アルカディア(プロトタイプ)

Mel.

もしも世界を思い通りにできるなら、キミならどうする?


 それと出会ったのは深夜の遅い時間、人気のない公園でのことだった。

 それは僕にこう問いかけた。


 『キミはこの世界をどうしたい?』


 その壮大なテーマを前に僕の答えは決まっていた。決まりきっていた。

 答えはいつだってシンプルなモノだ。


 「僕はこの世界を………」





 その日僕はいつも通り自分の年齢を誤魔化して夜遅くまでアルバイトに勤しんでいた。

 もう何十日も休みを取っていない。

 高校生である僕にとって青春とは労働に捧げるものに他ならなかった。

 なぜ僕がこんなにも働くかって?

 そこは止むに止まれぬ事情ってヤツがあるのさ。

 いや、別段欲しい物があるとか、遊びたいとかそんな不純な動機では決してない事をまずここに明記しておこう。

 ただ単純に家にお金がないのだ。

 父はリストラにあってから酒浸りの毎日で一向に働く気を見せないし、母は周りの主婦に父のリストラを知られたくないのか生活水準を下げる事を嫌った。その皺寄せが僕に回ってきたって言うだけの今時どこにでもありふれたごく一般的な御涙頂戴劇だ。

 反吐が出る。

 元々僕の成績は優秀な方だったけれど、バイト漬けの毎日を送るようになってからは成績の方も右肩下がり。家に帰ったら父と母の大喧嘩に巻き込まれる。挙句の果てにはヒステリーを起こした母が僕の成績低下を論って、努力が足りないなどと曰う始末。

 知るかっつーの。

 僕はここ最近身に染みて思うことがある。


 この世界は理不尽だ。


 才能がある奴、力がある奴、容姿に優れている奴、世渡り上手な奴、運がいい奴、なんでもいい。とにかく運命の女神様は気まぐれで気に入った奴にしか微笑んでくれない。

 そして僕はその運命の女神様から見放されてしまった人間の一人だ。彼女は容姿も出自も才能も運も平々凡々な僕なんかは忙しくって相手にしてられないってさ。

 いや、わかってる。

 僕の味わっている悲劇はこの世界じゃ日常茶飯事な出来事の一つでしかなくて、僕よりも苦しんでいる人なんてそれこそウン十億人もいるって事は百も承知さ。

 それでも愚痴らずにはいられないんだ。

 なんでこの世界は平等じゃないんだろう?

 なんでこの世界には貧富の差があるんだろう?

 なんでこの世界には上下関係があるんだろう?

 なんでこの世界には持つ者と持たざる者がいるのだろう。

 なんかテレビで聞いたことがある。持つ者はこの世界のほんの数%しかいないのにも関わらずこの世の富のほとんどを掌握しているって。

 これもどっかのネット記事で見たんだけれど、この世界の資源には限りがあってこのままのペースで採掘を続けていくといずれ遠くない将来人類は文明を維持できずに破滅するって。

 これはSNSで見かけたんだけど地球温暖化は年々深刻化していて、それでも各国の首脳陣はそれに対して具体的な対策をとっていないって。このまま温暖化が続くと極地の氷床が溶け出して大洪水を巻き起こして人類は滅びるって。

 最近本当に暗いニュースばっかり目について気が滅入っちゃうよね。

 だからこそ僕は思うんだ。

 この世界から格差って奴を取り上げて、真に平等な世界を創るべきなんじゃないかって!

 だってそうすれば貧富の差は無くなってみんなおんなじ暮らしが出来るじゃないか。

 だってそうすれば無理に新技術開発に力やリソースを割かなくて済むから人類の寿命は確実に伸びるじゃないか。

 だってそうすれば開発競争を急ぐ理由がなくなって温室効果ガスの排出は劇的に抑えられるようになるじゃないか。

 うん、我ながら完璧な論説だ。意義は認めます。

 まぁどだい実現不可能な理想論に過ぎないんだけれどね。

 それでも人類がみんな僕みたいな考え方をしていたらなぁ…なんて思っちゃうこともたまーにあったりするんだよね〜。

 まぁ無理か。


 『それはどうだろう』

 「………え…?」


 僕の真上から急に声が聞こえたので、慌てて見上げるとそこには一辺の長さが約1メートルくらいの立方体がくるくると回転しながら宙を漂っていた。

 僕はそのあり得ない光景を目にしながらあまりの驚きで完全に固まってしまっていた。

 だって…そんな…あり得ないだろう!?

