第35話 教師

 タビアーノ男爵夫妻はそんな汚い者たちを屋敷には入れられないと、外の薪割りや草むしりなどをやらせる。炎天下であろうと雪であろうと関係ない。そして、仕事が遅いと言って殴り、仕事が雑だと言って蹴飛ばした。

 兄姉は二人が汚いと言って井戸へ引っ張り連れていき頭から何度も水を浴びせた。

 食事は使用人よりも後で、スープしか残らない鍋と硬くなって誰も食べなくなったパンを水に浸して、それを二人で分け合い食べ水を飲んで凌いだ。


 それでも、ベルティナの隣にはブルーノがいたから二人は耐えられた。


〰️ 


 ブルーノが初等学校へ上がると顔を殴られるのはベルティナだけになった。ブルーノはベルティナに謝るが、ベルティナは仕方がないのだと泣き言は言わない。

 ブルーノの痩せ方を心配した教師の一人が誰にも秘密でブルーノにパンを与えた。ブルーノはそれを持ち帰り夜中に屋根裏部屋で二人でそっと食べた。


 ベルティナが初等学校へ上がるとベルティナも顔を殴られることはなくなったが、体中なぐられ、それが見えないように夏でも長袖のボロを着させられた。


 教師は二人にパンを毎日くれた。


「ごめんな。僕はこの領地の学校に雇われだ。つまり、タビアーノ男爵に雇われているんだよ。これ以上のことをしてやれない……」


 教師は時には泣いて謝ってきた。ブルーノとベルティナにとってはその教師のおかげで生きていけるのに、謝られる意味がわからなかった。

 二人は家のことをしなくていい学校の時間が大好きで一生懸命に勉強した。


「学園へ通うことは貴族の義務だ。そこまで頑張れ! そこでいい友人を見つけ、ここから出るんだ。そのためにも勉強は頑張れ」


 その教師とブルーノとベルティナは始業時間の2時間も前に学校へ来て勉強に励んだ。おかげでブルーノは学年1位で初等学校を卒業した。


 しかし、タビアーノ男爵はそれが余計に気に入らず、ブルーノの卒業証書を破り捨てその日はブルーノが立てなくなるほど殴った。そして、ブルーノは成績が優秀にもかかわらず中等学校にも通わせてもらえなかった。


 ブルーノの受けた罰を聞いたその教師は、ベルティナの成績に細工をすることにした。タビアーノ男爵には普通程度であると思わせるためだ。パンはベルティナに二人分持たせた。


〰️ 



 初等学校を出て、一日中働かされるようになったブルーノは、ずっとチャンスをうかがっていた。教師には『学園で友人を作り助けてもらえ』と言われていた。

 だが、ブルーノが学園へ行く年まで後2年半。ブルーノにしてみれば自分がそこまで生かされるかも不明だった。


 そして、その日はやってきた。

 州都に移動サーカス団がやってきて、タビアーノ夫妻、兄、姉、妹、弟が揃って州都の屋敷へと出かけて行ったのだ。予定では1週間ほど戻らないと聞いていた。

 ブルーノは思い切って家出を決意した。ブルーノはベルティナにも声をかける。


「ベルティナ。俺はこの家を出るよ。お前もおいで」


 痩せていて落ちくぼんだブルーノの目は本気だった。


「ブルーノ兄様。それは無理よ。私を連れていたら、兄様も逃げられない。私は学園を出れば、どこかのメイドにでもなれば逃げられるもの。お兄様はこのままではダメよ。幸運を祈っているわ」


 ベルティナは痩せギスの体では走れないことも、逃げても数日で餓死するような体であることも、しっかり自分で理解していた。


「ベルティナ。いつか迎えにくるから。それまで生きていてほしい」

 

 ブルーノも納得した。ブルーノだけでも生きていけるかの保証は何もない。ブルーノとベルティナは痩せ細ったお互いの手を握り合う。


「ありがとう、ブルーノ兄様。お兄様も必ず生きてね」


 ベルティナの目には涙が浮かんだ。しかし、のんびりもしていられない。


 真夜中、ろうそくの火を頼りに父親の寝室や書斎にある金目のものをさがす。父親の忠実な下僕の執事も州都に付いて行っていたのは幸いだった。お金とお金になりそうなものを二人で集めた。本当に一人が逃げられるかどうかのお金しか見つけられなかった。金庫を開けることまではできなかったから。

 長兄の部屋に行きブルーノが着られそうな普段着を選ぶ。いくつか見繕って着替えて、他はかばんに入れる。ブルーノの痩せ細った体には不釣り合いであったが、今まで着ていた服で外へ行くよりはマシであった。


 ブルーノは最後にベルティナを抱きしめた。二人は必ずまた会おうと約束した。


 ブルーノがまだ真っ暗な道をろうそくの灯りとともに消えていった姿はベルティナには忘れられない光景になった。


〰️ 


 州都から帰ってきたタビアーノ男爵は怒り狂った。もちろんすぐに捜索した。だが、一週間も前なのだから見つからない。森にでも逃げて、猛獣に襲われたのだろうと結論付けられた。

 タビアーノ男爵の怒りはおさまらない。その矛先はベルティナにむかった。それ以来、ベルティナへの虐めは苛烈を極めた。母親もブルーノの分まで働けと夜中までベルティナに仕事をさせた。

 服をブルーノに盗まれたと兄も怒り、それまで以上に仕打ちが酷くなり姉もそれに加わった。

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