第8話 追跡
昼休みになった。ベルティナとセリナージェは教室をとっとと抜け出し学生食堂でいつものランチボックスを買うと晴れの日にいつも向かう木々の間のちょっとした木陰に行った。そこで芝生の上にシートを敷いて並んで座って昼食を始める。一年生のときからの習慣だ。ここの学生食堂のランチボックスは週替わりになっており飽きることはほぼない。
二人での食事は気兼ねなくおしゃべりも弾みいつも楽しい。
「ロゼリンダ様たち、また何か言ってくるかもしれないわね」
二年間ロゼリンダ達とは何のトラブルもなくやってきた。だが、セリナージェはベルティナに対するフィオリアとジョミーナの視線はずっと気になっていたのだ。
「そのときには侯爵令嬢に戻ってよ。ふふふ」
「さっきも完璧だったでしょう?」
「「…………」」
二人は目を合わせた。ベルティナは何度も目をしばたかせており、ベルティナのそんな姿にセリナージェが吹き出した。
「プッハハハ。ベルティナったらっ! そんな顔しないでよ。それにしても急だとできないものねぇ」
セリナージェはご令嬢三人への言葉が全く侯爵令嬢らしくなかったことを笑っていた。ベルティナも笑ってしまった。
「普段から使うようにしたら? ちゃんとやればできるんだから」
ベルティナはセリナージェが急拵えのご令嬢でなく、ちょっとした習慣のせいだとわかっている。
「嫌よ。面倒くさいわ。学園を卒業したらそれが主になるのよ。学園にいるときくらいは肩の力を抜きたいわ」
「ふふふ。呆れちゃうわ」
セリナージェはやっぱりいつものセリナージェで面倒くさがりでマイペースなのだ。
ベルティナは言っても無駄だと思って、笑ってしまうことにした。
〰️ 〰️ 〰️
数日後、ベルティナはレストルームからの帰りの廊下でフィオレラとジョミーナに捕まった。恐らくベルティナを追跡してきたのだろう。
「ベルティナ様。ちょっとよろしいかしら?」
伯爵令嬢のフィオリアに声をかけられてもベルティナは慌てなかった。しかし、扇で隠した口元はニヤけているのだろうと予想ができたベルティナは返事をするのも嫌だと思った。
「嫌だって言ってもいいんですか?」
嫌でも無視はできない。
「あなたねぇ!」
ベルティナが反抗するとは思っていなかったようでジョミーナが目を釣り上げて怒る。それはそれは淑女らしかぬ大きな声で。
「ジョミーナ様。落ち着いてくださいませ。ベルティナ様の作戦ですわよ」
フィオレラがジョミーナを笑顔で諭す。二人はお互いにそういうポジションのようだ。
ベルティナはそもそもセリナージェ侯爵令嬢がいないところを狙うこの伯爵令嬢たちのことが気にいらない。
「で? なんでしょうか?」
ベルティナはわざと面倒くさそうに聞いた。
「クレメンティ様たちとどちらでお知り合いになりましたの?」
思いの外ストレートな質問にびっくりしたが想定内な質問ではあった。
一応、怪訝な顔をして釘を刺す。
「はぁ? それ、フィオリア様に関係ありますか?」
またしてもジョミーナが身を乗り出しフィオレラが止めた。ベルティナは気が付かなかった体で話を続けた。
「まあ、いいですけど……。
王立公園ですよ。花壇のボランティアにセリナージェ様と行ったときに知り合いました」
これは五人で決めた嘘だった。五人で花壇のボランティアに行ったのは本当なのだ。
「いつですの?」
「春休みですよ。まさかその時は留学生だとは知らなかったですけどね」
ほとんど真実なのでベルティナの顔も心も態度も至って冷静だ。
「本当は知っていて関係を築きたかったのではないのですか?」
ジョミーナがありえない話をねじ込んできた。
「他国からの留学生の情報が私達に入るわけないじゃないですか? 旅行者だと思って話をしただけですよ」
ベルティナは二人の顔を訝しだ目で交互に見た。
「では、クレメンティ様とのご縁は望んでおりませんのね?」
フィオリアが辻褄の合わない結論を出してきたが、これが言いたかった本音なのだろう。優秀なベルティナは、そういう論破できていないのに本人の希望を押し付ける態度が気にならなかった。
「はい? そうは申しておりませんが?」
「まあ! 図々しい! 男爵令嬢ごときが公爵子息様を狙っているとおっしゃるの?」
『男爵令嬢ごとき……ねぇ……』
ジョミーナからもやっと本音が漏れたことにベルティナはここぞとばかりに追い打ちをかけることにした。
「今まではその気はありませんが……。うふふ。そうですかぁ! なるほどぉ!
お二人に言われて気が付きました。
確かに、クレメンティ様はお優しい上に公爵子息様! それもご長男! 嫡子様!
その気になるべきお相手のようですね。
教えていただいてありがとうございました。失礼します」
ベルティナはにっこりと笑って軽く頭を下げフィオレラとジョミーナを残したままさっさと立ち去った。
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