第27話 爵位

 教室の後ろの扉から窓際の席に向かってベルティナが一歩歩き始めた。

 その時ギュッと右手首が掴まれた。ベルティナは感情の起伏なくゆっくりと振り返る。それは辛そうな顔をしたエリオだった。ベルティナは何も目に入らない無機質な目でエリオを見ているようで見ていない。エリオはそんなベルティナの表情を見てさらに悲しく辛くなった。しかしフッと息をつくとすぐに精悍な表情に変える。


「イルミネ。僕とクレメンティとセリナージェとベルティナは午前中の授業を休む。さらに遅れるようなら臨機応変に頼んだよ。

クレメンティ。お前は僕と来るんだ」


 エリオは二人に指示を出すとベルティナの手を繋ぎ直しずんずんと引っ張っていった。


「「は、はいっ!」」


 クレメンティとイルミネは数拍遅れて気がついて返事をし、急いでイルミネは担任教師の元へ向かいクレメンティはエリオを追う。


 エリオのいつもと違う口調にクラス中が驚いた。だがエリオの威厳ある態度についてイルミネに聞ける者はおらず、ロゼリンダでさえも口をつぐんだ。


〰️ 


 エリオがベルティナを引っ張ってきたのはいつものランチの場所であった。

 

 エリオがハンカチを取り出し芝生に敷いてくれる。


「どうぞ」

 

 笑顔で導くエリオにベルティナは素直にしたがった。


 座った途端ベルティナの目から涙が溢れた。ベルティナもセリナージェの気持ちを思うと泣きたくてしかたなかったのだ。でもセリナージェの隣で泣くわけにはいかない。

 そう思って我慢していたがエリオの優しさに耐えられなくなってしまった。エリオがベルティナの隣に座って背中にふれていてくれた。エリオとクレメンティはベルティナが落ち着くまでジッと待っていた。


 ベルティナが涙が止まった頃エリオがベルティナの顔を覗き込んで優しく問いかけた。

 

「何があったの?」


 ベルティナはエリオの顔を見てからクレメンティの顔をチラリと見た。そして、すぐに視線を下に逸してしまう。そんなベルティナの態度にクレメンティは首を傾げている。


「ベルティナ。今思っていることをそのまま言ってごらん。バラバラでも意味がわからなくても構わない。僕がきちんと君を導くよ」


 エリオは微笑んだまま優しい口調で声をかけた。 


「レム。ふ、ふぅ。

セリナは今とても傷ついているわ。はっ、はぁ。

だから、もう、セリナに近づくのはやめてほしいの。ふぅ」


 下を向いたまま一生懸命落ち着こうとしているベルティナは大きく息を吐きながらなんとか言葉を紡いだ。そうしなければまた涙が溢れてきそうなのだ。


「なっ! 何を言ってるんだい、ベルティナ? 昨日まで僕たちを応援してくれていたんじゃないのかい?!」


 ベルティナはクレメンティの大きな声にビクッとして膝にあった手をギュッと握りしめ肩を小さくした。

 エリオは興奮したクレメンティを手で制してクレメンティに向かって小さく首を振った。そしてベルティナの顔を覗き込むように姿勢を低くした。


「ねぇ、ベルティナ? レムを応援してくれていただろう?」


 エリオの口調はゆっくりでどこまでも優しい。


「もちろんよ! もちろんしていたわっ! でもっ、でもっ、それはっ、セリナが傷つかないことが大前提よ。私はレムよりセリナを優先するわ」


 やっとベルティナが顔をあげて訴えた。エリオはベルティナと目が合ったことで話がキチンとできそうだと判断した。


 エリオはベルティナの背にあった手を少し上げてベルティナの頭を撫でた。


「それは当然さ。君たちは親友以上じゃないか。まるで姉妹のように、家族のように、仲良しなのだから」


 頭を撫でながら優しく言葉が紡がれる。


「そうよ! でも私……。私はレムがこんなことをできる人だなんて思わなかったの。それも知らずに応援していたなんてっ! 私もレムと同罪だわ! 私がセリナを傷つけたのよ! 私が悪いの!」


 ベルティナはまた下を向いて頭を左右に何度も振り自分を虐げた。


「ベルティナ!! そんな! 僕が何をしたんだ? お願いだ。ちゃんと教えてくれっ!」


 ベルティナはまたしても泣き出す。クレメンティは何を言われているのかわからず慌てていてベルティナを急かす。


「レムは公爵様ですものね。レムのご両親はきっと公爵家をお選びになるわ。貴族だもの。それは当たり前だわ。だけど、だけど、それならセリナがレムを好きになる前にっ。そうよ! 最初から公爵家を選べばよかったのではないの? 傷つけてからなんてっ! ひどいわっ!」


「爵位が問題なのかっ!? それなら、僕はっ!」


 エリオがクレメンティの続く言葉を手で制した。クレメンティは言おうとしたことを飲み込んだ。


 『爵位を捨てることも厭わない』クレメンティの本音であるが軽々しく言っていいものではない。


「ベルティナもクレメンティも落ち着いて」


 エリオが二人の顔を優しい瞳で目尻を下げて交互に見つめた。


「ベルティナ。事態が正確にわかっていないときには自分を責めてはいけないよ。君が何においても一生懸命に取り組んでいることも、セリナを大切に思っていることも、僕たちはわかっている」


 エリオがベルティナの頭をなでながらもう片方の手はベルティナの手と重ね顔を覗き込んだ。ベルティナはエリオと目が合うと落ち着くようで手を裏返してエリオの手をギュッと握った。

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