第3話 彼女

 そもそも、俺たちの出会いは嘘だらけだった。俺はその子と将来結婚なんてあり得なかった。彼女にするのも無理だ。人に紹介できない。2人だけで過ごすとしても、俺達には落差がありすぎた。彼女は難しい漢字が読めなくて、それはレストランに行って料理を選ぶ段階で発覚した。


例えば「海老えび」が読めなかった。こんな人がいるだろうか。寿司屋は全滅だった。たこまぐろたいさばかつおあじなんて字がほとんど読めなくて、げ物という字を見て、何かわからないと言われた。さらに衝撃的だったのは、鯖、鯵、鰹などを食べたことがなく、どんな物か知らないと言うことだった。魚は鮪とイワシしか食べたことがなく、それも年1回もないということだった。小学校から不登校だったから、本当に何も知らないのだ・・・。俺は笑っていたけど、テレビのクイズ番組でおバカキャラの芸能人が変なことを言っているような感じだった。今考えると、彼女は軽度の知的障害があったのかもしれない。


 俺はこれはえびって読むんだよと教えてやって、次に会った時に覚えているか聞くと忘れていた。でも、素直でいい子だった。電話は毎日掛かって来て、毎週会っていた。彼女も俺のことを慕ってくれていたと思う。エッチなこともしないで、普通に話し相手になってくれる男に女性は心を開いてくれる。男は女性のオチのない話や愚痴を聞くのが苦手だと思う。そんな話に興味がありそうなふりをして、ひたすら付き合う。俺は彼女の話を聞くのが好きだった。内容のない話だが、彼女がいかにも楽しそうに話しているから、その様子を見ているのがかわいかったのだと思う。


 付き合ってないのに一緒にイタリアに旅行に行った。ツインで同じ部屋で寝たけど、何もしなかった。彼女はちょっと年下の友達みたいな感じだった。


 その後、バレンタインデーがあり、チョコレートをくれた。その時初めて、『本命チョコ』と言って渡してくれた。

「前田さんって、彼女いるの?」

 何か月も会っていて、聞かれたのは初めてだった。

「いないよ」

「じゃあ、つきあって」

「いいよ」

 俺はやったと思ったが、内心この子は無理だと思っていた。


 それからは、手を繋いでキスをしたが、セックスはしなかった。彼女の人生をしょい込む気はなかったからだ。途中で彼女から、「何で何もしないの?」と聞かれたから、「君を大切に思っているからだよ」と臭いセリフを吐いた。実際はよそで遊んでいたから、その子とエッチしなくても不都合はなかったからだ。


 ある時、一緒にでかけて、カバンの中身がちらっと見えたことがあった。カバン自体は若い子が持つような3000円くらいの合皮の安物なのだが、中にヴィトンのモノグラムの手帳かなんかが入っていた。あの経済力で、財布ならともかく、小物までは買わないよなと思った。それか、誰かがくれたんだろう。俺はちょっと心配になって、距離を置くようになった。


 俺が友達にこの話をして、女の子の写真を見せると、思いがけないことを言われた。


「この子、俺が前に行ったソープランドの女の子に似てる」

「え?まじで?」

 俺はショックを受けていた。

「どこ?」

「吉原にある〇〇〇って店で、2時間で7万くらいするとこ」

「随分高いとこ行ってんだな。さすがに金もったいなくない?」

「もとAVの人とかがいるとこだから、外れはないだろうと思ってさ。高すぎて一回しか行ったことないし、リピートも無理思った」

「で、この子が出て来たわけ?」

「似てると思う」

「へぇ・・・名前覚えてる?」

「由梨乃ちゃん」

「まだいるよ。時々ホームページ見てるから」


 俺がそのホームページを見たら、顔出しはしていなかった。でも、鼻から下がよく似ている気がした。取り敢えず週末に会いに行くことにした。初回からプレゼントを持って。


 部屋に入って、お互い「あ!」という感じだった。

「うそ!」

 ドレスを着てたけど、ちょっと貧乳のアイドルという感じだった。

「前田さん」

「君、ソープランドで働いてたんだ。どうして?」

「お母さんが病気で・・・」

「だから、生活保護の人は医療費無料じゃないの?」 

「私、馬鹿だからよくわからない」

「君は馬鹿なんじゃない。ただの嘘つきだろ?」

 俺は意地悪く言った。

「いいじゃない。早く始めようよ」

 ショックすぎて俺はその気になれなかった。

「何でそんなに金が必要なわけ?」

「親の借金を返すために・・・」

「生活保護の人に金貸す人いないって」

「生活保護の人もお金借りれるよ」

「じゃあ、いくら借りてるの?」

「500万」

「自己破産しなよ。司法書士紹介してやるよ」

「でも、お母さんがパチンコ依存症で・・・」

「それで、君が風俗で働いてるなんておかしいよ。君って、ほとんど毎日、朝から晩まで出てるよね?月収いくら?300万くらい?」

「そんなにあるわけないよ」

「お母さんが毎日パチンコやったって、月そんなに負けるわけないだろ?嘘つくなよ。君自身が何かやってるんじゃないと、とてもじゃないけどモチベーションあがらないよね」

 彼女は泣き出してしまった。

「実は・・・私、、、」

 俺はどうせホスト狂いとか、薬物中毒か、男に吸い上げられてるんだろうと思っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る