第45話 観察力

「わぉ! 観察力はさすがだね。俺たちの演技もまだまだだな」


 今度はイルミネが頭をかきあげようとして髪を触って手をおろす。


「僕は今は王子だけど、兄上が来年王太子になるのと同時に公爵を賜ることになっている。

後は、我が国には外交部がないからね。僕たちで外交部の基礎みたいなものを作ることになっていているんだ。この留学はその練習なんだよ」


「レムが『困らない地位はすでに約束されている』って、ロゼリンダ様に言っていたのでしょう?ベルティナから聞いたわ。その外交部のことなのね?」


 セリナージェがクレメンティに聞いた。


「ああ、そうだよ。公爵家は継ぐけど、しばらくは領地経営は無理そうかな」


 クレメンティはセリナージェの手を強く握った。


「休みの日などは、ここへ来て外交部の見学とか仕事の説明とかしてもらっていたんだ」


 イルミネは軽食をつまみながら答えた。


「国王陛下には、すごくよくしていただいてね。それで今回新年パーティーにも招待されたってわけ。二人がパートナーになってくれてうれしかったよ」


 エリオもベルティナの手を強く握った。


「ところで、三人は本当は何ヶ国語が話せるの?」


 ベルティナの質問に、イルミネがギョッとした目でベルティナを見た。


「プハハ! ベルティナにかかると、それもわかっちゃうのか? 僕はあと三ヶ国語だ」 


 エリオが吹き出した。ベルティナの観察力の素晴らしさに感嘆もしていた。

 ピッツォーネ王国はスピラリニ王国の他に三ヶ国と隣接している。


「僕はあと二ヶ国だ。北の言葉は、勉強中」


「俺はまだ北だけ。レムと反対周りで覚えていってるんだ」


 セリナージェは小さく口を開いていた。


「で? ベルティナは?」


「私もイルと一緒。北だけよ」


 北の国は、スピラリニ王国とピッツォーネ王国、両国と隣接している国である。


「今のところは。だろ?」


 エリオがベルティナの心を読むようにウィンクした。


「そうね。そのつもりは、あるわ」


 ベルティナが笑顔で答えた。セリナージェが目を回しそうで口をパクパクしている。


「あ、あのね、セリナ。もし、外交に同行することになっても、君が会うのは高官だけだから、大陸共通語とピッツ語で充分だよ」


 クレメンティは必死にセリナージェを説得しはじめた。言葉ができるできないでフラレてはたまらない。クレメンティはそれほどセリナージェが好きだった。


「ブッ! ハーハッハ!

レム! 外交に同行するのは妻だけだぞ。恋人では無理だよねぇ」


 イルミネがクレメンティをからかう。セリナージェは真っ赤になってシャンパンを一気に煽った。炭酸が喉の刺激になりすぎて、セリナージェがむせて咳をし始めた。クレメンティは慌ててセリナージェの背を擦る。

 エリオがイルミネの頭を『コツン』と叩いた。


「ごっめーん」


 ベルティナだけがクスクスと笑っている。セリナージェの咳が落ち着いたのを見てイルミネが立ち上がった。


「エリオ。僕たちは先に会場へ戻る。来賓ダンスは抜けられない。後で声かけるから」


「ああ、頼むよ」


 クレメンティがセリナージェの手をとって立ち上がる。三人が出ていった。


 エリオがメイドにシャンパンのおかわりを頼んだ。二人でグラスを合わせた。


「違和感って、いつから?」


「春休みに王都の案内をしたでしょう。その時には、なんとなく、エリオが一番上位だろうって思っていたの。それなのに、学園での紹介はあなたが子爵家だと自己紹介するんだもの」


「なるほど、二人は僕の側近なんだ。イルは護衛でもある。ああ見えて強いんだよ」


「うん、それはすぐにわかったわ。イルは動きが騎士という感じよね」


 イルミネのことを思い出してベルティナは思わず笑った。


「そうか」


「三人が同等の爵位っていうなら違和感はなかったかも。エリオが子爵っていうのは無理があったわね。

それに、席順よ。あれでは守られているのは、どう見てもレムでなくエリオだわ」


 エリオの席順は、前はイルミネ、横は壁とクレメンティ、後ろはセリナージェだ。


「なるほどね。長期に身分を偽装するって難しいんだね」


「そうね」


「ところで、ベルティナ。僕は本気だよ。学園を卒業したら、僕と一緒にピッツォーネ王国へ行ってほしい。そして、僕の妻になってほしいんだ」


 エリオは真剣な眼差しだった。ベルティナは正直とても嬉しかった。それでも、ベルティナには少しだけ不安がある。


「もしかして、そのために私は侯爵家の養子になったの?」


「それは違うよ! 僕がベルティナが侯爵令嬢であることを知ったのは、あの丘で夕日を見てから一月も過ぎてからだよ。あの丘でのことに嘘の気持ちはないよ」


「そうなのね。あの丘でのあなたを信じたいわ」


「僕も信じてほしいよ」


「あのね、もし、あの丘の前に告白されていたら、私、きっとお断りしていたわ」


「え?」


 エリオは、少しだけ顔を青くした。

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