第39話 夕日の丘
放課後。エリオが馬に乗って寮の前に迎えに来た。
「学園から一頭借りたんだ」
そう言うと、ベルティナに手を伸ばす。ベルティナはエリオの前に跨がった。夏休みに遠乗りしたので、二人とも乗馬ができることはわかっている。相乗りも初めてではない。
護衛が一人後ろについてくれている。
「じゃあ、行くよ。それっ!」
三十分ほどで着いたのは、以前来たストックの丘だった。馬車ではないので丘の上まで駆け上がる。エリオは先に降りるとベルティナに手を伸ばしてベルティナを降ろした。
「ちょうどいい時間だったね」
辺りは真っ赤に染められ始めていて、王都の端に夕日が向かっているところだった。
「わぁ! ステキ!」
ベルティナが二歩前出て、夕日を抱くように手を広げた。
「エリオ、覚えていてくれたの?」
エリオに振り返る。
「でも、私だけでよかったのかしら?」
「当たり前だろう。ベルティナと僕とでした約束なんだから」
エリオから見たベルティナは夕日を背に受けて光の女神のようだった。
「きれいだ……」
エリオの呟きはベルティナには届かなかった。
「え? そうだったの? 私ったらてっきりみんなとの約束だと。
ふふふ、エリオ。本当にありがとう。とてもキレイだわ」
ベルティナは、また夕日の方を見た。
エリオはベルティナの隣に立ちベルティナの手を握る。ベルティナは驚いたり嫌がったりしなかった。
「ベルティナ。お誕生日おめでとう。このプレゼントは喜んでもらえたかな?」
「ええ、とっても嬉しいプレゼントだわ。エリオ、ありがとう」
二人は視線を夕日に向けたまま、しばらくジッと眺めていた。
「それから……」
エリオがベルティナの後ろにまわり、首に細い鎖をかけた。ネックレスだ。サンゴのチャームがついている。
「ピッツォーネ王国では、サンゴは付けてる人を幸せにしてくれるって言われているんだよ」
「わぁ、かわいい。ありがとう!」
ベルティナがサンゴのチャームを見て顔をほころばせた。
「ベルティナ。僕は君が好きだ。これから先、何があっても君を離したくないんだ。どうか僕を信じてついてきてほしい」
「私はあなたを信じているわ。ふふ、理由なんて聞かないでね。私もあなたが好きです。友達としてではなく」
ベルティナはエリオにこうして返事ができるのは、自分が侯爵令嬢になれたからだと自覚していた。男爵令嬢であったならきっと断っていたであろう。ベルティナはティエポロ侯爵家のみんなに本当に感謝していた。
「この前は先に言われてしまってびっくりしたんだ。でも、友達って言われて、ちょっとショックだったんだよ。
ハハハ。いい返事がもらえてよかった! ベルティナ、大好きだ!」
エリオがベルティナを抱きしめた。ベルティナもエリオの背に腕をまわした。
エリオがゆっくりとベルティナを胸から離すと、エリオの知らないうちにベルティナが泣いていた。
「っ! ベルティナ?」
「ごめんなさい、エリオ。私、この間から、幸せ過ぎて、幸せ過ぎて、受け止めきれないの。なのに、手放したくないのよ。私って強欲だったのね」
ベルティナは涙が止まらないのに口元は笑顔になってしまう自分が止められなかった。
「そのぉ、その幸せの中に、僕は入っているのかな?」
エリオは自信なげに頭をかいている。
『チュッ』
エリオの頬に柔らかいものが触れた。エリオは少しだけ呆けていたが、すぐに笑顔が戻り、ベルティナをギュッと抱きしめた。
「ベルティナって、結構いたずらっ子なんだね?」
「あら? 知らなかったの?」
「これからも、もっといっぱい、ベルティナを知りたいな」
「私にもエリオを教えてね」
二人はもう一度並んで夕日を見た。ベルティナが夕日ではなく隣に立つエリオの横顔を見ていたことに、エリオは気がついていなかった。
『この人の隣にいたいわ』
ベルティナはエリオから夕日へ視線を移し、夕日にお願いをした。
二人は手を繋いだまま夕日に染まっている。
それから、夕日の下が王都に触った瞬間、『わぁ!』と二人同時に息を飲んだ。同じ感性であったことに目を合わせ、二人は笑い合った。
「まだ、夕日は沈みきらないけど帰ろう。三人が心配しちゃうからね」
「うん!」
エリオが伸ばした手を握り隣に並んで馬まで歩いた。二人の前に伸びる影も重なっていて、ベルティナは幸せな気持ちになった。
〰️
寮へ戻ると、エリオがすぐに共同談話室で会おうという。そちらに行ってみると、いつもの三人がケーキと料理を並べて待っていてくれた。ベルティナは二回目の誕生日会もとても嬉しく幸せを感じていた。
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