第53話 隣にいる人

 サロンに移った五人はテーブルでお茶をしていた。


「二人は愛されているんだな」


 クレメンティが愛おしそうにセリナージェを見つめる。


「ああ、婚約の後、話を進めていただけるか不安だな。ハハハ」


 エリオの冗談にみんなも笑っている。


「ところで。イルにはいい人いないの?」


「っ!!!」


 ベルティナの質問に、イルミネではなくクレメンティが渋面になった。セリナージェがクレメンティを見てびっくりしていた。


「? レム? 大丈夫?」 


「ハッハッハ! イルには婚約者がいてね。その方に伯爵位が譲渡されて、そこへ婿に行くことが決まっているんだ」


 イルミネがベルティナとセリナージェにグッと親指を立てて合図した。 


「爵位の譲渡?」


「ああ、そうだよ。ピッツォーネ王国は、州制度じゃないから、爵位と領地をいくつかもつ高位貴族はいるんだ。イルは、公爵家の婿になるんだよ。レムの義兄になるのさ。ハッハッハ」


 エリオがクレメンティの渋面を見て大笑いした。


「え! レムとイルが義兄弟?」


「俺は卒業したら夏前には結婚式だ。みんなよりお先にね。セリナとも義兄妹だ。よろしくね、義妹さん」


 イルミネがセリナージェにウィンクした。


「レム。もしかして、イルにヤキモチ焼いているの? お姉様を手放したくないとか?」


 セリナージェは小姑問題があるのかと訝しむ。


「違う! 違うよ! 僕はただ、イルがすぐに兄貴ぶるから嫌なんだよ。イルが弟ならまだいいけどさ。兄貴になるんだよ……」


 そう言って項垂れるクレメンティの大きな背中をセリナージェが撫でる。他の三人は笑っていた。


〰️ 〰️ 〰️



 春、卒業式は隣国の次期王太子が視察においでになることとなる。なので、例年になく豪華な卒業式となり、それに伴い、式の後に行われる卒業パーティーも豪華であった。

 卒業パーティーのファーストダンスは隣国の次期王太子と次期王太子妃が務めるとあって高位貴族たちはこぞってやってきた。まさか高位貴族たちは手ぶらでは来ないので、学園には多額の寄付が集まった。


「お義兄様たち優雅ねぇ。とても堂々となさっていて、ステキだわ」


 ベルティナは前日に紹介され『義兄、義姉』と呼ぶことを許されていた。


「僕とは最初から気持ちが違うからね」


「そうね。すべてを背負っての貫禄なのでしょうね」


「でも、僕だってベルティナのことは背負っていくから、ね」


 エリオは力強くベルティナを見た。ベルティナの目が優しく細められた。


「クスクス。それはお断りするわ」


「え?」


「私はエリオを信用しているし、尊敬しているわ。だけど、私を背負ってほしいわけじゃないの。私は貴方の隣で一緒に歩きたいのよ」


 ちょうど曲が終わり、次期王太子夫妻が優雅に礼をすると、会場から大歓声が上がった。お二人が用意された席へと移る。高位貴族たちがそこへ群がる。


「よしっ! 一緒に行こう!」


「はいっ!」


 二人は手を取り合って並んでホールへと歩みを進めた。



〰️ 〰️ 〰️



 卒業パーティーから一週間後、ストックの丘に二つの影があった。


「ここにもしばらくは来れなくなるよ」


「じゃあ、あちらに行ったら、ステキな場所に連れて行ってね」


「うん! 任せておいてよっ!」


 エリオは握っていたベルティナの手をキュッと握った。


「僕が王子であることを隠していたこと、もっと責められると思っていたんだ」


「まあ! そうだったわ! 父母たちのことであやふやなままだったわね。

エリオったら、私を騙していたのっ?!」


「あ、あれ? 言わない方がよかったのかな?」


 エリオがいつものクセで頭をかいた。


「ふふふ、冗談よ。前も言ったけど、三人の立場の違和感には気がついていたし。まあ、だからこそ、お断りするつもりだったのだけど」


「パーティーの時にも言っていたね。どうして?」


「男爵令嬢だったのだもの。伯爵以上の方と結婚は無理だわ。それに、エリオが私を好きになってくれることはないって思っていたんだけどね」


「え! そうなの?

あ〜、だからレムの秘書になるなんて言い出したのかぁ。あの時はびっくりしたよ」


「私にとっては真面目な話だったのよ」


 ベルティナが膨れた。


「わかっているよ。だからこそ、僕は慌ててしまったんじゃないか。僕のお嫁さんをレムの秘書にするわけにはいかないだろう?」


「……。エリオは、その時にはもう、私をお嫁さんにしてくれるつもりだったの?」


「もちろんだよ」


「あの時はまだ、エリオたちには私が侯爵令嬢になったとは言ってなかったわ」


「ベルティナの爵位は関係ないよ。確かに平民だったら時間がかかったかもね。でも、例え平民でも、僕のお嫁さんはベルティナだって僕の中では決まっていたんだ」


「ありがとう」


「僕の母上は側室なんだけど、子爵家なんだ。母上は王妃殿下ともとても仲がいいんだ。だから、僕のお嫁さんに爵位は求めてないよ。

それに、実は僕もランレーリオ殿と同じでレムの言葉に勇気をもらったんだ。ベルティナと二人なら爵位なんていらないなって思えた」


 空が紅く染まってきた。


「うん、もし爵位がなくたって、エリオの隣にいたいと思っているわ」


 ベルティナが熱い瞳でエリオを見つめた。


「僕は僕の地位、外交官という仕事を頑張るよ。ベルティナ。世界中、ついてきてくれるかい?」


 エリオはそれを優しい瞳で返した。


「うん、世界中を一緒に歩きましょうね。ずっとあなたの隣にいたいわ」

 

 夕日が沈む丘の上で二つの影が重なった。


〜 fin 〜

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虐げられた男爵令嬢はお隣さんと幸せになる 宇水涼麻 @usuiryoma

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