第49話 決別

 国王陛下は冷徹な瞳でタビアーノ男爵夫妻を見下ろす。


「明日の朝、タビアーノ男爵には馬車を五台と馭者、騎士を二十名ほど貸してやろう。領地に戻り荷物をまとめ王都に越してくるがよい。ただし、子供や孫、使用人全員を王都の屋敷へ連れてまいれ。殺人未遂の聴取があるゆえ、な。

わかっておると思うが半年はその屋敷から出ることは叶わぬぞ。半年後に使役できる州を探せ。

 今夜は王城の一室をあてがおう。

 連れていけ」


 一室を貸すという建前の軟禁だ。普通の貴族としてなら『王宮の客室』をあてがうはずだが国王陛下は『王城の一室』と言った。宰相はそれを察しメイドには牢屋番の宿直室を用意するように指示した。牢屋よりはマシだ。

 引っ越しに向かわせる騎士二十名も使用人を逃さないためであろう。

 半年とはベルティナがスピラリニ王国を離れることを想定した期日だと思われる。聴取によってはその屋敷に半年いられるのかは不明だが。


「失礼ながらお待ちください」


 エリオが響く声で発言し一歩前に出た。


「許そう」


 国王陛下の表情からは感情は読めない。だが、宰相はじめ重鎮も動く様子はないのでエリオの行動を国として咎めるつもりはないということだ。


「タビアーノ男爵夫妻に告ぐ。王族である私のパートナーとして参列したベルティナに危害を加えたことは見逃すところではない。殺人未遂の聴取とともにその意志行動についても取り調べそれなりの処罰を受けてもらう」


 エリオの声は国王陛下と同じくらい会場中に響いた。


「うむ。それは無論だ」


 国王陛下の即答にエリオは会釈で返す。


「並びに、今後ベルティナに近づくことは一切許さない。ブルーノ以外、お前たちの子供たち、孫たち、これからの子孫、お前のところの使用人、全員だっ!」


 若さは拭えないが王族としての威厳は充分にあった。


「それを破るようならピッツォーネ王家としてスピラリニ王国に厳重に抗議させてもらうことにする」


 エリオのこの宣言はつまりタビアーノ男爵いかんでは戦争になるぞと脅しているのだ。タビアーノ男爵はそこで失禁した。戦争の責任を負わされて生きていけるわけがなく、エリオの言葉を聞いた貴族たちはタビアーノ夫妻への視線をさらに厳しいものにした。


 エリオはカツカツと踵を鳴らしてタビアーノ男爵の元まで行くとタビアーノ男爵の耳元に口を近づけた。


「いいか? 貴様ら夫婦は泥水に顔をつけさせ何度も何度も溺れさせてやる。死ねると思うなよ。貴様らが水が怖くて顔も洗えなくなるほど何度も何度も何度もだっ!」


 先程より小さな声であるにも関わらず先程より恐怖を感じさせる声だ。

 エリオの声は後ろに離れたベルティナたちには聞こえていないが近くにいた国王陛下やティエポロ侯爵や他の貴族には充分に聞こえた。そして、みな、それはタビアーノ男爵夫妻がブルーノとベルティナにやってきたことなのだろうと即座に理解している。


 国王陛下は聞きしに勝る虐待の実態に目に怒りを滲ませた。隣にいた宰相が二人の王族の怒りを察知し額の汗を拭った。


 タビアーノ男爵夫妻はその場で気絶した。


「相わかった。そのあたりについては後ほど話をしよう。

連れていけ」


 国王陛下の命令でタビアーノ男爵夫妻は衛兵によってまさに引きずられていった。


 国王陛下はタビアーノ男爵夫妻の姿が廊下の角に消えるのを確認した。


「心安らぐ音楽を頼む」


 国王陛下が楽団に手をあげると楽団から優しい音色が鳴り出した。


「今宵は残念ながら祝いの雰囲気でもあるまい。しかしせっかく用意した食事だ。みなで食していってくれ。ゆっくりとするがよい」


 国王陛下と王妃殿下は下がっていった。


〰️ 〰️ 〰️


 エリオはベルティナを抱き上げた。ベルティナはあの湖の時のようにエリオの首に腕を回して少しだけ震えていた。


 先程の休憩室へ戻ってくる。

 後ろにはセリナージェたちもティエポロ侯爵夫妻もいる。

 エリオはそっとソファにベルティナを降ろした。セリナージェがタオルを持って駆け寄り丁寧にベルティナの汗や涙を拭いてやる。ティエポロ侯爵夫妻もソファに腰を降ろした。


「ベルティナ。もう大丈夫よ」


「ええ、ありがとう」


 ベルティナは汗と涙で化粧はすべて落ちていた。それでも少しだけ笑顔だった。


「セリナ、お義父様、お義母様、私、以前より大丈夫になりました。まだ、少し怖いけど。それでも、この前みたいに、パニックになったりしなかったの。悪夢を見るまでにはならなそうです」


 確かに湖の時と学園前での事件と比べると違いがよくわかる。


「だって、今日はお義父様が私を守ろうとしてくださっていることがとてもよくわかって。それに、エリオも、イルも、レムも、近くにいてくれて。お義母様とセリナは私を抱いていてくれて。

私の隣にこんなにたくさんの頼れる方がいるのだって感じられたのだもの」


 ベルティナが一人一人の顔を見た。ベルティナの心には、他にもお義兄様やお義姉様たちや使用人のみんなや、ロゼリンダたちクラスメイトが次々と、浮かんでいった。

 そして、最後には、ブルーノと…………国王陛下……。


 ベルティナは一人ではなかった。


「そうか。ベルティナ、その通りだ。私たちはいつも隣にいる。他の家族もうちの使用人たちもみんながベルティナの味方だぞ。ベルティナが一人で戦う必要はないんだ」


 ティエポロ侯爵が目を細めて優しく笑った。ベルティナの両隣に座るセリナージェとエリオがベルティナの手をギュッと握った。ベルティナは嬉しくてギュッと握り返した。ベルティナが振り返るとイルミネとクレメンティが頷いてベルティナの肩に手を置いた。


 ベルティナはいつかこの過去の恐怖と決別できそうだと思えた。

 

「ふふふ。セリナもベルティナもひどいお顔ね。お直ししてきましょう」


 ティエポロ侯爵夫人も涙で乱れていた。

 ティエポロ侯爵夫人とメイドに連れられてベルティナとセリナージェは隣の部屋にいく。


 女性たちが戻ってくるとティエポロ侯爵夫妻は社交場へと戻っていった。

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