人から分離できたことですし、ここに放置して、私たちだけでダンジョン攻略を楽しみましょう!」
「はあ? あーしが置いていかれるわけないし! マスター、このちんちくりん精霊はどうでもいいっしょ? 早くダンジョンいこーよ!」
「ち……ちんちくりん……? このスレンダーボディの私を……? 便宜上とはいえ貴方の姉にあたるこの私にその言葉を口にしてしまえば、戦争ですよ……?」
「はあ? 事実じゃん、お・ね・え・さ・ま?」
オーガのような顔のセパとチンピラ冒険者もかくやというしかめっ面のレインの視線が交錯し、バチバチと火花が散った……ように見える。
「はあ……お前らじゃれ合いはダンジョン入る前までにしとけよ?」
『傀儡の魔女』が創る人造精霊は性格が極端だ。
彼女が言うには、『淀み』とやらが能力の高さを決定づけるらしいし……まあ割り切るしかない。
それにしても……お調子者で無自覚に煽りスキルが高いセパと、天真爛漫だが実は無自覚に煽りスキルが高いレインは、最悪の組み合わせかもしれない。
というか人造精霊の標準装備なのか煽り性能は。
まあ、二人とも俺の大切な相棒なのは間違いない。
ダンジョン内では真面目に仕事をこなしてもらうことを期待しよう。
「二人ともいくぞ」
街角の猫みたいに威嚇しあっている二人に声をかけ、俺はダンジョンの内部へと足を踏み入れた。
まずは依頼をこなしつつ肩慣らしだ。
のんびりいこう。
◇
『ピギイイィッ!!!』
「甘えっ!」
おそらく天井に張り付いていたのだろう、ぶよぶよとした肉塊が頭上から襲い掛かってきた。
血晶スライムだ。
俺は慌てず騒がず手に持った剣で薙ぎ払う。
――バシュッ!
淡い光の弧を描く剣閃。
わずかな手ごたえ。
『ピギィ――――』
真っ二つになった血色スライムが淡い光と化し――虚空へと溶け消えた。
あとに残されたのは、小指の先ほどの真っ赤な宝石だ。
ダンジョン内の魔物は、倒すと体の一部を残して消滅する。
残った部位は魔物の種類により異なるが、コイツの場合はこの宝石だ。
「よし、これで依頼分はクリアだ。レイン、まだまだいけるか?」
「よゆーよゆー! 冒険、たのしーね!」
隣を歩くレインが満面の笑みで応える。
「はあ……悔しいですが、貴方の力がなければダンジョン攻略はもっと面倒ですからね」
セパが悔し気な表情でレインを褒めている。
実際、レインの力――『
ダンジョン内の魔物は地上の魔物と違い、その身体の大半は魔素で構成されている。つまり、魔力の塊だ。
レインは、その刃で斬りつけることにより魔力を強制的に分解する力を持つ。かすりでもすれば当然即死だ。
レインはダンジョンの魔物にとって死神そのものだった。
「よし。じゃあ、本来の目的に向かうか」
「行こいこ、マスター♪」
「ちょっとレイン! ご主人にくっつかないで下さい!」
そんな感じで俺たちはのんびりダンジョンを進んでゆく。
「そういえばご主人、ここはどんなダンジョンなんですか? 壁面の彫刻はずいぶんと精巧ですが」
しばらく静かだったセパが、物珍し気に周囲を見回しながら聞いてくる。
彼女の言うとおり、この遺跡は宗教施設だったからか、壁面や天井、さらには床にも複雑な彫刻が施されている。
「そうだな。ギルド情報だと、千五百年くらい前の寺院らしい。現代では邪神と呼ばれている豊饒神ラクトゥスを信奉する宗教だったらしい」
「邪神ですか! 我々とは似て非なる存在ですね」
「まあ、そうだな」
人造精霊とは、大地の中を大河のように流れる『還流する龍脈』より切り離した、ごく小さな
一方邪神はつまり祀ろわぬ神々を指すが、大元は『還流する龍脈』より切り離された魔素の淀みが人々の信心を
だから邪神と言っても人に害をなすものもいれば、人畜無害なものから加護をもたらすものまで様々だ。
もっとも、この辺の知識は『傀儡の魔女』の受け売りだが。
ちなみにこの寺院で祀られている豊饒神ラクトゥスというのは、どちらかというと害をなす方だったらしい。
というのも、通路の壁面やところどころに存在する部屋には人身御供を示す壁面彫刻が存在しているからだ。
このへんが邪神たるゆえんだろう。
そんな話をしていたら、すぐに最下層付近まで到達してしまった。
そしてしばし通路を進んだ、そのときだった。
「うわあああぁぁーーー!!」
通路の奥で悲鳴が聞こえた。
「……! なんだ!?」
とっさに身構える。
声の正体はすぐに分かった。
それは数人の冒険者だった。
全員が、何かに追われるように恐怖で引きつった顔で、こちらに全力で向かってきていた。
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