 プロペラもない、構造上飛行に適しているとも思えない、重量がどれほどなのかは分からないが、一辺約1メートルの巨大な立方体が宙に浮いているなんて…こんなのコミックの中でしかあり得ないだろう!?ふつう。

 僕が驚きに口をぱくぱくさせていると、そいつはまた僕に話しかけてきた。


 『キミの理想、実現可能だと言ったらキミはどうする?』

 「…………は?」


 いやいやいやいやいや。こいつは一体なにを言っているんだ?

 って言うかなんで喋ってる?

 発声器官は全く見当たらないし、それにしては流暢な言葉遣いだ。機械で作ったような声にはとても聞こえない。

 これは人類の最新技術か何かなのだろうか?

 極秘裏に研究していた自立型AIプログラムの一種とか?

 仮にそうだったとしても、浮いている事はどう説明する?

 ARの技術の賜物なのか?だとしたらすごい技術力だ。少し距離があるのに確実にその場にあるような異質な存在感を放っているのだから。

 あとは考えにくいけれど新型のドローンとか?

 でもそうすると羽がないのがおかしいんだよなぁ。


 『最近の人の子はよく考えるのなんだね。だが残念ながらどれもハズレだよ』


 こいつは今、どれもハズレと言った。

 え、って事はもしかして心が読めちゃうとかそう言う系だったりしちゃう?


 『そう言う系だったりしちゃうね』

 「え、すご」


 「『…………………………………………』」


 『キミさぁ、もう少しリアクションとかあっても良いんじゃないかな?ちょっとノリ悪いよ』

 「こっちは連休中で疲れ切ってるんだ。そんな新鮮なリアクションが欲しいなら他所に行ってください」

 『……キミって結構図太いよね。まぁいいや。それでワタシの正体なんだけど……』


 …………………………………。

 結構溜めるのな。


 『……………はぁ』

 「はい、どうぞ」

 『……まぁいいや。ワタシは宇宙人です』

 「はぁ…」

 『いや、リアクションうっす!!なんかワタシがスベったみたいじゃん!』


 宇宙人にもスベるとか言う概念あるんだな。


 『そりゃあるよ。ワタシはこの星の調査にきた言わば使者ってところかな。わかる?』

 「まぁなんとなくは」

 『それでここ暫くこの星を観察していたんだけどね。この星の人間ってずーっと争ってばっかりじゃん?それってワタシ達の星じゃあり得ない事なんだよね』

 「それはさぞかし素敵な星なんすね」

 『ああ!自慢の故郷さ。それでものは相談なんだけどね…』

 「いや、いいっす。自分明日も早いんで帰ります。お疲れ様っした」

 『ちょいちょいちょーい!ちょっと待ってよ!少しくらい話聞いてくれてもバチは当たらないだろう?頼むよ人間さん』

 「いや、でも僕けっこねむい…」

 『絶対損はさせないから!約束する!だから10分!…いや、5分だけでもいいから話を聞いて!』

 「………なんか余計胡散臭くなったような」

 『お願いお願いお願いお願い!』


 その時の僕はなんか人気のない公園で浮かぶ立方体と話してる自分っていうシュールで非日常なこの時間が妙に可笑しくて、変にテンションも上がっちゃっていたのでこの立方体の話を聞いてやることにした。


