第30話 公爵家

 ロゼリンダには爵位を簡単に捨てられる物のように言い切ったクレメンティが信じられなかった。


「そんなことできるわけ……」


 今までロゼリンダが気にして気にして止まなかった爵位。クレメンティはそれをまるで『おまけ』として付いているもののように言う。


 ロゼリンダがワナワナと震えながら言葉を紡ごうとして口を開いた。


「ロゼ。もうやめるんだ!」


 ロゼリンダの言葉より先に一層大きな声が教室に響いた。

 声をかけてきたのはランレーリオ・デラセーガ公爵子息だった。彼はずっとクレメンティたちの後ろでこの様子を見ていた。


「レオには関係ありませんわ。口出ししないでくださいませ!」


 ロゼリンダが横から口出しをしたランレーリオを睨む。この二人が愛称で呼び合う仲であることなど誰も知らなかった。しかし、それをこの場で指摘できる者などいない。


「いや、関係あるよ……」


 ランレーリオの前に道ができランレーリオはクレメンティとロゼリンダの前まで出てきた。


「僕はクレメンティ君の話を聞いて目から鱗だったよ。僕がこの考えに気がついていればロゼをこんなに苦しめなかったのに。ごめんね」


 ランレーリオはロゼリンダだけを見て『ごめんね』と呟いていた。ランレーリオの瞳は潤み本当に悔いているようだった。


「レオには関係ないと申し上げておりますでしょう!

わたくしは地位に見合った殿方と婚姻せねばならないのです。それが、公爵家に生まれ公爵令嬢として生きてきたわたくしの義務ですのよっ!

あなたにわたくしの苦しみなどわかるはずがありせんわっ!」


 大人たちがいたら淑女らしからぬとロゼリンダは叱られていたかもしれない。それほど今までのロゼリンダにはありえないほど興奮しており声も大きかった。しかし、それがロゼリンダの本当の悲しみだとみんなに伝わることに繋がった。


 スピラリニ王国には公爵家二家侯爵家五家しかいない。伯爵家も十三だ。王家と侯爵家には同世代で婚約者のいない男子は現在のところいない。

 そして問題はアイマーロ公爵家―ロゼリンダの家―とデラセーガ公爵家―ランレーリオの家―は祖父同士の仲が芳しくないということであった。

 それゆえ公爵令嬢であるロゼリンダの嫁ぎ先は難しく二十歳も上の侯爵家の後妻などという噂もあったほどである。噂でなく本当に釣書は届いている。


 ロゼリンダの苦しそうな顔にランレーリオは悲しくなった。そして自分が守るべき者をここまで苦しめていたことに今更気が付き自分を心で罵った。


『反省は後だ。今はロゼを守りたい!』


 ランレーリオは心を決めた。


「ロゼ。宰相の妻であればふさわしい地位といえるだろう?

お祖父様が僕たちのことを反対されるなら僕は爵位はいらないさっ。だけど君を得るために宰相には必ずなる」


 いつも優しげに笑っているランレーリオの決意を込めた瞳はみんなにも伝わった。


「爵位は弟に譲り公爵家の分家として領地を統べず王都で暮せばいい。

ロゼ。どうか僕を支えてほしい。僕が安らげるのは君の隣だから」


 ランレーリオの突然の告白にクラスの全員が黙った。ランレーリオとロゼリンダがそのような気持ちであったことに気づいている者はいなかったのだ。


 ロゼリンダはランレーリオを見てハラハラと涙を流ししばらく停止していた。その涙がロゼリンダの手に触れた時ロゼリンダはやっと自分がみんなの前で泣いていることに気がついた。それは恥であると淑女教育をされているロゼリンダは慌てて一人で外へと出て行ってしまった。それをランレーリオが追いかけた。


 みんなの視線は見えない廊下の向こうへと飛んでいた。


 しばらくの沈黙の後それをイルミネが打破する。


「なんだかみんなランチを逃しそうだね。俺、先生に説明して午後の授業を遅らせてもらってくるよ」


 イルミネはすぐに出ていった。みんな各々に話をしている。エリオはイルミネの席にベルティナを座らせた。クレメンティもエリオも自分の席に座る。フィオレラとジョミーナは、窓側の席へと移動していた。


「ロゼリンダ嬢にも彼女なりの理由があったようだね。少し悪いことしてしまったかな」


 クレメンティがバツが悪そうに顔を歪めた。


「いや。それでもレムやセリナの気持ちを無視した行動をしたことは事実だよ。それにこの国のシステムを考えれば自己州内の子爵家なら嫁ぎ先としては当然あったはずだ。彼女のプライドがこの問題となった理由であることは皆無ではいだろう」


 ベルティナはエリオの冷静な分析に感心した。ベルティナ自身はロゼリンダの訴えに思いは流されてしまっていたのだ。


「エリオって本当にすごいのね」


「ベルティナ? 何? 何か言ったかい?」


「な、何でもないの」


 ベルティナの呟きはエリオには届いていなかったようだ。ベルティナは聞き返されて慌てて否定したが先程の談話室でのことも思い出し少しだけ頬に熱を感じていた。


 イルミネのお陰で遅めのランチをとれることとなりみんなで学食でランチをとった。先生の先導で教室へ戻る。


 ランレーリオとロゼリンダは学食にも教室にも現れなかった。

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