第38話 専属秘書
いつもの芝生で五人はランチをしていた。もう、クレメンティたち三人を追いかけたり、五人が一緒にいることに陰口を言う者はいないだろう。だが、五人にとってここの居心地がとてもよかったのでここをずっと使っていた。確かに陰口はなくとも注目されている五人なので、食堂室は落ち着かないだろう。
今では学食に並ぶのも交代でやっている。
そこに少しだけ強めの風が吹いた。セリナージェとベルティナはブルッと震えた。
「そろそろ、ここでのランチも終わりね。ずいぶんと寒くなってきたもの」
セリナージェは襟元を整えた。イルミネが頬張っていたサンドイッチを飲み込んだ。
「そうだね。二人は、寒くなったら今まではどうしていたの?」
「学食で食べていたわよ。メニューはかわらないけど」
ベルティナも袖を直して風対策をした。
「なら、教室で食べることにするのはどうだい?」
寒さなど感じていないような大きな体でクレメンティが提案する。クラスメイトならもう五人に慣れているので意味なく注目することはない。
「それなら、今と変わらないね。じゃあ、明日からそうしよう」
クレメンティの意見にエリオが賛成して、そうなることに決まった。
「レディたちに風邪をひかせるわけにはいかないからね」
エリオのまるで役者のセリフのような言葉に、みんな吹き出して笑う。
「あ! そうだわ! ねぇ、レム。あなたには専属秘書とかいるの?」
ベルティナの突然の質問にクレメンティがむせた。
「コホコホ! え? なんだい突然?!
いや、まだいないよ。でも、あちらに戻ったら雇うことになるだろうな。どうして?」
「もし、よかったら、私を秘書として雇ってくれないかしら?」
ベルティナはとびきりの笑顔でクレメンティにお願いした。クレメンティもイルミネも目をまん丸にした。エリオは大変むせさせた。
「ゴホゴホゴホ! それは、それは、ダメだ!」
エリオは喉につまらせながらも少し大きな声で止めてしまった。エリオのあまりの勢いに今度はベルティナとセリナージェが目をまん丸にした。イルミネはエリオとベルティナの顔を交互に見ると、我慢できないとばかりに笑い出した。
エリオは頭をかきながら必死に言い訳をした。
「あ、ごめん。あー、なんだそのぉ。まだ何もハッキリしてないだろう? それじゃあ、ベルティナがレムにセリナと結婚しろって言ってるみたいだし、ね?」
エリオの必死な言い訳は的を射ていた。
「「「え?!」」」
クレメンティとセリナージェとベルティナが真っ赤になった。確かにまだクレメンティとセリナージェは婚約もしていない。イルミネはシートに横になるほどお腹を抱えて笑っていた。それはいつものことなのでみんなはスルーしている。
「そ、そうね。私が急ぎすぎたわ。ごめんなさい」
ベルティナはハンカチを取り出し自分の汗を拭いた。目は泳ぎ慌てていて頬を紅潮させている。ベルティナも失言であったと理解したのだ。
「コホン! いや、ベルティナの気持ちはわかったよ。うん!」
クレメンティは口角があがったままだ。ベルティナが一人でクレメンティの専属秘書になると考えるなんてありえない。それには必ずセリナージェがいる。つまり、セリナージェは将来をクレメンティと一緒にいるということを、少なくともベルティナとは話をしてくれたということだ。
クレメンティは、今まで見たことがないほどだらしない顔だ。
セリナージェはそれを見て、気持ちがバレてしまったことを察した。そして、それをクレメンティが嫌がっていないことに、嬉しくて恥ずかしくて、顔を赤くして俯いた。
クレメンティがセリナージェを見たことに気がついたセリナージェは上目遣いでクレメンティを見る。クレメンティはセリナージェの可愛らしさに真っ赤になってアワアワとしだした。
イルミネの笑いは最高潮に達していた。
「イル! いつまで笑ってるつもりだっ!」
エリオが笑って転げまわっているイルミネを怒った。エリオもエリオで頬を染めているので、あまり怖くはない。
しばらくしてやっとイルミネが落ち着いた。
「ああ、ごめんごめん。腹もいっぱいだし、先に教室戻るわ。レム、セリナ、行こう!」
「ああ。セリナ」
クレメンティがセリナージェに手を差し伸べて立ち上がらせる。この光景も普通になった。でも、今日は二人とも顔が紅く、立ち上がったセリナージェはいつもよりクレメンティに近いような気がする。イルミネを先頭に、クレメンティがセリナージェの手をとったまま校舎へと戻っていった。
なぜか、三人がいなくなってしまった。いつもならセリナージェが立つタイミングで、エリオがベルティナに手を差し伸べてくれるのだ。今日はそのエリオがまだ隣に座っている。
ベルティナはこの状況が不思議だった。でも、嫌ではなかった。
「ベルティナ。今日の放課後なんだけど、時間は空いているかな? ちょっと付き合ってもらいたいところがあるんだけど」
エリオは少し視線を下げて頭をかいていた。
「ええ。時間は空いてるけど」
「本当に? よかった! じゃあ、放課後に乗馬服を着て寮の前にいてくれる?」
ベルティナの目を見て真剣に誘う。
「わかったわ」
ベルティナは何があるのかわからないけれどエリオからの誘いが嬉しくて自然に笑顔になってしまった。
「よろしくね。僕らも行こう」
エリオが笑顔でベルティナに手を差し伸べた。ベルティナはその手にそっと手を乗せた。
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