 「あー、もうしょうがない!手短に頼すませよ?」

 『そうこなくっちゃ!』


 キューブのくせにやけに嬉しそうな動きをして見せるので意外に器用だな、なんて変なところで感心してしまった。

 なんか妙に小刻みに宙を跳ねるのだ。まさにルンルンって感じだ。


 『……オホン。最初の話に戻るんだけれどね』


 照れ隠しする意味は分からないけれど、まぁいいや。続けて。


 『……大変に不本意だけど、そうさせてもらうよ。話っていうのはキミにワタシの権能の一部を貸し与えてみようかなって思うんだけど、どう思う?』

 「……は?」

 『いや、だってキミさっき人類がみんな僕みたいな考え方していたらなぁ…って思っていただろう?出来るんだよそれ。僕の権能を使ったら』

 「はぁ……」

 『だからキミリアクション薄いって!キミの理想が叶うんだよ!?もっとなんか他に感想ないの?』


 って言われてもなぁ。そんなん絶対無理だしなぁ。

 そもそもこの状況が僕の白昼夢って可能性もすてきれないしなぁ。

 というかふつうに考えたらその可能性が高いな。


 『最近の子は疑り深いなぁ。まぁ夢と思われててもいいや。とりあえずキミ。ちょっとワタシに手をかざしてみてよ』

 「こうか?」


 そう言ってその立方体に右の掌をかざすと急に視界が暗転した。いや、性格にはあまりの眩さに視界が白く塗りつぶされてしまったという方が正確か。

 やがて白い闇が収まると少しだけ縮んだ立方体が僕の目の前に相変わらず呑気にふわふわと浮いていた。


 『呑気って…。ちょっと傷つくなぁ』


 宇宙人は意外と繊細っと。

 こんなところで今後役に立たないであろう知識をゲットしちまったぜ。


 「って言うかさっきの光はなんだったんだよ?」

 『さっきのが権能の委譲の儀さ。これでキミはワタシの持つある権能を使うことができるのさ』

 「それってどんなものなんだよ?」

 『その右手で触れた人間にキミの思想を強制的に複写することが出来る権能だよ』

 「へ?」

 『ワタシの星ではこの力でミンナが一つの意志の元に団結している。ワタシたちの関係には上も下もないのさ。富も名声も全部全部分け合って仲良く暮らしてる。それでいて怠け者はいないんだよ?どうだい?すごくないかい?』

 「す、すごいとは思うけど…話の展開が急すぎてついていけないって言うか。そもそもなんで僕なんかに声をかけたんだよ!地球は広いじゃないか!仮に力を渡すにしたってもっともっとふさわしい奴がいる筈だろう?」


 そうだ。僕なんて大した人間なんかじゃない。

 容姿も能力も学力も力も運も平々凡々。どれだけ頑張ったところで並以上の人間になることなんて出来やしないんだ。

 神様なんていやしない。いたとしても博愛精神なんて持ち合わせていない。この世は圧倒的に理不尽だ。

 それなのになんで急に僕なんかに。

 たまたま通りかかったから?

 誰でもよかったのか?


 『いいや。キミじゃないといけなかったさ』

 「それはなんで!?」

 『だってキミがワタシたちに似ているからさ』

 「は?」

 『ワタシはキミならキミの理想を叶えることが出来ると確信しているよ。この際だからなっちゃいなよ。この世界の救世主って奴にさ』

 「いきなり話のスケールがぶっ飛んじゃってるよ…」


 まぁどうせ白昼夢ってやつだ。

 まともに取り合うだけ損かもな。

 なら、どうせならここはポジティブに考えてみよう。

 世界を僕の意志の元に統一できたらテレビやネットで取り沙汰にされている問題なんてあっという間に解決できる。

 うん、悪くない。

 無理に決まってるならいっちょやっちゃおうかな。


 『キミのそういう潔いところには好感がもてるな』


 あっそ。


 『さてそれじゃ今一度キミに問うよ。キミはこの世界をどうしたい?』

 

 そんなこと決まっている。


 「僕はこの世界を誰もが平等な世界にしたい!出自や才能なんかで上下の決まらない完璧に平等な世界に!もう誰も足の引っ張り合いや醜い権力闘争のない綺麗な世界に!一握りの人間が贅を凝らして残りが搾取されるなんて歪な世界をぶち壊してやる!」


 『良い心意気だね。気に入ったよ』


 だろう?

