第6話 留学生

 ランレーリオが席に着くと同時に先生が入ってきた。その後には見目麗しい三人の男の子がついていた。彼らはなんとベルティナとセリナージェが春休みを一緒に過ごしたあの三人だった。ベルティナもセリナージェも開いた口が塞がらない。イルミネがそれを見て笑っている。


 先生が三人は隣国ピッツォーネ王国からの留学生だと紹介した。

 三人はそれぞれ、クレメンティ・ガットゥーゾ公爵令息、イルミネ・マーディア伯爵令息、エリオ・パッセラ子爵令息だと名乗った。


 三人の席を決めることになった。


「先生。実は、セリナ嬢とベルティナ嬢とは顔見知りなのです。知り合いですといろいろと聞きやすいのですが、彼女たちの近くの席は無理でしょうか?」


 クレメンティの発言に先生はすぐに了承しベルティナたちの前の席が空けられた。その席に今までいた男子生徒たちは一番後ろの席になった。


「ほらっ! 会えただろう!」


 エリオがイルミネに鼻高々に自慢した。エリオはとても嬉しそうに笑った。その笑顔にクラスの女子生徒が胸を抑えて凝視した。


「エリオの勘には負けました」


 イルミネが真面目な顔をして頭を下げたことにクレメンティが笑って見ていた。その和やかなやり取りにクラス中が注目していることは三人はわかってはいるがわからないふりをしている。


 わかっているが反応できないだけの二人もここにいる。ベルティナとセリナージェはまだ口が塞がらないでいた。

 先生の声かけで三人は着席し二人の戸惑いと驚きは置き去りで授業が始まった。



〰️ 


 休み時間、まだクラスの他の生徒たちは三人を遠回しに見ていて積極的に近寄ってくる気配はない。


 壁から二列目のベルティナの前の席のクレメンティが座ったまま振り向く。


「まさか同じクラスとまでは予想していなかったよ。もちろん、嬉しい誤算だよ!」


「そうなの?」


 クレメンティの笑顔にセリナージェも笑顔で返した。壁から一列目のセリナージェの前の席のエリオも後ろを向いている。


「そうだね。会えるだろうなとは思っていたけどね」


 エリオは再びイルミネに自慢気な顔をした。ベルティナはその無邪気な様子に笑顔になった。

 クレメンティとエリオの机の間にイルミネが立つ。


「二人ともすごい顔だったよ」


 イルミネはまた笑い出した。イルミネが笑い上戸なことはベルティナもセリナージェもこの春休みでよくわかっているのでバカにされているとは思っていない。


「だってっ! こんなことってある?」


 セリナージェは少し釣り上がっているクリクリな瞳をさらに見開いて詰問した。

 セリナージェのびっくり眼が可愛らしくてクレメンティは頬を緩めるとクレメンティを見たイルミネがニヤニヤする。それを呆れて見たエリオが机に置かれているイルミネの手を『パチリ』と軽く叩くとイルミネが悪いとは思っていない照れたような笑いをする。


 ベルティナはクレメンティの熱い視線には気がついていないが、何かしらイルミネが悪戯のようなことをしてエリオが注意したのだと理解している。これも春休みの時からのお決まりのパターンの一つであるのだ。イルミネは結構悪戯好きで子供っぽいことがある。


「貴方たちが平民でないことはわかっていたわ。でも、旅行者だって思っていたのよ。本当にびっくりだわ。はぁ」


 ベルティナは小さなため息を思わずついた。


 五人は改めて自己紹介し合う。

 クレメンティは公爵家長男、イルミネは伯爵家次男、エリオは子爵家三男とクラスに入って来たときの身分を言う。

 セリナージェも『セリナ』ではないことと侯爵令嬢であることを伝えたし、ベルティナも男爵令嬢であることを伝えた。

 お互いに貴族であることは暗黙の了解だったので特に戸惑いもなく受け入れる。


 三人は揃いも揃って美男子であった。噂が噂を呼び、休み時間になるたびに観客が増えていった。そして三人は昼休みには女の子たちにグルっと囲まれている。


 ベルティナとセリナージェはしかたなく間に入ることにした。


「ごめんね。今日は学生食堂に案内するように先生から指示されてるの。通してもらってもいいかしら?」


 ベルティナは女の子たちに多少睨まれても気にせず正当に聞こえそうな言い訳をして三人を連れ出すことにした。


 その言葉にイルミネが即座に反応してくれて壁になり盾になりしてくれる。なんとか五人は廊下に出たが歩く道すがらも注目されている。それでも五人であることにエリオたちは安堵した。


「ベルティナ嬢。セリナージェ嬢。助かったよ」


 エリオが頭を軽く下げて丁寧に礼を言う。


「ホントに助かったっ! 昼飯抜きかと思っちゃった」


 イルミネはいつものように陽気な雰囲気だ。


「君たちは大丈夫なのか?」


 心配性のクレメンティは目だけでキョロキョロしてまわりの様子をうかがっていた。


「先生のせいにしたから大丈夫でしょう?」


 クレメンティの心配に軽く答えたセリナージェがキュッっと唇を尖らせた。


「それより、エリオ。セリナージェ嬢はやめてよ。今更だわっ!」


 エリオがセリナージェに驚いた顔をするのを見たセリナージェはエリオがわかっていないのだと思い言葉を続けた。


「それともわたくしに侯爵令嬢言葉にしていただきたいということかしら?」


 セリナージェはどうやらエリオの口調が気に入らなかったようだ。少し鼻を上げて『侯爵令嬢言葉』を使うのだが高慢に見せてるにしては可愛らしい。

 クレメンティが頬を染めるが女子二人は気が付かない。


「プッハハハっ! セリナっ! 侯爵令嬢言葉もうまいもんじゃないか。でも、確かに今更だよね」


 イルミネの明るいノリに場も明るくなる。


「セリナがいいと言うならそれでいいんじゃないか?」


 男子三人の中で一番高位だというクレメンティが許可したことで、春休みのまま愛称や敬称なしで呼びあうことになった。

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