第6話 『ザルツ聖剣工房①』
「はぁ? クレームだと? そんなもの、お前が適当にあしらっておけばいいだろう!」
工房奥の執務室に、ヒステリックな怒鳴り声が響き渡る。
「で、ですがザルツさん……相手は高名な冒険者で――」
「だからなんだ? 高名だろうがなんだろうが、冒険者ごときにわざわざ俺が出ていく必要があるのか? おいトマス、言ってみろ!」
ザルツは面倒ごとを持ってきた職人頭――トマスを睨みつけ、バン! と机を叩いた。
「ひっ!? す、すいません!」
トマスが真っ青な顔でビクンと
彼は聖剣錬成の腕はそこそこだが、気が弱くザルツに逆らうことができない。
そこが気に入って職人頭に据えてやったのだが……存外使えないようだ。
「早く行け! 俺は忙しいんだ!」
「は、はいっ!」
怒鳴りつけると、トマスは青い顔で執務室を飛び出して行った。
「まったく、この工房の連中は使えないヤツばかりだ」
ザルツは特注の椅子に体を預けながら、苦々し気な表情を作る。
トマスも、ほかの職人たちより従順だから職人頭に置いてやっているだけだ。
これで潰れるなら、さっさと取り換えるまで。
貴族であるザルツにとって、平民は畑で採れる作物と同じだ。
足りなくなったら畑から収穫すればいい。
実際、王都では聖剣錬成師はそこそこ人気の仕事だった。
以前の三分の一以下の給金で見習いの募集をかけても、志望してくるものが後を絶たない。
そんな一山いくらの連中に、ザルツは気を割く必要性など毛ほども感じなかった。
すでにブラッドのように反抗的な態度をとる職人は、見習いなどにノウハウを聞き出させてからクビにしてやった。
今この工房には、ザルツに反抗するものは一人として存在していない。
しかし……
(チッ……嫌なことを思い出してしまったな)
ブラッドとの一件を思い出すと、治ったはずの頬がずきずきと痛んだ。
左の奥歯は差し歯だ。
殴られたあとすぐにかかりつけの治癒魔術師を呼びつけたが、抜けた歯は治せないと言われた。
あのときの痛み、恐怖、屈辱……それらが脳裏にはっきりと浮かび上がり、ザルツの胸はザワザワと落ち着かなくなった。
「クソ!」
腹立ちまぎれに、机に積み上がった書類を腕で薙ぎ払う。
バサバサと音を立て、部屋中が書類だらけになった。
それがさらにザルツの怒りを増幅する。
「うおおおっ!」
椅子から立ち上がり、くずかごを蹴っ飛ばす。
ゴミが部屋にばらまかれた。
「あああっ!」
書棚から本を抜き出し、壁に叩きつける。
椅子を持って振り回す。
ザルツは暴れに暴れ、あっという間に部屋は嵐が通り抜けたかのように荒れ放題になった。
「ハア、ハア……クソがッ!」
日ごろの不摂生がたたり、ザルツの体力はあまり高いほうではない。
すぐに息が上がり、ザルツは立派な椅子にどっかと座りこんだ。
めぼしい職人をクビにして、王都武器市場の状況悪化を理由に見習いたちの給金を下げ、人件費七割削減を達成したご褒美で購入した特注椅子だ。
しばらくそうしていると、呼吸とともに気持ちも落ち着いてきた。
(ふう……しかし、どうにかしないとだな)
クレームはこれが初めてではない。
今月に入って、もう十件目だ。
最初は、あの忌々しいブラッドが出て行ってから、数日後だった。
工房最大の厄介者がいなくなって清々したのもつかの間。
かねてより見習いたちに造らせていた平民向けの『廉価版聖剣』を、取引のある商人にプレゼンしにいったその現場でのことだった。
いわく、「最近あんたんとこの聖剣、質が落ちてるんじゃないの? 大丈夫? ブラッドさんたちがいたときは、こんなことなかったのに……」。
もちろんその商人との取引はそこで打ち切った。
工房を悪く言う商人を、とくにブラッドの名前を出す者をザルツは許す気はなかった。
「あの、度々すいません! どうしたんですかこれは!?」
考え事をしていると、またトマスが扉を開いた。
部屋の中を一目みるなり、顔を引きつらせる。
「おい貴様! 執務室に入るときはノックをしろといっただろうが!」
「す、すいません! ですが、ザルツさんに急いで報告しないといけないと思って……」
トマスはザルツの顔色をうかがいながらも、そう切り出してくる。
「今度はなんだ! さっさと言え!」
「あの……それが……冒険者の方はどうにか説得してお帰り頂いたんですが……今度はブラッドさんを訪ねて、クロディス家の使いを名乗る方が、いらっしゃってまして」
「なに! クロディス家だと!?」
「ひっ!? す、すいません!」
トマスが怒られたと思って身を縮める。
その拍子に、棚に手が触れ陶器の置物が床に落ちた。
ガシャン、と壊れる音がする。
「も、申し訳ありません!」
トマスは悪くもないのに顔面蒼白で床に這いつくばり、割れた陶器の破片を必死で拾い集めている。
だがザルツはそれどころではなかった。
(クロディス家だと……!? なぜアイツに王族の関係者が訪ねてくるんだ!?)