 これでもう用は済んだだろ?

 もう眠いし僕は帰るよ。


 『結局長々と引き止めちゃって悪かったね』


 ほんとだよ。

 じゃあな、宇宙人。

 もう会うことも無いだろうけどな。


 『あ、そうそう。最後にこれだけ言っておかないと。僕が渡した権能は思想を発信するキミに依存するんだよ。だからキミはこれからもその高潔な志を保つことをオススメするよ』


 え、じゃあもし僕の心が変わってしまったら?


 『思想を植え付けた人全ての考えが変わっちゃうね。ワオ、責任重大だね』

 「思いっきりヤベーじゃねぇかよ!!!」

 『あ、あとね。その権能は右手で触ったら勝手に広がっていくからね。一度広まっちゃったらもう止められないよ?』

 「なんじゃそれ!聞いてねぇぞ!!」

 『てへぺろ』

 「ふりぃーんだよ!!!」

 『まぁそう言うわけだから頑張ってね。ばははーい』


 そう言ってあの無駄に陽気な自称宇宙人はどこかに消え去ってしまった。

 残されたのはたっぷりと疲労感の残った僕一人だけ。

 これからこの重い体を引き摺って家に帰らなければならないって考えると本当に気が滅入っちゃうなぁ。




 翌朝の早朝、意外にも目覚めはスッキリしていた。

 やたらと疲れる会話をしたせいで帰ってすぐに泥のように眠ってしまったからだろうか。

 まぁその点だけはあの自称宇宙人に感謝してやっても良いかもな。


 「いつまで寝てるの!早く起きなさい!時間は有限なんだからね!夜は仕事してる分勉強は朝にするってお母さんと約束したでしょう!?」


 げ〜。爽やかな朝から一気に気分が急降下。いっきに滅入っちゃうな。

 なんで他人からやれって言われたことって意地でもやりたく無いって思っちゃうんだろ?

 僕って天邪鬼なのかな?


 「もう起きてるよー。今からやるから」

 「どこからどこまで進めたのか後でチェックするからね!ちゃんとサボらずにするのよ!」


 うへー。だりー。

 つーか昨日はマジで変な夢見たよな。

 リアルすぎて内容全部覚えてるくらいだし。

 って言うか夢って潜在意識の表れって言うこともあるし、もしかして僕って心の奥底では世界征服とか狙ったりしちゃったりしてる系?

 うわっはずっ!なにこれめっちゃ恥ずい。

 顔あっつ。

 この記憶は自分の心の中だけに封印しておこう。墓場まで持っていく所存であります。

 ……でも、妙にリアルだったんだよなぁ。

 意外とマジだったりして。

 試しに母さん触ってみよっかな。


 「おかーさーん」

 「何よ!?こっちは毎朝クソ忙しいってのにいちいち呼び止めてんじゃ無いわよ!」

 「ごめんごめん。いや、その改まって言うのは照れるけどいつもありがとうって…」


 そう言って僕は母さんの左肩に右の掌を置いた。

 ………………。

 なんも起きねぇ。

 やっぱり夢か。

 はい、と言う事はここから母さんの愚痴タイムが始まるぞ〜。あー、恨むぞ3秒前の僕。


 「……………………………………」

 「…………………………………え?」


 そこには涙ぐんでいる母親の姿があった。


 「あんたそんなこと思っててくれたのね…。お母さん嬉しいわ」

 「う、うん」

 「私の方こそあんたにはいつもいつも迷惑かけてごめね。これからはお母さんもっとちゃんとするからね」

 「うん」

 「ほら、もう勉強なんていいから朝ごはん食べちゃいなさい」

 「あ、ありがとう」


 ………おかしい。

 普段ならネチネチと「あんたがもっとしっかりしていれば家はもっとらくになるのよ」とか「全部あんたの為を思って言ってあげてるんだから従いなさい」だとか嫌味をマシンガンの如くぶっ放してくるのに、それどころか勉強はいいからご飯食べなさいって。

