第19話 他国語

 三人が水着を買って帰ってきた。


【おかえりなさい】


 セリナージェがピッツ語―ピッツォーネ王国の言葉―で出迎えた。


「ははは! あーびっくりした。家を間違えたかと思ったよ」


 クレメンティが少し驚いた後大袈裟にセリナージェを褒めた。クレメンティの反応にセリナージェは赤くなって恥ずかしくて俯く。セリナージェが俯いたことに慌てているクレメンティだがここは侯爵邸でありセリナージェ側のメイドや執事の前でセリナージェに気安く触るわけにもいかずアワアワとしていた。それをイルミネがお腹を抱えて笑っている。


 ベルティナはそんな和やかな様子を微笑んで見ていた。そこへエリオが近づいてくる。


「あれで発音は合っているの?」


 ベルティナはエリオに確認する。


「ああ! バッチリさっ!」


 そして二人も挨拶をした。


【おかえりなさい】


【ただいま】


 ベルティナとエリオがピッツ語で話し始めたのでセリナージェたちもそちらへ向いた。


【お腹がすいたよぉ】


「え? イルは、何て言ったの?」


 セリナージェは興味津々で学ぶ気概に溢れていた。


「お腹がなんとかって」


 セリナージェの問にベルティナが首を傾げながら記憶をたどる。


「お、ベルティナ、おしぃね。『腹減った』だってさ」


 エリオの通訳にみんなが笑った。


「イル。もう一度」


【お腹がすいたよぉ】


【【お腹がすいたよぉ】】


 イルミネの発音をベルティナとセリナージェが真似をする。


「二人とも上手だよ。本当にお腹がペコペコみたいだ」


 みんなで笑った。


「もうランチの用意はできてるわよ」


 セリナージェが食堂室の方を向いた。


「じゃあ、このまま昼食にしよう!」


 イルミネが我先に食堂へと向かった。四人は急ぐイルミネを笑いながら後ろをついていった。


 五人は食堂でランチを始めればいつものように会話が弾む。


「それにしてもピッツ語を話せるなんて思わなかったよ」


「まだまだ話せるってほどじゃないのよ。練習中なの」


 クレメンティが驚いてくれたのてセリナージェはちょっと嬉しかった。セリナージェはクレメンティをびっくりさせたくてベルティナと練習していたのだから。


「そうなの。だから素晴らしいお手本がこんなにいるんだから今のうちにお勉強した方がいいかなって思って

ね? セリナ!」


 ベルティナもセリナージェのフォローをした。照れてしまうセリナージェのために勉強していることが自然だと伝える。 


「え? ええ、そうなの。三人から教えてもらえると嬉しいわ」


 セリナージェはチラリとクレメンティを見た。クレメンティはちょうど料理を口に運ぼうとしてセリナージェの視線には気が付かなかった。


「なるほどね。二人ともすごいなぁ」


 エリオが感心した。


「三人はピッツ語もスピラ語―スピラリニ王国の言葉―も喋れるじゃない。そちらの方がすごいわ」


 ベルティナはすでにマスターしている三人に心から感心していた。


「僕たちは、こちらに留学する予定があったからね。二人は大陸共通語は?」


「ええ、難しい言葉でなければ喋れるわよ」


 クレメンティの質問にセリナージェが誇らしげに答えた。いくら侯爵令嬢でも成人前の女性が大陸共通語を話せることは珍しい。

 ベルティナは語学が好きであったので何のためというわけでもなく勉強していた。セリナージェはそんなベルティナを見ていて興味が湧いて勉強していた。


「大陸共通語が喋れるなんて女性ならそれだけでもすごいじゃないか。それなら、語学の問題ないだろう?」


 クレメンティは普通の男性が普通に持つだろう疑問を女性二人に聞いた。答えたのは女性二人ではなく少し渋顔になったイルミネだった。


「はぁ〜……。レムはもう少し女心を勉強しような」


 肩を落としたイルミネにクレメンティはとてもびっくりしてまわりの顔をキョロキョロと見ている。


「え? なんで?」


 エリオもわからないようで目を見開いた。女性二人は苦笑いだ。



「エリオ。お前もなのか? はぁ〜。

ねぇ、セリナ。見た目に騙されてない?」


 イルミネは顔をあげてエリオに訝しんだ顔をする。しかし、セリナージェには優しい表情だった。


「ふふふ。そういう時期は越えたと思うわよ」


 ベルティナの答えにセリナージェが赤くなって俯いた。


「そう、ならよかったよ」


 イルミネが小さくため息をつく。


「あのさ。なんか取り残されてるよ。僕とエリオ……」


 イルミネとベルティナの暗号のような会話にクレメンティはベルティナとイルミネの顔を交互に見ながら眉を寄せ、エリオもクレメンティに賛同するように頷く。


 イルミネがエリオとクレメンティの様子を見てため息をついた。


「あのなぁ……。じゃあさ、大陸共通語を喋れる平民はどれくらいいる?

ギリギリ喋れるかもしれないのは王城勤めの者くらいのもんだろうね。あとは裕福な商人かな」


「そうだろうなぁ」


 クレメンティが頷き、エリオも頭を上下に二回振った。


「なら、領民と話したければどうしたらいいのかな?」


 イルミネの口調は珍しく二人にちょっと厳しめだ。それでも問題形式にするところが陽気なイルミネらしいとベルティナは小さく笑った。


「なるほど! ピッツ語を話せた方がいいな」


 エリオも一生懸命考えている。


「じゃあ、セリナが領民と話したくなるのはセリナがどんな立場になった時かな?」


 『カタン!』


 セリナージェが急に立ち上がった。


「ごめんなさい! 私、お腹いっぱいだわ! ちょっと先に部屋に戻るわね」


 セリナージェは顔を真っ赤にしたままパタパタと急ぎ足で食堂をあとにした。

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