カティアの時間

「そこまで考えてたのか……」


「ええ、ですが。すべては失敗した過去の計画です。異世界に生まれ変わったのも、私にとっては想定外でした。ルネリス王国と姫様とは、完全に関係を絶たれてしまった。すべてをあきらめ、この世界の人間として生きるしかない。そう思っていました。

 ……私は、家族からは普通の良い子だと思われているんですよ。成績は上位ですが、目立ちすぎないようにテストでは、わざと何問か間違えるようにしています。明るいキャラクターを演じてますから、クラスでも人気のある方です。……そう言えばこの前、同じクラスの男の子に告白されました。もちろんお断りしましたけど。私の本当の姿を知っている人間は、こちらの世界にはいません。姫様たちも、そのつもりでお願いします」


 ああ、そうか。そうだよな。

 この世界で生きているんだ。当然のことだが、カティアにだって自分の生活がある。


「さてと。私が何者かについては、これで理解してもらえたでしょうか。……そろそろ、目の前のクレープを食べてもいいですか。成長期の子どもの食欲はすごいんですよ。さっきピザを食べたばかりなのに、もうお腹がペコペコです」


 話に夢中になっていて忘れていた。

 料理は自分で運ぶスタイルだから、もうテーブルに全員分がそろっている。

 オムライスにカットステーキ、それにデザート。ソラはハンバーグプレートだ。キャラクターの形に盛られたケチャップライスの上に旗が立っている。


「ショウヘイお兄ちゃん。もう、食べていいの?」


「ああ、そうだったな。待たせて悪かった。みんなも食事にしよう」


「やった。ショウヘイお兄ちゃんの世界では、こう言うんだよね……いただきます!」


 それからは楽しい食事会になった。

 カティアは俺たちにとっては恩人であると同時に家族みたいなものだ。

 シルフィやソラ、それにラジョアも、先を争うようにしてカティアに話しかけた。


「シャーリィは、私を女王にして王国を再興しようと言うんだ。でも、そのためには解放奴隷だけじゃなく、世界中に逃げ散った国民も集める必要がある。ショウヘイやリーリアがサポートしてくれるとは言え、まわりは敵ばかりだ。私にできるんだろうか」


「『こくはく』ってなに? その男の子とは✖️✖️✖️はしたの?」


「教えてください。私は今まで、先生の影でいようとしてきました。それで役に立つことが生きる意味の全てでした。でも、私の中にいた先生は消えてしまった。私はこれから、どうすればいいんでしょうか……」


 あっ、ラジョアが普通に話してる。

 いつも『死ねばいい』って言葉しか聞いてないから、何か新鮮だ。


「困りましたね。なんでも一度に聞かないでください。

 さっきも言ったでしょう。私だって混乱しているんですよ。……それに、ソラちゃんのは別にして、どれも適当なアドバイスをするには重すぎる話題です。

 それよりも、私がいない間にあったことを話してください。データとしての情報はラジョアの頭の中から手に入れましたが、それだけでは埋められないものがあります。楽しかったとか、苦しかったとか。なんでも構いません。私にも聞かせてください」


「じゃあ、私はダーリンとのなれそめを話すわ」


「それなら私の方が先だ。最初に会ったのは隊商を護衛していた時だった。ショウヘイの強さに衝撃を受けて、すぐに恋に落ちて……」


 カティアは何度もうなずきながら、楽しそうに聞いていた。

 まるで、長い時間を埋めようとでもするように。10年……10年だ。それまでの間、全てを隠しながら子どもでいることが、どれだけ孤独だったか。俺には想像することしかできない。


 クレープを食べてしまうと、カティアは優雅な動作で口をぬぐった。


「ごちそうさま。……残念ですが、そろそろタイムリミットです。私はこれで失礼することにします」


「えっ。でもまだ昼過ぎだぜ。いくら小学生だからって、帰る時間には早いだろう」


 カティアはふうと、大人のようなため息をついた。


「ショウヘイ殿は子どもの立場というものが、わかっていませんね。

 私は両親に連れられて、ここに来たのです。娘がいきなりい目の前からなくなったら、どうなると思いますか」


「えっ、あっ、えっと。そうか」


 カティアは俺に、自分のスマホを見せた。


「……これは私あての着信履歴です。メールも10件以上は入っています。今ごろ両親はキャストと一緒に、パーク内を探し回っているでしょう。先に見つかると、少しばかり面倒なことになります」


 再会した衝撃で気が回らなかったが、言われてみれば当然だ。

 このままだと、俺たちは誘拐犯にされかねない。


「そ、それじゃあ。どうすればいいんだ?」


「少しは頭を使ってください。ショウヘイ殿は将来、姫様の夫になる人間なのですよ。

 まず、この携帯電話は落としたことにします。……それをたまたま拾ったショウヘイ殿が私を見つけ出し、私の両親に電話をかける。後は私を引き渡して『めでたしめでたし』というわけです」


「わかった。それで行こう」


 相変わらず俺はダメだ。

 カティアがいないと、ただのポンコツだ。いくらステータスが高くたって、頭の中身まで立派になったわけじゃない。


「カティア。もう、帰っちゃうの?」


 ソラが悲しそうにカティアを見た。


「また、ソラちゃんにも会いに来ますよ。姫様とラジョア、それにリーリアさんにもね。

 ショウヘイ殿、連絡先を交換しましょう。ミリアなら、異世界に戻っても連絡が取れるはずです。なにしろ物理的にはゼロ距離ですから。……ただし警察に捕まりたくなければ取り扱いには注意してください。小学生のアドレスですからね」


「俺のこと、まだ怒ってるのか?」


「当然でしょう。私の命よりも大切な宝石を傷つけたんですからね。……でも、どうせ誰かに傷つけられるなら、ショウヘイ殿でよかった。

 リーリアさんのことも認めましょう。ただし生涯、ショウヘイ殿が愛してもいいは姫様だけです。それだけは忘れないでください。それでは姫様とお幸せに。そして、くれぐれもに」


 カティアは意味ありげにニコッと笑った。 

 そして子どもらしく、ソラの手を取って歩き出した。



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