 明らかにおかしい。

 まぁ今はいいか。

 冷めないうちに朝ごはん食べちゃおっと。



 そうこうしている内に登校の時間が迫ってきた。

 家を出るかと考えていた時、うちの玄関のドアが開いた。


 「たらいま〜。帰ったぞ〜」


 最悪だ。

 今家を出ようとしたら確実に絡まれる。

 朝からクズの相手をすると気力がゴリゴリ削られていくから嫌なんだよなぁ。

 そう思って自室で息を潜めていると、案の定母さんが玄関に出て行ってケンカが始まった。

 いつも通りではあるけど、いつまでも慣れない。

 正直家の中がギクシャクしているのは辛い。

 もう記憶も朧げにしか無いけれど、僕が小さかった時みたいにみんな仲良くする事は出来なんだろうか?

 そんなことを思うと急に家の中が静かになった。

 恐る恐るドアの隙間から覗いているとヒシっと抱き合っている両親の姿が…。……え?

 見間違いか?

 もう一度……。


 「今まで本当にすまなかった!俺これからは心を入れ替えてしっかりと働くよ!もうお前にも息子にも苦労はかけさせないからな!」

 「私の方こそ冷たくしてごめんなさい!これからは何があってもアナタを支えていくわ!」

 「愛しているぞ!」

 「私の方こそ愛しているわ!」


 僕は朝から一体何を見せられているのだろうか?

 気味が悪いから今のうちに学校行っちゃおう。


 「今まですまなかった!息子よ!これからは父ちゃんがしっかりするからな!」

 「今まで本当にごめんなさい!お母さんも全力であなたの応援するからね」

 「う、うん。ありがとう。それじゃ…いってきます」

 「ああ、いってらっしゃい」

 「気をつけるのよ」




 変だ。

 明らかに変だ。

 ギスギスしていた筈の家庭内が急に明るくなった。

 え、なにこれドッキリ?

 いや僕の記憶にある限りはドッキリなんて一緒に企画できないほどに夫婦の関係は冷え切っていた筈なのだ(普通の夫婦が息子にドッキリを仕掛けるかはこの際置いておく)。それなのに急に仲睦まじくなるなんて。

 え、変な宗教とかに入ってないよね?

 家金ないんだけどなぁ。



 そんなことを考えながら歩いているとあっという間に学校だ。

 僕が通う学校は家から一番近いこの学区の中でも真ん中あたりの偏差値の高校なのだ。そんな所まで平凡な僕をどうか笑わないでやってくれ。

 そんな平々凡々を自称する僕はこの学校という閉鎖空間の中のカーストの下位に位置する。

 ああ、教室に居場所のない僕は今日も隅っこで大人しくしておくのがお似合いなのさ。

 そう思いながら教室のドアを開けるとちょうど出て行こうとする人とぶつかってしまった。


 「いっつつ…」

 「ちょっと!どこ見て歩いてんのよ!」


 うげっ…!ぶつかっちゃったのはカースト上位のギャルのグループじゃねーか!

 やばいやばいやばいやばい。

 はやく謝らないと目を付けられてしまう。

 こいつの彼氏ヤンキーでめっっっっちゃ怖いんだよ。


 「……す、すみません」

 「はぁ!?聞こえないんですけど!てかぶつかったなら起こせし!」

 「はい!すみません」


 やべー。とりあえずギャルが起き上がるのに手を貸す。


 「だ、大丈夫ですか?」

 「ん……もういい」

 「あ、ありがとうございます」


 あぶねーーーー!!!

 なんか知らんけど危機回避したっぽい!

 グッジョブ俺!

 なんか漫画とかだとギャルの意外な一面が見れて可愛いってなるやつとかあるけどさ。現実にはそんなんありえんよな?

 ギャルがオタクに優しいのは二次元の中だけっと。

 いや、まぁ少しも憧れないって言ったら嘘になるけどさ。

 なんつーの。普段は遊んでそーに見えんのに、実はウブなところがあるなんて設定僕大好きだし!

