第36話 侍女

 仕事が増えて朝の勉強に行けなくなったベルティナは教師に謝った。教師は気にしなくていいと言って、今までと同様、ブルーノの分のパンまでくれた。



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 そんな時、ティエポロ侯爵からベルティナを連れて来るようにと言われたのだ。ベルティナは初等学校には行っているので存在は誤魔化しようはなかった。


 それから一週間。州都のタビアーノ男爵邸ではベルティナに無理やりご飯を食べさせた。だが、食べさせも食べさせもベルティナは太らなかった。

 ベルティナは無理やり食べさせられた後でレストルームでそれらをほとんど吐き出していたのだった。散々食事を抜かれて小さくなってしまった胃袋には受け付けられなかったようだ。


 風呂も無理やり入れられた。髪にこびりついた泥はどうやっても落とすことができず、ティエポロ侯爵邸に行く前日に男の子のように髪を切られた。


 ベルティナは、結局痩せっぽっちのままで、さらに散切り頭という状態で、侯爵邸に連れて行かれることになった。 



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 ベルティナの姿を見たティエポロ侯爵は即決した。


「ほぉ! なかなか賢そうな子だ。うちのセリナージェと一緒に勉強させることにしよう。しばらく預かる。いいな」


 本気と嘘を織り交ぜながらティエポロ公爵はタビアーノ男爵夫人に断ることをさせない。

 州というシステム上、高位貴族と子爵家男爵家では確かな身分の差があるのだ。タビアーノ男爵夫人は拒否できなかったというところもある。


 ティエポロ侯爵邸でベルティナはすぐに浴室に連れていかれた。裸にされると侯爵夫人が浴室に入ってきた。侯爵夫人は泣きながらベルティナを抱きしめた。

 ベルティナの体はアザだらけであった。どう見ても古いアザもある。腕も足も、腹も背も、青くない場所を探す方が大変なほどだった。肋骨は薄く見え、手首は今にも折れそうだ。目は落ちくぼみ、唇はカサカサだった。散切りに切られた髪には艶はなく軋んでいた。


 それでも、ベルティナの瞳だけは爛々として生きる気力は溢れていた。兄ブルーノとの再会の約束がベルティナが生きていく理由だった。


『この子はいくつから耐えていたのかしら。うちの州のまさか貴族家でこのようなことがあるなんて』


 侯爵も侯爵夫人もとてもショックを受けていた。


 その日から、まずはスープから与えられる。そうやって少しずつベルティナは回復していった。


 三週間後にはセリナージェと初対面し、セリナージェはその場でベルティナを気に入った。そしてその日からベルティナの隣にはいつもセリナージェがいた。


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 セリナージェとベルティナは初等学校の卒業までたったの半年だったので、初等学校へ行かずに家庭教師で勉強することになった。ベルティナは大変賢く、家庭教師でさえ感心していた。ベルティナは特にその理由を話さなかった。タビアーノ男爵領のあの教師に固く口止めされていたからだ。


 ティエポロ侯爵はなんやかんやと理由をつけてはベルティナをタビアーノ男爵家に返すことをしない。それどころか、タビアーノ男爵夫人とベルティナを会わせもしなかった。


 ベルティナは普通の人並の体型になり、落ちくぼんだ目が元にもどると、なかなかの美人であった。髪はまだまだ伸びないがリボンをしているので女の子らしくなっている。

 セリナージェとの庭遊びでは、三ヶ月程すると随分と転ばなくもなった。


 しかし半年後、ベルティナの姉が州都の中等学校を卒業して、タビアーノ男爵家は領地へと戻ることになった。さすがにもうベルティナを返せとタビアーノ男爵は息巻いた。しかし、ティエポロ侯爵が金を積みベルティナを侍女として買い取ると言うと、喜んでサインをし金を持って帰っていった。

 子爵家男爵家の子女が州長の子女の側近や専属侍女になるために州長の家で暮らすことは珍しくはない。だが、金を積まれることは大変珍しい。金に目のないタビアーノ男爵はそんなことには気が付きもしなかった。


 だが、ティエポロ侯爵はベルティナにそのことをいうつもりはなかった。あくまでもセリナージェの友人でいてほしかったのだ。


 ティエポロ侯爵の願い通りベルティナとセリナージェは大の仲良しになり、今日も二人で過ごしている。



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 ベルティナの姉が州都の中等学校を卒業したと入れ違いに、ベルティナとセリナージェは中等学校へ入学した。

 中等学校に入学したベルティナは、打って変わって悪い成績になった。それを訝しんだティエポロ侯爵夫人はベルティナに聞いてみた。


「良い成績を取るとまた殴られるの。お兄様がそうだったの。それはイヤだから、わざと間違えているんです。お父様に届く成績表が悪くなるように」


 ティエポロ侯爵夫人は泣きながらベルティナにすべてを話してほしいと訴えた。この一年でティエポロ侯爵夫人を自分の味方であると判断していたベルティナは、タビアーノ男爵領の恩人の教師について話をした。

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