予期せぬ再会

 まあ、そんなこんなで……。

 やたらと騒々しかったが、俺たちはテーマパークを存分に満喫していた。

 本当に来てよかった。ソラも喜んでいる。例によってラジョアは『死ねばいい』ばかりだが、楽しんでいることは間違いない。俺も、もう慣れた。言葉じゃなくて、表情で判断するのがコツだ。 


「そろそろ昼メシにするか。ポップコーンとジュースだけじゃ足りないだろう。みんな、何がいい?」

 

「ソラ、おいしいのがいい!」


「肉よ、肉。とにかく肉を食べなきゃ。ドラゴンの血が騒ぐわ」


「私は、好き嫌いはない方だが……あの大きいネズミの肉だけは嫌だ。想像しただけで、悲しい気分になる」


 いや、食べないから。そんなのメニューにないから。

 ツッコミを入れようとした時。俺はまだ、全員の意見を聞いていないことに気づいた。


「そうだ、ラジョアは何がいい? ラジョア。おい、ラジョア……」


 ん? 反応がない。トイレにでも行ったのか?

 ラジョアにとっては初めての異世界、それもこの人ごみだ。大人が迷子になっても不思議はない。

 ……おっと、なんだ。いるじゃないか。

 ポップコーン売り場の近くに姿を見つけて、俺は胸をなでおろした。

 ラジョアは小学生くらいの女の子と話をしているようだった。もちろん、こんな場所に知り合いがいるわけがない。


「おい、ラジョア。その子はどうしたんだ。……迷子だったら、親を探そう。キャストに頼めば手伝ってくれる」


 だが、ラジョアは答えない。


 俺は異常を感じて近くまで、かけ寄った。

 ラジョアが肩を震わせている。泣いているのか? 俺が見ている目の前で、そのまま崩れるように膝をつく。


「おい、大丈夫か。どうしたんだ、ラジョア。ラジョア!」


「うっ、うくっ……」


 俺は向き合っている女の子を観察した。

 年齢は10才くらい。チェックのスカートの下にタイツをはいている。上半身はピンク色のダウンジャケット。肩に真っ赤なポーチをかけている。黒髪をショートカットにしたかわいい子だ。


 その少女は、紙とセロハンでできたオモチャのサングラスをかけていた。キャラクターがついているから、ここのショップで買ったんだろう。

 ……でも変だ。ラジョアがあんなに動揺しているのに、やけに落ち着いている。


「泣かないで、もっとよく、私に顔を見せてください」


 少女は、まるで大人のようなしぐさでラジョアの頬に触れた。


「あなたに、また会える日が来るとは思ってもいませんでした」


「よ、よくぞご無事で……」


「無事ではありませんよ。ちゃんと一度、しっかりと死んでいます」


 少女は、かすかに笑ったようだった。


「お願いです。私のために、少し頭の中を見せてください。そうですね……3分もあれば充分でしょう。この10年間にあったことを、私も知らなければなりません」


「おいラジョア、この子は誰なんだ!」


 その女の子は、急に振り返って俺を見た。

 な、なんだ。すごい威圧感だ。最強のはずの俺が気圧されてる。


 その少女は俺に自分のスマホを突きつけた。


「あなたが姫様をたぶらかした『スケコマシ』ですね。……口コミで拡散されてますよ。二人の美女をはべらす『うらやまケシカラン奴』『あまりにも似合わないカップル』。

 これを見て、すぐに姫様だとわかりました。場所と時間さえ特定できれば、目撃地点から現在地を割り出すことなど造作もありません」


 えっと、なんだ。この感じ。

 なんか記憶にある。いや、絶対にどこかで会っている。


 彼女はオモチャのサングラスを外した。

 右の瞳だけが血のように赤い……オッドアイだ。俺は思わず息をのんだ。


「あなたには、聞きたいことが山ほどあります。

 隠しても無駄ですよ。私は【真実の目】というスキルを持っています。私をあざむくことは誰にもできません」


「おいおい、まさか嘘だろう……」


 【真実の目】、オッドアイ、そしてこの迫力。

 すべての情報は、この少女がカティアだと示している。


「それは私のセリフです。美しく成長した姫様はいいとして……別れた時と同じ姿のラジョア、魔力の化け物のような男性、人間の姿をしたドラゴン。その子どもは……予知能力者ですか。本当にもう、何がなんだか。受けとめるだけでも精一杯です。

 ああ、でも……中途半端な説明はしないでください。かえって混乱します。これから、ラジョアの記憶を見せてもらいます。それが済むまでは静かにしていてください。詳しい話はその後でします」


 それだけ言うと、少女はまた黙ってしまった。

 少女……いや、カティアは、膝をついたラジョアの肩に手を置き、目を閉じた。


「ダーリン、どうしたの?」


「お兄ちゃん、あれ。カティアでしょう。目が赤いもん」


「ショウヘイ……まさか、本当に先生なのか?」


 仲間たちも集まって来た。

 でも俺にだって、説明できるほどの情報があるわけじゃない。


「向こうも準備が必要らしい。とりあえずは待とう。……でも、間違いないと思う。あの目はカティアだ。忘れるわけがない」


 さっき自分で否定したばかりなのに、俺はもう確信を持っていた。

 あれはカティアだ。王国が滅びた時の魔法師範。その後もラジョアの中から、ずっと俺たちを導いてくれたシルフィの家庭教師。その人に間違いない。


 ……でもどうして。カティアが俺たちの前から消えたのは2か月前のことだ。

 この子はさっき、10年間の記憶を取り戻すと言った。つまりそれよりも前に、こっちの世界にいたことになる。


 

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