第9話 茂みの広場
ベルティナは廊下の角を曲がると歩いたまま大きなため息をつく。
「はぁ!」
「ベルティナ!」
突然後ろから声がかけられた。後ろから追いかけてきたのはエリオだった。ベルティナは少し歩調を緩めた。追いついたエリオはベルティナの隣に並んで歩く。
「もう! びっくりしたわ」
ベルティナはエリオにわざと笑ってみせた。きっと先程のことを見ていたのだろうと予想できたからだ。
「あ! ごめんごめん」
エリオがいつものように頭をかいていた。ベルティナはエリオのそのくせが親しみを持てて好きだった。
「なんか……さ。僕たちが迷惑かけてるね。ごめん」
エリオは歩きながら小さく頭を下げた。ベルティナは一応考えてみたが、エリオたちを悪いと思うことはできなかった。
「…………。別に……そんなことないわ」
「あのさ。さっきのベルティナかっこよかったよ」
エリオは頭をかきながらベルティナを褒める。
ベルティナは頬が赤くなるのを感じた。クレメンティには何も思うところはない。が、女同士の言い合いというやなことを聞かれてしまった恥ずかしさと褒めてもらった恥ずかしさで頬はどんどん赤くなった。
「助けようと思って近くに潜んでいたんだけどさ。無用だったね」
エリオが照れ笑いをしていた。ベルティナはエリオが自分を助けてくれようとしていたことに驚いた。
「そんなっ! あなたたちはまだ学園にも慣れていないのに……。本当に気にしないで。
それより、貴方も私と一緒にいない方がいいかもしれないわよ」
エリオのその照れ笑いが美形であったのでベルティナは心配になった。
「僕は子爵家三男だからね。誰も相手にしないさ」
「そんなことないわ。あなたのまっすぐなところとかちゃんと知れば、ステキな男性だってわかるわよ。それにエリオはかっこいいと思うわよ」
「え?!」
エリオが真っ赤になった。それを見てベルティナも自分の失言に気がついた。
「い、一般論だから」
ベルティナも赤くなる。少し歩調を早めた。でも、エリオはすぐに追いつく。
「そ、そうか。
でもね、ベルティナ。レムはダメだよ。絶対に……」
エリオは急に口調が厳しくなった。ベルティナはとても不思議に思った。
「え? ええ、わかっているわよ。自分の立場はよぉーくね。心配しないで」
ベルティナは男爵家であることを言われたのだと思った。
「そういう意味ではないんだけどな。でも、レムを男として見ないでくれるならそれでもいいや」
「え? どういうこと?」
エリオの答えを聞く前に教室についてしまい、それ以上は聞けなかった。
次週の王立公園における教会主催の花壇作りのボランティアには、多くの令嬢が参加していた。壁に耳ありドアに目あり。誰かがベルティナたちの話を聞いていたのだろう。
〰️ 〰️ 〰️
三人が留学してきてから、三週間。
初日以外はロゼリンダたちがクレメンティたちと昼食を食べている。
ある日の昼休み。ベルティナとセリナージェはいつもの場所でランチボックスを開けていた。見つかりにくいこの場所の前の茂みが大きく揺れた。『ドキッ』とした二人の前に現れたのは、なんとイルミネだった。
「うわっ! びっくりしたぁ! こんなところに人がいるなんてっ!
って、セリナとベルティナじゃないか!」
「イル。こんなところにきて、どうしたの?」
「いい逃げ場所を探し中。ねぇ。ここ、なかなかいいね。俺たちも混ぜてよ」
ベルティナとセリナージェは顔を合わせて小さく頷いた。
「それは構わないわよ」
セリナージェが了承した。
「わぉ! サンキュー!」
イルミネはベルティナの隣の芝生に座りこんだ。
「うん! 気持ちいいなぁ」
「じゃあ、三人の分のランチボックスも用意しておくから、三人はここが見つからないように気を配りながら来てね」
ベルティナが小さな決め事をしていく。
「五人分も持てるの?」
「籠を持っていけば済むことだわ」
「ありがとう! 本当に助かるよ。彼女たちがしつこくて。それに、俺にはあのランチが楽しいと思えないし。かと言って、食堂室では彼女たちから離れられないんだよねぇ」
「それは、そうでしょうねぇ。レムは優良なお相手らしいですからねぇ」
セリナージェの棘のある言い方にベルティナが慌ててしまった。あれから数日経つがベルティナもエリオも教室では話題に出さなかった。
「セリナったら。レムが悪いわけじゃないんだから」
「エリオから聞いたよ。ベルティナ。ごめんね」
「だから、あなたたちが気にすることじゃないわ。女同士のちょっとした……あれよ……。
こういうことをうまく説明する勉強はしてないわ」
ベルティナは両手を腰の脇で広げておどけて困ったポーズをした。ベルティナの冗談にセリナージェとイルミネは大笑いした。ベルティナはこの場にクレメンティがいなかったことにホッとしていた。今のセリナージェの勢いなら、クレメンティの前でも嫌味を言ってしまいそうだと思えた。
翌日の昼休みを約束してその場は別れて教室へ戻った。ベルティナはなぜか少しウキウキしている自分に気がついたがすぐに否定して午後の授業に気合を入れた。
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