 まぁ夢見るだけならタダだしな。

 せいぜい妄想の中でたっぷり陵辱しちゃうぜぐへへへへへへ。


 「ねぇ」


 あ、こんなところでなんてダメに決まってるじゃない!


 「ねぇ!」


 え、そんな!もう終わり?


 「ねぇってば!」


 …ねぇもう少しだけ…して?


 「聞いてんの!?」

 「うひゃい!」


 顔を上げるとお互いの吐息が混じり合うほどの至近距離に先ほどのギャルの顔があった。

 え、僕なんかやらかした!?やっぱ許さないとかそういうノリ?

 状況についていけずにオタオタする僕に向かってそのギャルは恥ずかしそうに赤面しながらそっと耳打ちしてきた。


 「アンタの連絡先知りたいんだけど。教えなさいよ」

 「え、あ、はい」


 え、なになになに!!

 これからはお前をパシリに使い潰してやるぞ宣言ってやつ?

 え、僕の高校生活今日で詰み?お先真っ暗?


 「あ、あのこれです」

 「ふむふむ」


 僕が携帯の画面を見せると、そう言いいながらテキパキと僕の連絡先をメモっていくギャル。

 え、なんでちょっと嬉しそうなの?

 さっそく焼きそばパン買ってこいなの?

 って言うかなんであれって焼きそばパンなの?

 絶対メロンパンの方がうまいと思うんだが。

 閑話休題。

 僕は嬉しそうなギャルの様子に戦々恐々といった気持ちで様子を伺っていると、徐にギャルが僕の方に向き直りおずおずといった調子で話しかけてくる。


 「あの…さ。特に用事ない時とかにメッセージ送ったりしてもいい?」

 「あ、はい。勿論です」


 ギャルからのメールを無視するなんて恐れ知らずな真似が僕に出来る筈がない。

 これからは携帯にかじりついていようと決心する。


 「それじゃまた後でね!」

 「あ、はい、また」


 一体全体なんだったんだ。




 ついていない日というのはとことんまでついていないらしい。

 今日の僕の星座占い悪くなかった筈なんだけどなぁ。

 なんて現実逃避をしないとやってられない訳でありまして。

 というのも…。


 「おいコラクソ陰キャ!お前俺の女に手ェだしただろ?」

 「い、い、いいえ!こ、心当たりがありません!」

 「はぁー!?こっちはなぁせっきお前のことが好きになったから別れて欲しいって言われてきてるんだが!?」

 「そ、それは心中お察しします…」

 「馬鹿にしてんのかコラ!!」

 「め、め、め、滅相もない!」

 「したらなんだってんだよ?あん?」

 「誤解という可能性も…」

 「こっちはきっちりとお前の名前聞いてきてんだよ!お前俺が聞き間違えたっていうのかよ?」

 「そんなことは…」

 「そんなことは…なんだよコラ!?ゴニョゴニョしゃべってんじゃねーぞボコすぞコラ!」

 「す、すみませんすみません!」


 本当にどうしてこうなった。

 ただ僕は今日は厄日だと思ったから急いで帰ろうと思っただけなのにいきなりヤンキーに囲まれるわ詰められるわで正直パニック寸前です。

 まだ泣いてないだけ偉いぞ僕!


 「つー訳でよ…。とりあえずお前1発殴らせろや!とりあえず1発で許してやっからよ」

 「へ、え、いや、どういう訳で?」

 「おら死ねやコラ!」


 ヤンキーが渾身の力で僕の顔面に向かって放ってきたパンチを偶然振り上げた僕の右手の掌が受け止める。

 数瞬、奇妙な沈黙がその場を支配する。


 「え、あ、これは違くてですね!な、なんと言いますか」


 あああああああ!!!

 ここは大人しく殴られとくべきだったのか?

 僕これからヤンキーにたてついったってことで、そのツレと一緒にボコボコにされちゃうのかな?

 ああ、短い人生だったなぁ。

 生まれ変わったらもっといっぱい友達つくりたいなぁ。

 今度こそコミュ強になって誰とでも仲良くなるんだ!

 ………………。

 いや、長くない?

