第26話 無力

 だんだんとロゼリンダの話を理解してきたセリナージェは無機質な目を下に向けていた。ベルティナはそんなセリナージェが心配でならない。セリナージェの膝に置いた手に力を入れてセリナージェにベルティナ自身の存在を知らせる。だがセリナージェはそれに反応はしない。


「とにかく。そういうことでございますので。これ以上はセリナージェ様にはクレメンティ様にお近づきにならないでいただきたいの。

よろしいかしら?」


 ロゼリンダはセリナージェの様子がおかしいのは承知の上で確認してきた。

 セリナージェは俯いたまま動かない。


「そうだわ! クラスのお席も変わっていただいたらいかがかしら?」


「まあ! フィオレラ様それはよろしいですわね。明日から早速そういたしましょう」


「セリナージェ様。お席をお譲りいただいてもよろしいかしら」


 フィオレラとジョミーナは執拗に追い打ちをかけてきた。席はこの話とは別問題。何の理由にもないはずなのに。


『カタン!』


 セリナージェが立ち上がった。


「ご自由になさってください! わたくしは! これで失礼いたしますわっ!」


 セリナージェは足早に談話室を離れた。ベルティナも急いでセリナージェを追いかける。


「セリナ! 待って! 早まってはダメよ。レム本人に聞いて見ましょう。それから考えましょう。今は考えない方がいいわ。

お願いよ、セリナ」


 ベルティナはセリナージェの隣に並んで歩き時々腕を揺らしながら説得する。セリナージェは足早に廊下を進み返事をしない。


 セリナージェの部屋の前に着くまでベルティナは説得し続けた。セリナージェがやっと返事をした。


「わかってるわ、ベルティナ。私は大丈夫よ。ごめんね。私、疲れているみたいなの。先に休むわね。おやすみなさい」


 セリナージェは少し下を向いたままベルティナと目を合わせることなく部屋に入ってしまった。

 ベルティナは目の前で閉められたドアの前でしばらく呆然としていた。


『コツン』


 セリナージェの部屋のドアに額をぶつけてドアに寄りかかった。今のセリナージェに届く言葉が自分にないことにとてもショックを受けた。手を伸ばしてあげたいのに伸ばし方がわからない。


『私って大事な時に無力なのね……』


 ベルティナの頬には一筋の涙が溢れた。



〰️ 



 翌朝、ベルティナはセリナージェの部屋に声をかけたがなかなか返事がない。それでも何度もノックして何度も声をかけた。やっと返事はもらえたが今日は休みたいと言う。ベルティナは寮の食堂から飲み物とフルーツとスープを持ってセリナージェの部屋を再び訪れた。


「セリナ。飲み物だけでもとった方がいいわ。お願いよ。受け取って」

 

 ベルティナはゆっくりと優しくドア越しにセリナージェへと声をかけた。ベルティナが待っているとドアがそっと少しだけ開いた。


 ドアの向こうに顔を見せたセリナージェは泣き腫らした顔をしていた。予想通りの姿にベルティナも心をギュッと握られた気持ちになり悲しくてしかたがない。ベルティナはお盆を受け取ったセリナージェの頬を優しくなでた。


「先生に今日はおやすみをするって伝えておくわね。ゆっくり休んだ方がいいわ。フルーツかスープを口にしてね」


 セリナージェが小さく頷いてくれたのでベルティナは少しだけ安心した。手の甲でもう一度そっと頬をなでた。それでもセリナージェの目線があがることはなくベルティナはセリナージェと目を合わせることができなかった。

 セリナージェが部屋の奥にいくとドアが自然にそっと閉まる。ベルティナはそのドアを寂しそうに見てからその場を後にした。


 ベルティナにはセリナージェを無理やり引きずり出して学園に行かせることなどできそうにもなかった…………。 


〰️ 〰️ 〰️


 ベルティナは隣にセリナージェがいないまま学園の教室へと向かっていた。朝のこの時間にこの道を一人で歩いたのは入学して以来初めてのことだった。

 一人で歩いていると足がなかなか進まない。何度も立ち止まり我に返って足を運ぶ。


 セリナージェに食べ物を届けたり足が教室に向かなかったり、そうこうしているうちに時間は遅くなってしまいいつもは玄関に待っているはずのクレメンティたちはすでにそこにはいなかった。


 ベルティナがトボトボと学園の廊下を歩きやっと教室についたときには窓側の昨日までロゼリンダたちがいた席しか空いていなかった。ベルティナはそこへ座るしかないのだろうと俯いたまま歩き出す。

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