さすがのザルツも、背筋に冷たいものが流れる。
クロディス家は王国第七王女の嫁ぎ先の有力貴族だ。
その旦那、現当主のアステル・フォン・クロディスは三年前に勃発した魔族の大攻勢『リグリア戦役』で、王国の周辺国のひとつであるリグリア神聖国を呑み込み王国に押し寄せた数万からなる魔族の軍勢をたった百騎で押しとどめたたうえ、軍勢を率いていた指揮官を討ち取った功績により、一介の騎士から辺境伯の称号を王より賜っている。
時代が時代ならば、勇者と呼ばれていたであろう傑物だ。
たしかにザルツのように古くから王国に根付く貴族ではない。
だが……代々親の七光りと持ち前の盤外戦術でのし上がってきた一介の都市貴族とは絶望的なほどに格が違う。
おまけに王国随一の武闘派ときている。
相手は使者とはいえ、こちらに粗相があればその場で首を刎ねられてもおかしくはなかった。
「あの、ザルツさん?」
いつもと様子が違うザルツに、トマスが怪訝な表情を浮かべた。
「そ、それで……その使いとやらの用件はなんだ!」
ザルツは自分の動揺を誤魔化すために、今まで以上に大きな声でトマスを怒鳴りつける。
「ひっ!? つ、使いの者がおっしゃるには……クロディス家が迎えている食客が、ブラッドさんの聖剣を見たいとおっしゃられているそうです。どうも、リグリアから逃げ延びてきた騎士様だそうですが……あの、お茶をお出した方がいいでしょうか?」
トマスがおずおずと聞いてくる。
(クソ……アイツの聖剣のどこがいいんだ!)
もちろんブラッドはここにいない。
居場所も分からない。
ブラッドが造った聖剣はすべて、つい先日隣国の商人に売ってしまった。
今さら貴族様が買い付けに来たから返せなどとは、さすがのザルツも口が裂けても言うわけにはいかない。
そんなことをすれば、件の商人からいくらふっかけられるか分かったものではない。
「……トマス。とりあえず使いの者にお茶くらい出しても構わん。だが、何か理由を付けてさっさと追い返せ。ブラッドのことは何もいうな。今日は俺も不在ということにしておけ。聖剣も『今はたまたま在庫切れ』だ。そういうことにしろ。いいな? ……分かったら、さっさと行け!」
「は、はいっ!」
怒鳴りつけると、トマスが慌てて駆け出して行った。
「ふう……これで一時しのぎはできたが……」
状況は最悪に近い。
特注椅子に座ってもなお、ザルツの心は焦燥感に駆られていた。
おそらくクロディス家の使者は、日を改めてまたやってくるだろう。
そう何回もごまかしきれるわけではない。
それまでに、ブラッドを見つけ出さなくては。
「……ん? いや、待てよ」
そこでザルツはふと思い当たった。
別に、クロディス家の使いはブラッドに会いに来たわけではない。
連中の目当ては、ヤツの聖剣だ。
(しかし……アイツの聖剣、そんなに質が良かったか?)
ブラッドの錬成する聖剣は、ほかの職人たちが錬成する聖剣と違い、武骨で地味なものが多かった。
なんというか、冒険者たちが好んで使いそうなデザインだ。
実際、聖剣を買う財力がある高名な冒険者たちの間では、ブラッドの錬成した聖剣がカルト的な人気を誇っていたことはザルツも知っている。
もっとも売り上げに貢献するようなレベルではなかったが。
だがあんなものよりも、貴族出身の見習いが錬成した聖剣の方がずっと華美で見栄えがよかった。
ザルツの美的感覚から言えば、そうだ。
そうでなくとも、現在の聖剣の立ち位置は軍事目的よりも儀礼で使用したり貴族や豪商が観賞用に購入したりと、美術品としての意味合いが強い。
白兵戦ならば剣で切り結ぶよりも隊列を組んだ槍兵や弓兵の方が強いし、魔術師をそろえて遠方から攻撃魔術で絨毯爆撃を仕掛ける方が効率がいいからだ。
(聖剣なんぞ、ただの喋る剣だ。質の良し悪しなんぞ誰が造っても変わらんだろう)
そもそも相手は辺境伯とはいえ、同じ貴族だ。
むしろデザインは華美な方がいいに決まっている。
わざわざブラッドを探し出す必要なんてない。
ヤツの名前で、今ある聖剣を売りつければいいだけの話だ。
ザルツは特注椅子にもたれながら、一人ほくそ笑んだ。
「……ブラッド。これを機に、貴様の客を全部奪ってやる。勝手に出ていった貴様が悪いんだからな」
どう考えてもうまくいくはずがないのだが……
ブラッド憎しで完全に冷静さを欠いていたザルツには、そのことが分からなかった。
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