第47話 誘拐
衛兵がなんとかタビアーノ男爵の腕をとり抑えているので、ティエポロ侯爵とタビアーノ男爵の乱闘は避けているような状態だ。周りもハラハラしている。
「祝いの席だというのに、いったい何をしておるのだ?」
重厚でよく響く声が、みなを一点に注目させた。国王陛下、その人であった。
本人たちもギャラリーもみな頭を下げた。
「面をあげよ。みなもよい。
エリージオ王子よ。ベルティナ嬢が震えておる。休憩室の前まで下がるがよかろう」
「はっ!
ベルティナ。僕に掴まって。セリナのところへ行こう。大丈夫だよ。僕が付いてる。大丈夫、大丈夫」
エリオはベルティナを支えて立ち上がった。イルミネはエリオとタビアーノ男爵との間にいるように気を配りながら移動している。視線はタビアーノ男爵から外さない。
衛兵が抑えているので、万が一ではあるが、タビアーノ男爵が襲ってくるかもしれない。その対処をエリオはイルミネになら任せられた。なので、ベルティナだけを気にしていることができた。セリナージェの元へ行くまで大丈夫と何度もベルティナの耳元で繰り返した。
ティエポロ侯爵夫人がベルティナの元に駆けつけて、セリナージェと二人でベルティナを抱きしめる。
エリオとイルミネとクレメンティは誰であろうと通さないという目で立ち塞がった。
ベルティナの安全を確認した国王陛下はタビアーノ男爵とティエポロ侯爵へと向き直った。そして、会場に聞こえるように話を始めた。
「で? エリージオ王子の正体だったの。エリオ少年がエリージオ王子であることは、昨日まで秘匿であった。知っていたのは、ワシと王妃、宰相、それから、エリージオ王子の側近の二人。それだけだ。それまでは子爵家の子息として扱っておった」
国王陛下がタビアーノ男爵をチラリと見た。
「ワシの証言では、信用ができぬか?」
そこで見聞きしていた全員が、ビクッとした。まかり間違えても『国王陛下の言葉が信用できない』などと口走る者などいるはずもない。
しかし、その言葉を信用しても、タビアーノ男爵は引き下がらなかった。
「そ、そんな。で、でも、他国とはいえ、王家と姻戚になるのなら、娘は渡さないっ!
国王陛下! 養子縁組を無効にしてくださいっ!」
タビアーノ男爵は国王陛下に縋りたそうだったが、両脇を衛兵にガッチリと掴まれてもいた。それにしても、国王陛下へも怒鳴り口調であるとは、大した度胸というか、マナーも知らぬ愚か者というか………。
まわりの貴族たちは訝しんだ視線をタビアーノ男爵へ向けた。タビアーノ男爵にはそれを見る余裕などない。
国王陛下はタビアーノ男爵の無礼を責めることなく話を続けた。
「だがなぁ、書類に不備はないし、本人たちの意思が変わらない。無効にはできぬな。ベルティナ嬢はすでに成人した貴族令嬢だ。
それに、王家と姻戚になるから戻せとはどういう了見じゃ? 王家や高位貴族と姻戚にならぬのなら娘はいらんと申しておるようだの?」
タビアーノ男爵の口調とは逆に静かで重厚な口調の国王陛下は余計に迫力がある。ギャラリーの多くが自分が責められているわけではないのに姿勢を正した。
国王陛下は軽侮の目をタビアーノ男爵へ向けた。さすがのタビアーノ男爵でも少し震えた。それでもまだ言い縋る。
「い、いえ。元々が侯爵様に無理やり取られた娘なのです。その娘が、我々が知らないうちに養子縁組なぞして、これは誘拐ですよっ!」
「はぁ……」
国王陛下が大きなため息をついた。ギャラリー全員がビクリとし背筋をさらに伸ばした。
「わしは常々、子供は国の宝だと申しておる。その宝が痩せ細り青あざだらけだったと聞いている。それは、どういうことだ?」
国王陛下は片眉をあげて訝しむ視線をタビアーノ男爵へと送る。
「そ、それは、その……」
タビアーノ男爵はたじろぎ一歩下がった。歯をガタガタさせ声は震えていた。
「与えても与えても食べようとしない子供だったのです!それを食べさせるために仕方がなかったのです!」
タビアーノ男爵夫人が急にその場に飛び出してきてタビアーノ男爵を抑える衛兵の脇に立った。タビアーノ男爵家の危機を感じたのかもしれない。
「そうか。そのような言い訳をするか……。
しかたがないの……」
国王陛下の言葉に空気が凍る。みながゴクリと喉を鳴らした。
「では、この者にも発言を許そう。出てまいれ」
国王陛下が顎をあげてそこへ呼ばれたのは、先程、幼い王子殿下の脇に控えていた仮面をつけた男だった。国王陛下に挨拶した者はみな、気にはしていた。だが、身分の不明の者が国王陛下たちのお側にいられるわけもなく『顔にあざでもあるのかもしれない。だが、有能だから取り立てられているのだろう』と考えていた。
「これは、今、幼い王子の家庭教師と専属執事をさせておる者だ。仮面をとれ」
その男が少し下を向き仮面を取った。そして、髪をかきあげ上を向いた。
「っ! ブルーノ兄様!」
ベルティナは即座に気が付き両手で口を覆い驚いていた。ギャラリーは何もわからず見守っていた。
「ブルーノだと? あいつは森で死んだはずだっ!」
タビアーノ男爵は自分の目で見てもブルーノであると確信を持てないようだ。ツバを飛ばしながら喚いた。タビアーノ男爵夫人は明らかに震えていた。
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