第29話 対決

 気がつくとお昼に近かったのでエリオの指示でベルティナはセリナージェを部屋へと送ることになった。


 ベルティナはセリナージェを部屋の前まで送る。セリナージェは共同談話室へ行く前と違って目を見て話せるようになっていた。


「ベルティナ。ありがとう。あなたの言うようにレムの話を聞いてから考えればよかったわ。先走ってすごく嫌な気持ちになっちゃっていたわ」


 セリナージェはまだ少し腫れぼったい顔で、でも、かわいい舌をペロッと出してお茶目に笑った。


「でも、今日は教室へ行ける顔じゃないから休むわね。夕食には誘ってくれる?」


 セリナージェは可愛らしく上目遣いで肩を少しあげて小首を傾げてお願いする。幼い頃からこのお願いをベルティナが聞かなかったことは一度もない。


「もちろんよ。じゃあ、また後でね」


 ベルティナはセリナージェをギュッと抱きしめた。ベルティナが寮の廊下の角を曲がるまでセリナージェは手を振ってくれていた。ベルティナは隣にセリナージェがいなくても気持ちは一緒に歩いているような気がして朝よりもずっと軽快に学園への道を歩けている。


 ベルティナが女子寮を出るとエリオとクレメンティが待っていてくれた。クレメンティの目には怒りが戻っている。エリオの目にも笑いはなかった。そんな二人をベルティナは頼もしいと感じた。


〰️ 


 昼休みになってすぐに教室へ入ると朝の通り昨日までベルティナたちがいた席にロゼリンダたちがいた。クレメンティを目ざとく見つけたロゼリンダが席を立ち上がった。


「クレメンティ様。心配しておりましたのよ。具合でもお悪いのですか? わたくしの家の王都のかかりつけ医をお呼びしましょう」


 ロゼリンダの美しい顔は本当に心配しているように少しだけ歪ませていた。ベルティナはロゼリンダの気持ちが見えず戸惑った。

 朝のクレメンティは確実にベルティナのために授業に出なかった。間接的にはセリナージェのためなのだが。それを知っているはずなのにおくびにも出さずに体調を心配しているのだ。


「いや。とても元気だよ。ただ、とても困ったことになってね」


 クレメンティが鋭い目付きで口角だけ上げた。そして、自分の席へと行き立ったまま後ろを向いてロゼリンダと対峙する形になった。エリオも自分の席の椅子のところに立ちクレメンティとエリオの間にイルミネとベルティナが立った。

 ロゼリンダの方にはフィオレラとジョミーナがロゼリンダの左右に立っている。


「困ったこと? まさか、ベルティナ様に何か言われたのですか?」


 ロゼリンダが眼力を変えてクレメンティからベルティナへと視線を移した。


「ベルティナ様。いくらセリナージェ様とお仲がよろしくても婚約者のいる者に手を出すことをお認めになってはいけませんわ」


 ロゼリンダは一人で勝手に結論を出してエリオの後ろにいるベルティナを軽く睨んだ。エリオは怒りを感じたがイルミネがすぐに上着の裾を引いた。ここでの主役はあくまでもクレメンティであるべきだ。エリオもすぐに怒りを顔の奥に押さえた。収まったわけではない。


「誰に婚約者がいるのかな? 僕はロゼリンダ嬢との婚約話はキチンとお断りしたよ。ピッツォーネ王国からだと連絡が遅くなっているのかもしれないね」


 背の高いクレメンティは見下ろすようにロゼリンダを睨む。


「それにしても、確定もしてない話で僕の大切な女性を傷つけるのはやめてもらいたいな。セリナージェに嘘の話をして彼女の心を乱すようなまねをするのは今後一切やめていただきたい」


 クレメンティはみんなの前で『クレメンティにとってセリナージェが大切な女性である』と堂々と宣言した。

 ロゼリンダは拳をギュッと握った。


「なんですって!? わたくしを嘘吐き呼ばわりなさるおつもりですの?」


 ロゼリンダは公爵令嬢として育てられているので怒鳴ったりはしない。でも、屈辱とばかりに少しだけ声を荒げていた。


「違うのかな?」


 クレメンティはわざと卑下た笑い方をしてさらに煽る。エリオとイルミネはクレメンティがこんな腹芸のようなこともできることに心の中で驚いた。クレメンティにとっては公爵子息として習ってきたことだが、エリオとイルミネの前で使う必要がなかっただけだ。


「婚約は家同士の話ですのよ。それをあなたの気持ちがどうのという問題ではありませんでしょう!」


 ロゼリンダは震える口調であった。こちらは習っているはずのポーカーフェイスが落ちかけていた。ロゼリンダにいつもの余裕を感じない。


「家? セリナージェは侯爵家だ。家としても何の問題もないだろう?

それとも君は公爵家なら何をしても許されると勘違いしているのかい?」


「勘違いっ? わたくしのわがままで貴方との婚約話になっているとは思わないでいただきたいわ。あくまでも家格の釣り合いとして侯爵より公爵がいいだろうというお話よ」


「残念だけど、僕の両親は家格より僕の気持ちを優先してくれるよ。

それにもし僕の気持ちが優先されないのであれば僕は爵位を継がない。爵位を弟に譲り文官として生きていくさ。

これでも伝手も能力もあってね。文官としてでも困らない地位はすでに約束されているんだ」


 クレメンティは自慢気にニヤリと笑った。これも腹芸の一つだろう。

 エリオは『もし』という前提だったしクレメンティの両親がセリナージェのことを反対するとは思えなかったので今回は『爵位を継がない』というクレメンティの言葉を止めなかった。


「そういう意味ではセリナージェを妻として迎えることに家は問題にはならないよ」


 クレメンティの鼻を少し上げ見下すような視線にロゼリンダは屈辱感を味わっていた。

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