第18話 忘れ物

 結局それぞれのお気に入りを五人とも買った。今日は全員で同じ左胸につけている。


「ふふ、本当にチームみたいね」


 セリナージェはピンブローチを撫でていた。


「じゃあ、チームで明日は何をする?」


 エリオが茶目っ気たっぷりに聞いてきた。こんなにテンションの高いエリオも珍しい。


「遠乗りに行きましょうよ!」


 ベルティナはセリナージェの方を向いた。セリナージェが大きく頷いた。


「遠乗り? セリナは馬に乗れるの?」


 クレメンティは今日は驚きの連続のようだ。


「ええ! 自分の馬を持ってるわよ。もちろんベルティナも」


「「ねぇ! アハハ!」」


 二人で目を合わせて同じ角度に頭を傾けていた。あまりのピッタリに本人たちが笑ってしまった。


「ハーハッハッ! 二人は規格外でいいねぇ! すごく面白いよ」


「ああ、いつまでも一緒にいたくなるな……」


「え、あ、うん……。そうだな……。ずっと、一緒にいたいな」


 エリオとクレメンティの声ははしゃぐセリナージェとベルティナには聞こえていなかった。


「それなら北の別荘がいいわ! 朝早く出れば夕方前には着くわ」


「湖がいいかしら?」


「そうねこんなに暑いんだもの少しは泳ぎたいわ。そうしましょう!」


 二人を眩しそうに見ていたエリオとクレメンティには『泳ぐ』という言葉が耳に入らなかったようだ。『ギョッ』としていたのはイルミネだけだった。


〰️ 〰️ 〰️


 屋敷に戻り遠乗りの予定を決めていく。護衛が馬車で荷物を運んでくれることになり身軽な乗馬を楽しめそうだ。


「あのさ。一日だけ予定を伸ばせるかな?

俺、忘れ物しちゃってさ。明日三人でシャツを買いに行きたいんだ」


 イルミネが両手を合わせて『ごめん、お願い』としていた。


「まあ! お買い物は誰かに頼んでもいいのよ?」


 セリナージェは誰かに頼めないかと使用人たちの顔を思い浮かべていた。


「いや、シャツは自分で肌触りとか確認したいんだよね」


「イルってそんなに繊細か?」


 イルミネがエリオを睨む。普段イルミネに睨まれることなどないので『何か意図がありそうだ』と考えたエリオとクレメンティはそれ以上は言葉を控えた。


「いいんじゃない。セリナ。あのお勉強の続きをしましょうよ」


「っ! そうね! それはいいわね! そうだわ、馬車を出してもらいましょうか?」


「いや、今日店の目星はつけたから大丈夫。歩いて行けるよ」


 急遽、翌日は別行動となった。


〰️ 〰️ 〰️



「じゃあお昼には戻るから昼食は一緒にしよう」


 珍しくイルミネが三人の行動を決めているようだ。


「わかったわ」


「「いってらっしゃい」」


〰️ 


 屋敷から離れた辺りでイルミネが二人に話を切り出す。


「ねぇ、もしかして、二人とも遠乗りのこと聞いてなかったの?」


「は? ちゃんと聞いていたぞ。セリナもベルティナも自分の馬を持っているんだろう? 荷物も大方まとめたし」


「ああ、僕もだよ」


 エリオにもクレメンティと同様の内容しか頭に入っていないらしい。


「あっちで何をするか聞いてる?」


「そんな話していたか?」


 クレメンティがエリオに首を横に振る。


「はあ〜、やっぱりな。あのさぁ、二人は水着は持ってきたの?」


「いや、この辺りに水辺はないと聞いてるよ」


 エリオはもちろん場所について調べていた。


「それが別荘の近くには湖があるんだって」


「「え!?」」


「それも二人は泳ぐつもりでいるよ」


「お、泳ぐって、つ、つまり……」


 エリオが頬を染めた。


「なっ!!!」


 クレメンティは立ち止まってしまった。数歩歩いた二人はクレメンティのところまで戻ってきた。


 クレメンティには姉がいるが姉と水泳を楽しんだことがない。

 エリオには女兄弟はいるし水泳もやるが、まだ妹は十歳だ。

 イルミネには女兄弟はいないが……、問題ないらしい。


「ね! 先に覚悟しておかないと暴走するか固まるか……。どちらにしてもおかしなことになるだろう?」


「ああ、そ、そうだな。イル。いい判断だ」


 エリオがコクコクと頷いてイルミネの肩を叩いた。

 イルミネがクレメンティを押して再び歩き始める。しばらく歩けば洋品店の並ぶ通りになった。


「ほら、右を軽い感じで見て。凝視するなよっ!」


 エリオとクレメンティがイルミネに言われた通りに右をチラリと見れば婦人服店のガラスのショーウィンドウにはマネキンが流行りの水着を着ていた。

 クレメンティがよろめきエリオはクレメンティを支えるようにしてショーウィンドウをまじまじと見て動きを止めている。


「凝視するなって言っているのに。

おいおいマネキンでそれかよ。明日からが思いやられるよ」


 イルミネは片手で顔を隠して天を仰いだ。

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