第3話 迷子

 春休みのある日、二人は町娘の格好をして市井に遊びに行った。町娘にしてはかなり姿形は美しく、手入れも髪の先まで行き届いており、貴族子女のお忍びであることはバレてしまっている。そのため、後ろには付かず離れず護衛がいる。


 学園のある王都ではこのようなことは少なくない。町の人達はそれを踏まえて貴族子女たちと接しているのだ。貴族子女たちは平民より財布の紐はゆるいので、町に並ぶの商店主たちは喜んで受け入れている。なので明るい大通りにいるならほぼ問題なく自由に動ける。トラブルにならなければ、護衛たちは話しかけてこない。


 二人がブラブラと噴水前に行くと、泣いている五歳くらいの女の子とそれを困った顔であやしている男の子がいた。男の子の方はベルティナたちと同い年くらいだ。男の子は女の子の前にしゃがんで一生懸命に声をかけていた。女の子はいかにも平民であるが、男の子は貴族子息と思われる。


 ベルティナとセリナージェはアイコンタクトで頷き、それを手助けに入ることにした。

 二人は基本的に親切で面倒見が良い。


「どうかしましたか?」 


 ベルティナは男の子に近づきながら声をかけた。振り向いた男の子はとてもキレイな顔をしていて、ベルティナは少し驚いてしまった。ベルティナたちに声をかけられたことに男の子がホッとすると、彼の柔和さが表れて優しげな表情になる。ベルティナはその表情にドキドキして顔に熱が溜まったことを感じた。それを誤魔化すようにハンカチで汗を拭うフリをする。


「ああ。どうやらこの女の子は迷子らしいんだ。だが、僕はこの辺に詳しくなくてね。困っていたんだよ」


 キレイな顔をしているのに頭をかきながら話す仕草はまだあどけなくて、親しみやすい雰囲気の男の子だった。


「この辺で迷子を預けるなら、パン屋のおばさんのところよね?」


 セリナージェがベルティナに確認した。ベルティナはその男の子に少し見とれていてセリナージェの声掛けに肩を揺らしたが、何もないように頷く。


「ええ、そうね。パン屋さんは知っていますか?」


「あぁ……いや……すまない……」


 男の子は少し頬を染めて本当にすまなそうな顔をしてまた頭をかいた。ベルティナとセリナージェは目を合わせて頷いた。


「じゃあ、私たちがその子をパン屋さんへ連れていきましょう。

一緒にお母さんを探しに行きましょうね」


 セリナージェが女の子に手を伸ばした。しかし、女の子は男の子のズボンを離そうとしない。女の子が上目遣いでベルティナとセリナージェを睨んでいる。睨んでいるのに可愛らしい。


「ぷっ、くふふふ」


 セリナージェは睨まれている理由を考えて吹き出した。女の子は小さくとも『女』なのだ。親切で美しい男の子のことを独占したいのだろう。


「ふふふ、とても気に入られてるみたいですね。では、一緒に行きましょうか」


 ベルティナも笑ってしまう。自然に男の子を誘うことになった。


「ああ、頼むよ。よしっ! いいお姉さんたちでよかったな。おいで!」


 男の子が手を伸ばすと女の子は躊躇せずに飛び込んだ。男の子は軽々と女の子を縦抱きにする。細く見えるが何か鍛えているのかもしれない。

 そして3人で歩きだした。パン屋の前まで行くと、お母さんらしき人がこちらに気が付き走ってきた。


「サーラ! よかったわ! お母さん探したのよ」


 サーラと呼ばれた女の子はここまで我慢してきたのだろう。勢いよく泣き出した。男の子の腕からサーラちゃんを受け取ると、お母さんは何度も頭をさげながら帰っていった。


 3人は笑顔で手を振って親子を見送った。


「へぇ、探す方もここが預かってくれる場所だって知っているんだね。町の連携ができてて素晴らしいな」


 男の子がとても感心していた。


「この国では当たり前よ。どの町にも世話役さんがいて、迷子はそこに預けることになってるいの」


「それを知らないということは、貴方は旅行者なの?」


 ベルティナの説明を感心して聞いていた男の子にセリナージェが質問した。


「まあ、そんな感じだね。

で、そのぉ、悪いんだけど。

実は、僕も迷子なんだ……」


 男の子は先程のように頭をかきながら、頬を染めて申し訳なさそうな顔をした。


 ベルティナとセリナージェは呆れてしまって一瞬間があいた。


「「ふっ、ハハハ」」


 二人が笑い出す。男の子は照れくさそうだ。


「ああ、僕はエリオ。ピッツォーネ王国から来たんだ」


「私はセリナ。こっちはベルティナよ。エリオはスピラ語がすごく上手なのね」


 スピラ語とはこの国特有の言語だ。エリオが来たというピッツォーネ王国にもピッツ語がある。大陸共通語もあるが、平民で話せる人は少ないので市井で遊ぶならその国の言葉を話せた方がいいだろう。


「本当に? それは嬉しいな。一生懸命勉強した甲斐があったよ」


「ええ、とても上手よ。それで? どこへ行きたいの?」


「うん。宿屋トーニなんだけど、知っているかい?」


 ベルティナとセリナージェは向き合って首を左右に振った。王都に屋敷を持つ侯爵家から来た二人は宿屋を知らない。


「んー、わからないわね。やっぱりこういう時はパン屋のおばさんだわ。聞いてきましょう」


 三人でパン屋さんへ聞きにいった。パン屋のおばさんは店の外に出て身振りを入れて教えてくれた。エリオは一度店の中に戻ると細長いドーナツを五つ買った。

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