第12話 展望の丘
丘の下に着くと、先に降りたエリオはベルティナをエスコートして馬車から降ろす。ベルティナの手を引いてパッと入口から離れるとイルミネとクレメンティが降りた。クレメンティは空かさず振り返りセリナージェにエスコートの手を伸ばす。
「あ……ありがとう……」
お互いに完全に意識しているような素振りなのでまたしてもイルミネがからかおうとするが直前でエリオに袖を引かれ笑顔で肩をすくめて下がった。
「わあ! ステキ!」
セリナージェが歓喜の声を上げた。
「こんなに遠くからでもわかるなんて凄いわね」
馬車を降りると見上げただけで木の大きさがわかる。
馬で同行してくれた護衛たちが籠を持ってくれたので五人はそれぞれ丘を登り始めるた。
登り始めるとまずセリナージェがツラそうにした。それにすぐに気がついたクレメンティが手を差し出す。先程のことがありセリナージェは少し恥ずかしそうだったがしばし悩んでその手をとった。クレメンティがセリナージェに合わせてペースを落とす。
それを見た三人は少しだけペースをあげて二人から離れた。
それが災いしたのかベルティナも息が上がってしまった。ベルティナにはエリオが手を差し出した。
「ありがとう」
ベルティナは躊躇しないで手をとった。
「こんなことは予想していなかったわ」
「ん?」
優しく聞き返すエリオ。
「登り道がこんなにツラいことを予想していなかったの。もう少し早く来ればゆっくり歩けたわね」
「まだ昼も過ぎていないんだ。ゆっくりでも大丈夫だよ」
「そうね。手を引いてもらえるだけでも随分と楽になるわ。ありがとう、エリオ」
足元が不安なベルティナは下を向いている。
「僕はとてもラッキーだ」
エリオは前を向いたまま呟いた。
「え? 何? エリオ? 聞こえなかったわ」
「いつでも頼ってね。ベルティナ」
今度は振り向いて言った。エリオの声に上を向いたベルティナに向けられたエリオの笑顔はとても優しいものだった。
『ドキリ』
エリオの美形笑顔にベルティナは少しだけ戸惑いと感じたことがない動悸を覚えた。
「エリオ……。うん、ありがとう」
ベルティナは自分が『ドキリ』としたことを無視して笑顔で答えた。
〰️
丘の上に着いた頃にはベルティナは膝に手を置いてしまうくらいヘトヘトだった。
「ベルティナ。振り向いてごらん」
ベルティナが肩で息をしたまま振り向くとそこには王都が本当に一望できた。真ん中にそびえる真っ白なお城、そこから広がる町並み。西の端は見えなくてこの町がどこまでも続いているかのようであった。
ベルティナは息を一つ飲み込みそれから両手を広げて深呼吸する。この国の栄華をとても誇らしく思うことができた。
「すごいわぁ! はぁ! 気持ちいい!」
ベルティナは珍しく大きな声を出した。
「うん、キレイだね」
エリオはそれを優しい目で見つめていた。
「うん。ピッツォーネ王国王都にも勝るとも劣らない。すごい景色だ」
イルミネもふざけることなく感動していた。
しばらく三人はその景色に見惚れていた。それからゆっくりと登ってきたクレメンティとセリナージェが到着して今度は五人で景色を堪能した。
〰️
丘の上には何組かのカップルやグループがすでにいた。一つの籠から大きなシートを二枚だす。空いているスペースに三十メートルほど離して二枚を敷いた。
「エリオ。この籠を一つ持ってもらえる?」
「いいよ」
エリオはベルティナについていった。離れて敷いた方のシートだった。
「これ、みなさんの分です。ゆっくりなさってください」
ベルティナの言葉に護衛の三人は立ち上がってお礼を述べた。
「ベルティナ様。ありがとうございます。お嬢様にもよろしくお伝えください」
「料理人から聞いてます! ありがとうございます!」
護衛たちの言葉にベルティナは笑顔を返した。
「あ、あとさっきの話は叔父様と叔母様には秘密でお願いしますね。本人の気持ちがフワフワなのにまわりに何か言われると意固地になっちゃうんで」
ベルティナはセリナージェがクレメンティと手を繋いで丘を登ったことを侯爵夫妻が聞いたらセリナージェに何も聞かないわけにはいかないだろうと思った。恋愛に慣れていないセリナージェが何も自覚しないうちにいろいろと聞かれたら恥ずかしがってしまうだろう。そしてクレメンティを避けるようになってしまうかもしれない。
ベルティナは人差し指を口に当ててにっこりとした。エリオは横顔を見ていただけなのにドキリとして、その後その可愛らしく顔が自分に向けられたものでないことに少し拗ねた。
『ペチリ』
エリオは小さな嫉妬心を振り払うように自分の頬を軽くと叩いた。
そんな様子のエリオには気が付かずベルティナと護衛たちの会話は進んでいく。
「ハハハ! さすが、ベルティナ様はお嬢様をよくご存知だ。
畏まりました。先程は五人でそれぞれ登ったことにいたしましょう」
他の護衛たちもわかったと頷く。しかしベルティナは違うことを考え出していた。
『五人それぞれ』という言葉にベルティナは自分もエリオと手を繋いだことを思いだし顔を赤くした。
「では、ゆっくりしてください」
それを誤魔化すように急いでその場を離れた。エリオが追ってきて隣に並んだ。
「あれは護衛たちのランチだったのか。僕たちは気が利かないな」
エリオが苦笑いする。ベルティナは赤くした顔を隠すように両手を頬に当てていた。その手のままエリオと目を合わせた。エリオは苦笑いも美しい。でも、ベルティナはエリオには本当の笑顔になってほしいと思った。自分に気合を入れて頬から手を離す。
「それは女の領分でしょう。気にしないで楽しんでくれた方が嬉しいわ。ね」
ベルティナがエリオを見て確認する。
「ふふふ、そうか。そうさせてもらうよ」
嬉しそうなエリオにベルティナは再び頬が熱くなるのを感じ急いで前を向いた。
エリオとベルティナが三人のところへ戻る頃には、ベルティナの頬の熱さも引いていた。セリナージェたちが待っている。こちらはすでにランチの用意が済んでおり、二人は空いている場所に並んで座る。
「どうぞ、召し上がって」
セリナージェが両手を広げて三人にすすめた。
「よしっ! いただこう!」
エリオの言葉で二人も挨拶して三人は食べ始めた。
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