 目ぇあけんのめっちゃ怖いけど、ちょーっとずつちょーっとずつ目ぇあけてみようかな。

 ………………。

 うわ!びっくりした!なんかヤンキーが満面の笑みなんですけど!

 こわ!めっちゃこわ!

 軽いホラー画像だよこれ。


 「よっしゃ!これでもう恨みっこなしな!」

 「へ?」

 「この1発でチャラってことにしてやるよ!まぁ正直俺も相手がお前だってんならあいつのことも任せられるってもんよ!」

 「え、急にどうしたんですか?」

 「おいおい!そんな堅っ苦しい喋り方はよしてくれよ!俺たち親友だろ?」


 ………どゆこと?




 はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 つーかーれーたー。

 もう散々な1日だったわ!

 でも、そのお陰で確信したことがある。

 昨日の白昼夢、あれ現実だったわ。

 だって今日起きたこと全部俺に都合が良すぎるもん。

 意味わかんないもん。

 今までまーーーーったく接点のなかったギャルとヤンキーと急接近♡なんて普通ある訳ねーだろ!ラノベかよ!俺は鈍感系主人公かっつーの!!

 まぁでも今日の朝からの一連の周囲の奇行にもこれで説明がついてしまう。

 あの自称宇宙人はガチモンであいつがくれた謎パワーもマジモンってことだ。

 え、なにそれ。

 チートじゃん。

 俺最強じゃん。

 人生勝ち確じゃん。

 無双モード突入じゃん。

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………いや。あんまし調子に乗るのはやめておこう。

 あいつも言ってたし。なんだっけ?高潔な志を持って行動すべし的なあれ。

 うん、ここはなるべく自重しよう。

 そんでなるべく世界が良くなるように動くようにしよう。

 じゃないといきなりあいつが出てきて『はいキミは自分の私欲のために力を使ったからアウトー!死んでもらいまーす』とか言ってきそうだし。

 我ながらモノマネの再現度高すぎてウケるんだが。

 でも、とりあえずギャルとはお近づきになりたいな…なんて思ってしまう今日この頃です。

 仕方ないよね。男の子だもん!

 あんな性癖にブッ刺さった子にまんざらでもなさそーな態度取られたら普通に我慢できないよね?

 僕って普通だよね?

 ………ゴホン!まぁそこら辺はおいおい考えていくとして今日はもう寝よう!

 流石に色々ありすぎて頭がパンクしそうだしね。

 面倒なことは全て明日の僕におまかs………………。







 『思ったよりも慎重に事を運ぼうとするコだったね』

 『だから適当なコを選ぶんじゃなくてちゃんと選定しようって言ったのに!全然人の話聞かないんだから』

 『まぁまぁ。これはこれで楽しめると思うよ?』

 『そんな悠長な事言ってるとあっという間に本隊が来ちゃうわよ!きっとあっという間なんだからね!それまでにこの星に混沌を与えるのが斥候であるワタシたちの仕事でしょう?』

 『まぁカレがあまりにもチンタラしていたら、その時はキミの力も貸しておくれよ』

 『本当に仕方ないわね!これで貸し一つよ!あとその時は力を与えるコの選定はワタシがするからね!』

 『勿論その時はキミに従うよ』

 『それを聞けて安心したわ!それじゃ早速仕事に取り掛かかるわ!また定時連絡の時に会いましょう!』

 『了解だよ』

……………

…………

………

……

 『ふふふ、ごめんね。ワタシは昨日キミに本当のことは言ってなかったんだよ。だけど嘘をついたつもりもないよ?万が一キミがその高潔な志を持ち続けることが出来たなら、キミの望んだ世界はきっと手に入る。キミが望めば貧富の差はなくなるし、戦争もなくなる。飢餓に苦しむこ人もいなくなるし、地球温暖化だってきっと止まるさ。まぁもっともワタシたちの侵略が始まるまでっていう期限付きではあるけどね…。それじゃ幸運を祈っているよ』


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アルカディア(プロトタイプ) Mel. @Mel_1ris

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