転生と複製(コピー)
やがて長い、長い3分間が過ぎた。
ふう。カティアの方から、深く吐く息の音が聞こえる。
「状況は、だいたいつかめました。ショウヘイ殿、私を持ち上げてください。目を合わせて話をしましょう」
「あ、ああ。わかった」
俺はカティアの脇をすくうようにして、上に持ち上げた。
重さを感じないくらいに軽い。だが、存在感がハンパない。赤い瞳が、刺すように俺を見ている。
「もっと近づけてください。このままだと手が届きません」
「こ、こうか?」
「もっと左……いいでしょう。そこで、じっとしていてください」
パシッ。
パシッ、パシッ。
俺はいきなり、ほっぺたを往復ビンタされた。
「この、卑怯者! わかっていますよ。あなたは姫様の純潔を奪いましたね!」
「ご、ごめん」
俺は反射的に謝っていた。
結婚するまでは清らかな交際をする。カティアとは、そう約束をしていた。いまさら言い訳はできない。
「最初から、おかしいとは思っていたのです。この世界に転生して10年。姫様と出会う確率など、限りなくゼロに近かったはずです。それをくつがえす奇跡など……姫様のユニークスキル【アゲマン】しか考えられません。どうせ一線を超えてしまった時に、『カティアに会って、叱られたい』とか言ったんでしょう。
あれは男の願望をかなえる魔性のスキルです。軽々しく発動させるとどうなるか、誰にもわかりません。もちろん、ショウヘイ殿にとっては私への
俺は背筋に冷たいものを感じていた。
図星だ。ぜんぶ合ってる。
「先生、ショウヘイのせいじゃない。私が求めたんだ。それにもう限界だった。
スキルの副作用だと思う。先生だって前に言っていたじゃないか。体がほてって、たまらなくなって……このまま我慢していたら、頭がおかしくなっていたと思う。
それに私はいま、女として幸せだ。この気持ちだけは、先生にだって邪魔はさせない」
「別にいいじゃない。魅力的なオスに発情しないメスなんて、メスじゃないわ」
「あなたがリーリアさんですね。まったく、けがらわしい。姫様というものがありながら、堂々と浮気までして……」
「浮気じゃない。俺はリーリアのことだって好きなんだ。シルフィだって理解してくれている。もちろん、ちゃんと責任は取る。一生、幸せにすると誓う!」
「そんなことは当然です!」
俺はカティアに一喝された。
「今のは約束を破った罰です。私の気持ちだと思ってください。でも、決めるのはあくまで姫様です。……それにどうせ、私の力でどうにかなる話でもありませんしね。自覚していないようですが、あなたは一人でこの世界を滅ぼすこともできるのですよ。
さあ、そろそろ降ろしてください。このままだと不審に思われます。場所を変えましょう。それと、私にチョコバナナクレープとミルクティーを奢ること。オリジナルカップ付きで。いいですね」
俺たちはパークのキャラクターがいるレストランに入った。
もちろんカティアはまた、サングラスをつけている。ソラは嬉しそうに彼女の手を引っぱった。
「カティア、早く早く。席を取らないと、座るところがなくなっちゃうよ」
「ソラちゃん……そんなに、せかさないでください。それに私は、ソラちゃんとは今日、初めて会ったんですよ」
「えっ? でもカティアなんでしょ。カティアはソラに、色々と話してくれたよ」
「ソラちゃんの知っているカティアは、私であって私ではないのです。そのことについては色々とややこしいので、座ってからお話ししましょう」
「うん、わかった」
俺たちは運良く6人用の席を取ることができた。
カティアは俺の正面に座った。テーブルに注文した料理やドリンクが並ぶと、彼女はまたサングラスを外した。
「私は10年前、ダルシスタン帝国の暗殺者に殺されました。単身で帝都に潜入しようとしていた時です。敵にとっては、最優先で排除すべき対象でしたから……私はあの戦乱では、何ひとつ貢献していません」
「えっ、でも。先生は私を助けてくれたじゃないか。崩壊した王都から逃がしてくれた。その後もすっと守ってくれた。その時はまだ子どもだったが、鮮明に覚えている」
「姫様を救出したのは私ではありません。ラジョアのスキルで保存された私の人格です。ラジョアは身近な人間の人格を保存して、再現することができるのです。たとえば、人工知能のプログラムのように……そうですよね?」
「あれは先生だ。疑う人間は……死ねばいい」
「ええ、あれは確かに私でした。でも、それは肉体を持った私ではありません。
私は一度、死にました。そしてこの世界の赤子として生まれ変わったのです。……ラジョア、ありがとう。あなたがいなければ、姫様は守れなかった。そして私のコピーである彼女を知ることもなかったでしょう。彼女は私の苦しみを全て背負って、消えていった。そのことは何度生まれ変わっても忘れません」
「……代わりに、私が死ねばいいと思った。先生さえ生きていれば、それでよかった。私は不出来な弟子だから。先生の身代わりになれれば幸せだった」
「あなたは私の自慢の弟子ですよ。もう、自分を縛るのはおやめなさい。
あなたには呪いの言葉はふさわしくありません。死ねばいい人間なんて、この世には誰ひとりいないのです」
「死ねばいい人間なんて、いない……」
「私は弟子に恵まれました。……ラジョアだけではありません。シャーリィも、王国の遺民のために命がけで尽くしてくれていたのですね。
でも、これだけは忘れないでください。ルネリス王国が滅びたのは私の責任です。私が侵略者を殲滅していれば、王国を滅ぼすことも……あなた方弟子を苦しめることも、なかったはずです」
「それって、もしかして……自分が人間爆弾になるつもりだったってことか?」
俺はあの、忌まわしい計画を思い出した。
魔力の暴走……それを人為的に発生させる方法を、カティアは解明していた。こっちの世界の核兵器みたいなものだ。
「当然でしょう。魔力も知識も、あの時のルネリス王国では私が最大でした。
それに私は死んでもまた、どこかの世界に生まれ変わることを知っていました。【真実の目】のスキルの効果です。
だから、その時のための準備もしていました。生まれ変わった時に、記憶を保持する。そのための魔法の開発です。そうすれば仮に死んでしまっても、いつかは姫様と王国のために働ける……そう思っていました」
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