第46話 ダンス

『コンコンコン』


「エリオ。ベルティナ。時間だよ」


 『お断りしていた』そんなショックな言葉を聞いたばかりでタイムアップだ。


「ダンスが終わったらまた時間をくれる?」


 エリオは慌ててベルティナと約束をしようとした。ベルティナはにっこり笑って頷いた。


 会場に戻ればすぐにダンスタイムだった。国王陛下夫妻がダンスを披露する。まだ幼い王子と王女は踊らないようだ。

 今夜の来賓とはエリオ組とクレメンティ組しかいない。エリオとベルティナは手を取り合ってホールの中央へ進みダンスを披露する。授業では何度か踊っていたので慣れているはずだった。


 でも、プロポーズされた後だ。ドキドキが増していく。


『ち、近いわ。ダンスって、こんなに近かったかしら? 私のドキドキが伝わってしまうわ』


 ベルティナは少し慌てた。


「いつもよりドキドキするね。ベルティナが僕と一緒にいてくれるって言ってくれて、嬉しすぎてドキドキが止まらないよ。手に汗もかいちゃった。気持ち悪くない?」


 エリオは苦笑いで自信無げであった。ベルティナはエリオが自分と同じ思いであることに驚いた。


「エリオもドキドキしているの?」


 ベルティナの心は凪いだ。


『本当にこの人の隣はいつでも心地がいいわ』


「うん。だって、いつもはかわいいベルティナが、今日はとてもキレイだからさ。こんなに美しいベルティナが僕の隣にいてくれるなんて嬉しいよ」


 おさまったはずのベルティナの心は、違うドキドキが始まってしまった。


「本当? エリオに褒められるのは嬉しいわ。エリオもステキよ。まるで王子様みたい」


 ベルティナはドキドキを隠すため、エリオを褒めた。優しげに笑うエリオと目を合わせると笑顔になれる。


「えー! これでも本物の王子なんだけどなぁ。アハハ!

はい、これで、終わりっ!」


 最後にはベルティナがクルッとまわって、会場にカーテシーをして二人でさがった。この後のホールは自由ダンスとなるはずだ。


「ベルティナとのダンスはいつでも楽しいな。よしっ! 先程の部屋に戻ろうか」


 外交としての動きは一通りダンスが終わった後になるので少し時間がある。


「じゃあ、軽食と飲み物を頼んでこよう。二人には甘いものもね」


 イルミネがベルティナとセリナージェにウィンクして、給仕係の方へと向かった。ベルティナたちは先程の部屋へと廊下を歩く。ベルティナたちの少し前にセリナージェとクレメンティが腕を組んで歩いていった。


〰️ 


 ベルティナたちは控室へと向かっていた。控室のさらに奥はレストルームになっている。


 後ろからダンダンダンと勢いよく誰かが走ってきた。レストルームへ急いでいるのかもしれない。エリオとベルティナは端に寄ろうとした。


 だが、ベルティナは振り返る間もなく、肩を掴まれて床に投げ出された。


 それはタビアーノ男爵だった。


「お前はっ! どこまでワシをバカにするんだっ! お前みたいな薄汚いヤツが、なぜ、王子のパートナーなんぞになっているんだっ!」


 タビアーノ男爵はツバを撒き散らしながら喚いた。


「チッ!」


 エリオはタビアーノ男爵に話しかけられたら、王族として拒否しようと考えてはいた。タビアーノ男爵の凶行はエリオの予想の上だった。

 まさか外からの賊でもないのにパーティー会場でこんなことをする者がいるとは思わない。さらに隣国の王子のパートナーを傷つけるなどあっていい訳はない。エリオはそう考えて気を抜いていた自分に舌打ちした。


 ここは王城のパーティーだ。どんな理由があっても女性に暴力を振るえば数秒で拘束される。タビアーノ男爵もすぐに両脇を衛兵に獲られた。

 

 エリオは衛兵がタビアーノ男爵を捕まえるより早く、すぐさまベルティナの前に座り背に庇い、物凄い形相でタビアーノ男爵を睨んだ。クレメンティもセリナージェを背に隠す。

 イルミネは皿を投げるように置いて、走って戻ってきた。そして、エリオの少し前に陣取った。イルミネの顔も怒りで歪んでいた。


「イル。頼んだぞ」


 エリオの一言でイルミネは平常心を取り戻し、少しだけ後ろに顔を向け、エリオに小さく頭を下げた。


 タビアーノ男爵の後を追いかけてきていたのだろう。ティエポロ侯爵夫妻がすぐ後ろにいた。そして、ティエポロ侯爵はイルミネとほぼ並ぶように立った。


「私の娘に向かって薄汚いとはどういうことだ。

お前が、食事も与えないから痩せ細り、殴る蹴るの暴行をし続け青あざだらけだった時のベルティナの話をしているわけではあるまいなぁ」


 ティエポロ侯爵の怒りでさらに低くなった声は怒鳴らずとも聞き取りやすく、多くのギャラリーの耳に届いた。


「「「ひっ」」」


 すでにいたギャラリーのご婦人の中には、ティエポロ侯爵が発した言葉に気絶をした人もいた。

 しかし、指摘された当のタビアーノ男爵はティエポロ侯爵をギロリと睨んだ。


「そうか、わかったぞ! ベルティナが王子を誑すことが成功したから、ベルティナを養子にしたんだな。

こんな養子縁組は無効だっ! ベルティナが王家に嫁に行くというなら、絶対に我が家から嫁がせる!」


 タビアーノ男爵は衛兵を振り払うような勢いで怒鳴り散らした。


「きさまっ……。私を愚弄しているのか? 養子の手続きは三月も前に済んでいるではないか。エリオという少年が王子殿下であったということを、私たちが知ったのは、つい、昨日だ。侮辱罪で訴えるぞ!」


 ティエポロ侯爵はワナワナと怒りで震えていたが、多少声は大きいものの、怒鳴るというほどではない。侯爵としての矜持がタビアーノ男爵のように暴れることは抑えてさせていた。


「いつ知ったかなどは口では何とでも言える。俺たちを騙したんだなっ! 誘拐で訴えてやるっ!」


 タビアーノ男爵は髪を振り乱して今にもティエポロ侯爵に噛みつきそうだ。

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