第21話 少女期

 ベルティナとクレメンティがセリナージェの部屋に行った後、エリオとイルミネの前にはお茶が出された。


「執事長。ベルティナが言うように執事長の爵位がベルティナより上であることが理由だと思うかい?」


 エリオは少し厳し目の視線を執事長へ向けた。それは『使う側』の者が持つ独特なものであった。


「僭越ながら意見を述べさせていただいても?」


「ああ。君の本当の意見を聞きたい」


「ベルティナ様がこちらにいらっしゃったのは十一歳の頃でございました。その頃のセリナージェ様はそれはもう大変なワガママぶりでございまして。侯爵家の末のお子様でありますのでわたくしどもも甘やかしてしまっていたのでございます」


「へぇ。今の様子ではそんな感じはしないけど」


 イルミネは肘をテーブルについて執事長の顔をジッと見た。


「ええ。それはベルティナ様のおかげでございます。何か大きなことがあったわけではないのです。ですが、日々の一つ一つがセリナージェ様を変えていかれたのです」


「どんなことがあったのかな?」


 エリオは幼い頃のベルティナとセリナージェにとても興味を持った。

 メイド長も執事長の隣に立って説明を始めた。


「ある日、セリナージェ様が庭のお花を毟ってしまいました。庭師もいつものことだと気にしないでおりました。しかし、ベルティナ様が庭師からハサミを借りてそれを小さな花束になさりました。セリナージェ様がベルティナ様に何をしているのかとお聞きになると『庭師が一生懸命に育ててくれたお花なのだから、一日でも長くキレイにいさせてあげたい』とおっしゃって花瓶にさしてセリナージェ様の勉強机に飾りました」


 メイド長はハンカチで目頭を抑えた。


「セリナージェ様は食べ物の好き嫌いが激しいお子様でございました。しかし、ベルティナ様が毎日のように『私たちのために作ってくれたお料理は美味しいわね』とおっしゃりながら召し上がるのでいつの間にかセリナージェ様の好き嫌いがなくなっておりました」


 執事長は昔を思い出して笑顔になった。セリナージェの好き嫌いには大変手を焼いていたのだろう。


「わたくしはまだメイドの一人でございましたが、ベルティナ様はシーツがいい匂いだと喜び、衣服がキレイだとお礼をおっしゃり、カーテンが変わったと季節を感じてくださり、よく眠れたのだと笑顔を向けてくださるのです」


 メイド長も後ろの少し年を重ねたメイドもなぜか涙を流していた。


「わたくしどもはベルティナ様をお守りしたいと、みな思っております。そして、セリナージェ様を甘やかすだけではいけないのだと教えてくださったのもベルティナ様でございます」


 執事長がそう言って頭を下げた。頭を下げたまま最後に言葉にした。


「爵位が問題なのではなく、ベルティナ様のお優しさそのものと存じます」


 いつの間にか集まった使用人たちが泣きながら頷いていた。


〰️ 


 エリオとイルミネはエリオの使っている客室へ移った。


「いやぁ、ベルティナは想像以上にいい子だったね」


「ああ。そうだな……」


 エリオは口では賛同しながら眉根を少しだけ寄せている。


「何? エリオ? 納得できないの?」


 イルミネが髪をかきあげながら少し首を傾げた。イルミネにはエリオが何を気にしているのか全くわからない。エリオがお気に入りのベルティナが本当にいい子でよかったではないかと手放しで喜ばないエリオのことを不思議に思っている。


「うーん、なんかちょっと気になるかな……」


「なんで? 想像以上ではあったけど、ベルティナのこと知ってるから俺はなんとなく納得できちゃったけど」 


「僕も彼らは嘘はついていないと思うよ。きっとベルティナは幼い頃からそういう娘なんだとも思う」


 エリオは両手を前で組んでそこは納得していると頷く。


「なら、何?」


「うーーん、わからない……」


 エリオは首を数回振って難しい顔をした。



〰️ 〰️ 〰️



 翌早朝に遠乗りに出掛けた五人は夕方少し前には別荘に着いた。

 別荘の使用人たちは大歓迎してくれた。セリナージェとベルティナも久しぶりだったのだ。


 さらに翌日早速湖に出掛けた。

 メイドたちが木に幕をかけて着替える場所を作ってくれる。


「レムたちが先にどうぞ」


 ベルティナに譲られて三人が幕中に入り着替えをする。着替えが終わりクレメンティが先頭で幕の外に出た。


 が、出てすぐにクレメンティが止まってしまい動かなくなった。


「レム! 邪魔だよ。動けってばっ!」


 エリオがクレメンティを押せば前が開けた。

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