亡き人の呪い

 あの夜の春鈴が本人か圭璋かは定かではないが、志遠はその言葉通りに雲雕を捕らえるように計らった。

 全てがこの雲雕だけで収まる話ではないと思えばこそ、慎重になりたかったがあの流火の時の宦官だったというのが悪い。

 そういう事で全てが済まされてしまう今、永華でいるべきか志遠でいるべきか、自分も悩んでいることに気付き、静かにその時を待っていれば、何とも疲れた様子の九垓が志遠の部屋を訪れた。

「どうだ? 捕らえた雲雕は」

「それが……、雲雕は『亡きびとの呪い』だと言って叫んでいるのです」

 こうも困り果てた九垓に会うのは久しいが、この後宮に来て何度目だろう。

「あの爺さんは間違って捕らえてないだろうな?」

「はい、それはあっさりとワシは知らん存ぜぬで、金を渡しましたね? 志遠様」

「少しばかり、春鈴に使うよりは有益だったろう?」

「まったく……。あれらは金持ちそうな奴を狙っているだけですよ。でも、亡き人だとは驚いた。どうして知っているんでしょうかね? まあ、確かにあの者は私と同じでしたが」

「そうか……それだとやはり、あの者はこの後宮に居たということになる。それ以外でそうなった者をお前は知っているか?」

「知りませんけど、そうまでしたのは女性が怖かったとかではないですか?」

「それはない。あやつは揺妃を思い出していたからな、私の顔を見て」

「それはまた……物好きですね」

 うっかりと口を滑らせた九垓であったが、志遠もそう思うから何も咎めない。

 この顔を覚えないのは皆、そのほうを思い出すから極力それに似た自分をも見ないようにしているからなのだろうか。

 その頃は私の顔を直接見るなど図が高い! 等とピシャリと言っていた人だったからな――なかなかに大変な人だった。

 この前世以上の記憶がなかったら、あの母上を上手くかわして生きてはいけなかっただろうと永華は思う。

 それくらい強烈な人だった。

 その痛さを知るのはこの後宮にもまだ数多く居る。

 だから、自分の顔を見ないのか。

 そうだとしたら何ともありがたいのか、失礼なのか――。

「雲雕を知る者はどのくらい居る? と聞いてもきっと答えは返って来ないだろうな……。あの二人の者達は今やこの後宮にはるまい?」

「そうですね、きっと居ませんね。妃から皇后への宦官になった者も珍しいですし」

 それこそが嘘と言いたそうな九垓だったが、どれかは本物だろう。

 でなければ、少なからずか当たっていることもあるからだ。

 そんなに大々的に揺妃は使われていなかったはずだ。

 それを知っているとすると誰かが雲雕に吹き込んだか、本当にそうだったかだ。

 宦官にはどういう者が居たかなんて物を探せば出て来るのかもしれないが、これはまた一波乱ありそうなやつだと思って、志遠は九垓を帰らせた。

 それからしばらくして、そういえばと思い出す。

 あれは確かに言ったな……。

 自分の口からも出た『呪い』という言葉。

 それを辿れば答えが出るのか。

 いや、その考えをあえて避けている自分がいる。

 だから聞かなかったのか、その話さえ、今も避けている。

 そんなにも嫌なのか、どうしてこんなにも――。

 その謎を解いてくれそうなのは今はいない。

 このままこうしているわけにもいかない。

 志遠は意を決して探すことにした。

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