第20話 尊敬
ベルティナはイルミネを恨めしげに少し睨んだ。
「もう! イルったらっ! レムをからかうつもりでセリナをいじめてどうするのよっ!」
ベルティナは自分もその会話を少し楽しんでいたことなど忘れている。
「ごめーん! だって、レムもエリオも鈍感過ぎるからさぁ」
クレメンティはセリナージェが出て行った方を心配そうに見ている。
ベルティナは、セリナージェの昼食を部屋に運んでくれるようにメイドにお願いした。そしてクレメンティへと向き直る。
「確かにイルの言うことも一理あるわね。レムにはもう少しセリナの気持ちを察してあげてほしいって思うことはあるわ。もちろんレムがちゃんとセリナのことを考えてくれているならば、だけど」
ベルティナはクレメンティの気持ちを察してはいるがはっきりと聞いたわけではないので強めに釘を刺した。
「ちゃんと考えているさっ! ぼ、僕だって! セリナがピッツ語を勉強してくれてるなんて……う、嬉しいよ……というか…幸せだなって……」
クレメンティは真っ赤になって俯いた。
「それなら食事が済んだら部屋へ顔を出してあげてちょうだいな。レムからセリナがピッツ語を覚えてくれることが嬉しいって伝えてくれればセリナはきっともっと頑張れるわ」
「ああ! わかった!」
クレメンティは笑顔になり食べることを急ぎ始めた。
「それにしてもベルティナはメイドたちに随分と丁寧に話をするんだね」
そんなことを意識したことがないベルティナはエリオの突然の指摘に面食らった。
「うん。俺もそれは思ったよ」
イルミネもすぐにエリオに賛同した。
「それはそうよ。みなさんはこの州の子爵家か男爵家の方が多いのよ。執事長は筆頭子爵家様だわ。私みたいな末端男爵家の小娘には頭が上がらない人たちなのよ」
ベルティナは言葉を選びながらも自分の考えをしっかりと話した。
「侯爵様がそう言っているの?」
エリオは訝しんだ。
「まさかっ!」
ベルティナは両手をブンブンと振った。エリオたちには侯爵家の人々への不信感や嫌悪感をもたれたくなかった。
「侯爵様は本当に家族のように扱ってくださるわ。奥様も、お兄様も、お姉様たちもよ。私とセリナを同じように扱ってくださるの」
ベルティナは自分で口にして自分の言葉で心が暖かくなった。侯爵家の家族や使用人たちの愛を思い浮かべた。
「うん。俺たちからみてもメイドたちにもそういう雰囲気はあったよ。ベルティナも叔父様叔母様って呼んでいたよね」
他人行儀であったり爵位の上下をはっきりさせるのなら『侯爵様』『奥様』と呼ぶべきだ。
「うーん。私の気持ちや立場を説明するって難しいわ。遠慮しているわけではないの。
そうね。侯爵様ご一家はもちろん、使用人のみなさんの事も尊敬している……そうそれが一番しっくりくるわね。尊敬しているのよ」
「へぇ。例えば?」
エリオが前のめりに聞く体制になった。
「こうして私が四人と食事をすることも自然に受け入れてくれるのよ。それにセリナの体調だけでなく私の体調にもすぐに気がついてくれるし。
小さな頃にはセリナも私もよく注意されたわ。それができるってことはご本人もとてもちゃんとしてらっしゃるってことなのよ。セリナなんて本物の侯爵令嬢なんだから。
そのセリナに対してもメイドであってもしっかりと注意ができるの。
いつも見ていてくれるからだわって感じるわ」
「まあまあ! わたくしどもをその様にお考えくださっていたなんて嬉しいですわ」
「メイド長! いつからそこに?」
ベルティナはびっくりしてから頬を染めた。褒めている言葉を本人に聞かれているというのは恥ずかしものだ。
「ずっとおりましたよ。それがお仕事でございますから。ほほほ」
「あ、あのですね。いつも感謝してるってお話です。本当にありがとうございます」
ベルティナは真っ赤になりながらメイド長に頭を下げた。
「そう言っていただけるのはとても嬉しいのですが、ベルティナ様にはもう少しわたくしどもに甘えていただきたいものです」
さらに横から落ち着いた声が響いた。
「執事長もいたの? もしかしていつもこうやって見守ってくれているの?」
「はて? わたくしどもはずっとこちらにいましたよ。ホォッホォッホォッ」
ベルティナは執事長の落ち着き払った笑いに降参した。
「私が思っているよりももっともっと大切にされているのね。ありがとうございます」
「ベルティナ様がわたくしどもをお優しく気にしてくださるから気持ちよく働けるのでございますよ。
ですが、それも嬉しいのでございますが、みなさんにリラックスしていただくのもわたくしどもの仕事でございます。ですのでベルティナ様にはもっとお気を抜いていただきたいと思っている者は多いのですよ」
メイド長の視線はとっても優しい。
「わ、わかりましたからお願いです。執事長もメイド長ももういじめないで」
ベルティナが耳まで赤くして顔を両手で隠してしまった。執事長とメイド長そして後ろに控えていたメイドたちも小さな声で笑って優しい瞳でベルティナを見ていた。
エリオはメイドたちにそうやって見守られるベルティナが日々使用人たちにどのように接してきていたかを考えるととても心が暖かくなった。
クレメンティが挨拶をして食堂を出て行った。ベルティナも『心配だから』とクレメンティの後を追った。
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