第50話 救世主
ベルティナたちがお直しをしている間に、五人が座るテーブルにはたくさんの料理や飲み物が並んでべられていた。
しかし、誰も手に取らない。
重い沈黙が続く。
『コンコンコン』
ノックにイルミネが確認にいく。みんながイルミネに注目している。
「ベルティナ。お客様だよ」
入ってきたのはブルーノだった。
「ブルーノ兄様!」
ベルティナはブルーノの胸に飛び込む。ブルーノもきつくきつくベルティナを抱きしめた。
「ベルティナ。元気そうで良かった。会えて嬉しいよ」
「私も、私も……」
ベルティナは涙が止まらない。
「こちらへどうぞ」
ブルーノはあくまでも使用人である。エリオの指示がなければ座ることなどできない。
みんなでソファー席へと移った。
ブルーノは泣いているベルティナを抱えるように歩いた。そして、ベルティナをエリオに預けエリオはベルティナを自分の隣に座らせた。その向こうにブルーノを座らせる。
「お話していただけますか?」
「エリージオ王子殿下。わたくしは使用人でございます。わたくしに敬語はおやめいただけますでしょうか?」
ブルーノはエリオに頭を下げた。
「わかった。では、話を聞かせてくれ」
エリオは立場というものを理解している。エリオの意思でなくとも命令しなければならないのだ。
エリオに促されブルーノが口を開く。
「はい。概要は先程廊下で申した通りでございます。路地裏で倒れているところを、執事殿に見つけていただき、どうにか助かりました。その前後の記憶はとても曖昧で、気がついたときには王宮の使用人部屋でした。温かいスープを何度も口に運ばれた気がしていましたので、それで助かったのだと思います」
ベルティナが息を飲んだ。ベルティナは自分よりも壮絶だと感じた。
「ベルティナのことは?」
「はい、私の記憶にはないのですが、私は寝言のように妹ベルティナの救済をと言っていたらしいです。確かにあの時は自分は死ぬのだと思っていましたから。
私の家名からベルティナにたどり着いていただけたと聞いております」
「にぃさ…ま…」
ベルティナは声が震えていた。死の縁でもベルティナのことを忘れないでいてくれたことに感謝した。本当にベルティナに手を差し伸べてくれたのは、ティエポロ侯爵でも国王陛下でもなくブルーノだったのだ。
「国王陛下のおっしゃった『ブルーノから聞いた』とは、そのことなのか……。そこまでしてベルティナを……」
エリオも声を震わせ目に涙を溜めていた。
「ティエポロ侯爵様が大変素晴らしい方でしたので、ベルティナを保護してくださり、さらに妹と弟の安否も確認していただいております。わたくしは執事長様よりその旨を聞いておりました。
ティエポロ侯爵様は最初からベルティナが十八歳になったら、養子縁組をするとおっしゃっており、わたくしもベルティナの卒業式にはベルティナと会える予定でございました」
「そうか。だが、ブルーノ殿も貴族であろう? 学園はどうしたのだ?」
「ベルティナがまだタビアーノ男爵籍であったため、会うことは叶わない状況でした。ですので、テストだけは学園で受け、王宮にて家庭教師をつけていただいており、仕事の合間に授業を受けました。ただ、学園には姉も在席しておりましたので、名前も執事長様にお借りして偽名を使っておりました」
学園はAクラスの生徒なら学園に通わずともテストさえ受ければ卒業が認められるという特典がある。どうやら、ベルティナだけでなくブルーノも優秀だったようだ。
「ベルティナが養子縁組を済ませ、わたくしも生きていることをタビアーノ男爵家に隠す必要もなくなりましたら、執事長様と養子縁組をしていただくことになっておりました。今日、このような形ではありますが、そうなりましたので、近々その手続きをいたします」
ブルーノがやっと少しだけ笑顔になった。執事長は子爵で実力だけで執事長に抜擢された優れた人だ。だが、仕事の鬼すぎて婚期を逃し、後継がいなかった。それゆえ、尚更ブルーノを可愛がっていた。
「仕事は?」
「現在、王子殿下のお世話係を仰せつかっております。これからも、そちらを誠心誠意やらせていただく所存です」
「お兄様」
ベルティナはブルーノの手を握った。
「ベルティナ。タビアーノ男爵家はもうダメだろう。兄や姉はあの頃未成年だったからな。どうなるかはわからない。
私への殺人未遂が成立しなかったとしても、ティエポロ侯爵様の信用を失って他の州長様が施しを与えることはない。
だから、遅くとも来年には、妹と弟は王宮に引き取られ、私のように子供のいないまたは子供がすでに独立しているメイドや使用人の子供として育てられることになる。
だが、それは決して悪いことではないのだ。二人は貴族でなくなるから、学園には通えぬが、本人がやる気さえあれば勉強もさせてもらえるし、仕事も与えられる。
だから、ベルティナが気にすることは何もないのだ。お前にはいい縁があったのだろう?」
ベルティナの隣に座るエリオがベルティナの膝に手を置いてベルティナに頷いた。
「エリージオ王子殿下。わたくしたちは例え家名が別々になったとしても、わたくしにとってベルティナはかわいい妹なのです。
あの辛かった時、いつも隣にベルティナがいたから耐えられました。ベルティナを置いてあの家を出ると決心した後の約一年、泥水を啜って生きておりました。それでも、自分から死を選ばなかったのは、ベルティナを助けられるのは私だけだと、ベルティナを助けなければ、と思っていたからです。
どうか、どうか、ベルティナを幸せにしてやってください。お願いいたします」
ブルーノはテーブルに頭を擦り付けてエリオにお願いした。エリオは立ち上がってブルーノの隣までいきブルーノの背中に手を置いた。
「そなたのおかげで私は愛しい人と巡り会えた。そなたにはとても感謝している。ベルティナのことは任せてほしい。きっと幸せにする。そなたも息災であれ。それもベルティナの願いだぞ」
エリオも本物の救世主がブルーノであると思っていた。
「はい、はい! ありがとうございます。ありがとうございます」
ブルーノとベルティナは涙を流して頷いていた。
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