第31話 自覚

 セリナージェは次の日にはクラスへ戻ってきた。席は壁側のエリオの後ろ。隣にはもちろんベルティナがいる。


 ランレーリオとロゼリンダは今日もクラスに来ていない。ロゼリンダは寮の食堂に昨日の夕食も今日の朝食にも現れなかった。エリオたちもランレーリオを見ていないという。


〰️ 


 ロゼリンダとクレメンティの言い争いはランレーリオも含めて多くの生徒の知るところとなってしまった。しかし、多くの生徒はロゼリンダのことではなく『クレメンティとセリナージェの燃えるような恋』を噂にしていた。

 なので、数日間はクレメンティとセリナージェが一緒に歩いていただけで女子生徒からは黄色い声がかかっていた。男子生徒も口には出さないが男として女を守るクレメンティに羨望の眼差しを向けた。


 お昼。いつもの場所。

 エリオとクレメンティが今日の買い物係だ。三人で座って待っている。


「ちぇっ! この前のことさぁ。レムがかっこよく見えただけだったみたいだね。本当に収めたのはエリオだっていうのにさっ」


 イルミネがクレメンティへの他生徒の視線にヤキモチを焼いているように見える。


『まあ! イルもかわいいところがあるのねぇ』


 ベルティナはついついイルミネの頭をナデナデしてしまった。


「なっ! ベルティナ! 俺が好きなの?」


「え? ええ、好きよ? でも、どうしてそうなるの?」


「ベルティナの『好きよ』はそういうんじゃないんだろうね。はんっ! わかってるけどさっ。

あのね、ベルティナ。頭にナデナデなんて小さい子供に対してか好きな子に対してしか、男はやらないんだよ。わかる?」


「女は母性があるから比較的誰にでもやるわよね?」


 セリナージェもベルティナの味方をした。だがベルティナにはそれどころではなかった。


『好きな子に対してしか、男はやらないんだよ』


 ベルティナが先日のセリナージェとクレメンティの事で悩んでいた時にエリオが何度も頭を撫でてくれていたのだ。エリオはどういうつもりなのかは確かめたくても怖くて確かめられない。何よりも恥ずかしいしでもあの暖かさを忘れられない。ベルティナは一人でパニックになっていた。


 そこへランチボックスを抱えた二人がやってきた。


「きゃーー!!」


 ベルティナはエリオの顔を見た瞬間に叫び声をあげてしまった。エリオはあまりのショックに顔を青くしてその場に項垂れた。


 エリオの様子に三人は笑っていたがベルティナは何度も何度もエリオに謝ってなんとか復活してもらい自分の失態は『ただ急だったから』で誤魔化した。


〰️ 


 でも、誤魔化されない親友がここにいた。夜のセリナージェの部屋。


「で、ベルティナ? 本当は何があったの?」


 ベルティナはセリナージェの顔を凝視した。


「私がお休みしたたった一日の時間にエリオと何かがあったのよね? ふふふ」


「あ、えっと、何もない……わ……たぶん。イルの考えがすべてではないし……」


「へぇ! エリオにナデナデしてもらったのね!」


 セリナージェの笑顔にベルティナは驚きを隠せない。手をどこに置いておくかもわからなくなって手だけがせわしなく動いてる。


「うわぁ! ベルティナをこんなふうにしちゃうなんてエリオってすごいのねぇ! すごいのはエリオじゃなくて『恋の力』かしら? ふふふ」


「こ、恋の力?」


 ベルティナは真っ赤になった。


「まさか自覚なし? ベルティナにも苦手なことってあるのねぇ」


 ベルティナは手をあたふたさせていて反論ができない。自覚し始めたばかりで自己処理できていないのだ。


「セ、セリナも、そ、そうでしょう?」


「そうね、私があんなに泣くことができるなんて自分でも知らなかったわ。

それに語学もやらなきゃっていうより楽しくなってきているのよ。放課後はね、ピッツ語だけにしているの。誰にもわからないからってレムったら恥ずかしいことばかり言うのよ」


 セリナージェが頬に手を当てて照れていた。セリナージェが学園へ戻ってまだ数日、セリナージェとクレメンティは本当にラブラブなようだ。


「ナデナデされたことは置いといてもエリオはベルティナが好きだと思うわよ。ベルティナは何に躊躇しているの?」


 ベルティナは冷静にドキリとした。心に引っかかるものが確かにあるのだ。


「私、男爵家だもの……」


「え? エリオは子爵家なのよ。問題ないでしょう?」


 ベルティナはエリオが子爵家だということを信じていない。きっともっと上……もしかしたらセリナージェよりも……。


 それは確定ではないがベルティナの中では確信があった。

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