第25話 婚約話

 クレメンティとセリナージェの雰囲気が夏休み前よりいいことは二学期初日から誰の目にもあきらかであった。決してベタベタしているわけではないが、すぐに目を合わせるし距離も少し近くなった気がする。何よりも二人で笑っているときのお互いを見つめる瞳が何にも増して物語っていた。

 誰から見ても二人は幸せそうだった。


 一学期にクレメンティを追っかけていた女子生徒たちは早々にクレメンティを諦めた。そして、今度は『隣国美しい公爵令息と自国の可愛らしい侯爵令嬢の恋物語』を噂しては、憧れと羨望と希望と賛美とで『きゃあきゃあ』と喜んでいた。


 確実に肩を落とした男子生徒もいた。セリナージェは侯爵家の三女なので侯爵はセリナージェには婚約者も決めずに自由にさせている。侯爵家とお近づきになりたい上昇志向がある者やセリナージェのちょっとキツめの美人に好意を持っていた者は数多くいた。いつもベルティナとセリナージェが一緒であったことと、セリナージェ自身が大変優秀であったため男子生徒たちが躊躇していたことで今まで色恋話が出なかったのだ。

 しかし、セリナージェはそんな男子生徒たちの様子などわからない。クレメンティもその手は疎いので気がついていなかった。そういうことに敏いイルミネがしっかりと『セリナージェを離さないように』とクレメンティに忠言していた。

 クレメンティは更にセリナージェに近くなっていった。


 もう誰も二人の間には入れないだろうと誰もが思った。


 しかし、事件はすぐに起こった。


 ベルティナとセリナージェが女子寮で夕食を食べているときだった。ロゼリンダとフィオレラとジョミーナが二人のところへやってくる。


「セリナージェ様。この後にお話がありますの。二階の談話室にお願いできますかしら?」


 二階の談話室は女性専用となっている。セリナージェはそこへとロゼリンダに誘われた。ロゼリンダの後ろの二人は明らかに嘲る笑いをしている。


「? わかりました。ベルティナも一緒で構いませんか?」


 セリナージェは断りたかったが断わる理由が浮かばなかった。せめて一人では行きたくないとベルティナ同行の許可をロゼリンダに求めた。


「構いませんわ。では後ほど」


 ロゼリンダはくるりと向きを変えて離れていくが、フィオレラとジョミーナは含み笑顔をしてベルティナへと視線を送っていった。


 三人が食堂から出ていく。


「ベルティナ。付き合わせてごめんね」


「何を言っているの? もしセリナージェから言わなかったら私が言っていたわ。もちろん一緒に行くに決まっているじゃないの」


「ありがとう。それにしても一体なんなのかしら?」


「そうね……」


 ベルティナはフィオレラとジョミーナの含み笑顔が気になっていた。


 ベルティナとセリナージェが談話室へ行くと三人はすでに座って待っていた。二人は空いている席に並んで座る。


「セリナージェ様。ベルティナ様。お時間をいただいてごめんなさいね。でも、これ以上放っておくことはセリナージェ様が悲しまれることになると、わたくしは心配でなりませんの」


 ロゼリンダは本当に心配しているかのように眉尻を下げた。


「そういうのは今はいりません。何のご用件なのかはっきりしてください」


 セリナージェは苛立ちを隠さない。ベルティナはテーブルの下でセリナージェの膝に手を置いた。


「現在、わたくしのアイマーロ公爵家とクレメンティ様のガットゥーゾ公爵家とで話し合いが持たれておりますの」


 ロゼリンダが少し鼻をあげて見下すようにベルティナとセリナージェを見た。


「それが? 何か?」


 要領を得ぬ話し方にセリナージェはさらに苛立った。フィオレラとジョミーナはニヤニヤしてベルティナを見ている。ベルティナは嫌な予感がしてならない。


「話し合いの内容はクレメンティ様とわたくしとの婚約の日程について、ですのよ」


 ベルティナもセリナージェもあまりの驚きで何の反応もできなかった。


「まあ! ロゼリンダ様! おめでとうございます!」


「ステキですわぁ! お二人は誰が見てもお似合いですもの。羨ましいですわぁ」


 フィオレラとジョミーナが大袈裟に喜んでお祝いを紡ぐ。


「そんなこともありませんけど……」


 ロゼリンダが手を口元に当てて口角をあげた。目線は下にして照れているようだ。


「ロゼリンダ様はこの頃ピッツ語のレッスンを始められたそうですわね」


「まあ! お相手のお国のお言葉をすぐに学ばれるとは、ロゼリンダ様は淑女の鏡ですわねぇ!」


 2人の太鼓持ちはまだ続く。


「あちらへ嫁げば当然必要になりますもの。夫を支えるのは妻の役目ですわ」


「「まあ! ステキ!」」


 三人はさもクレメンティとロゼリンダが明日にでも結婚するかのように盛り上がっていた。

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