テーマパークのお姫様

 委員長たちとは、そこで別れた。

 ゲートの長い列を抜け、ようやくパーク内に入る。


「ショウヘイお兄ちゃん、見て見て。向こうにお城があるよ!」


 ソラが興奮した声をあげた。

 いい天気だ。空気は少し冷たいが、雲もほとんどない。


「ねえねえ、この大きな木はなあに? キラキラしたのが、いっぱいついてる」


「そうか……ソラは、もちろん知らないよな。ここは12月になるとクリスマスバージョンになるんだ。ツリーだけじゃなくて、パーク中が飾りつけされる。他にも色々あるから見て回ろう」


「クリスマス?」


「神様の誕生日を祝うお祭りだよ。サンタクロースっていうお爺さんが家に来て、子どもにプレゼントをくれるんだ。もちろん、ソラの分は俺が買ってやる。ドンとまかせとけ」


 俺には異世界で稼いだ金貨がある。

 そのままでは使えないが、ミリアのおかげでうまく換金できた。今、俺のスマホには電子マネーがたんまりと入っている。


「ショウヘイ、どうしてみんな走っているんだ?」


 今度はシルフィが聞いてきた。


「アトラクションに並ぶんだよ。俺たちも出遅れないように……」


 その時、ふと気づいた。

 人の流れが少しおかしい。順番を取るために走っていく客とは別に、俺たちのまわりにも人が集まってくる。


「こっちだよ。早く早く」


「ここは穴場だぞ。ほら、さっさとスマホを出せ!」


 いつに間にか俺たちは囲まれてしまった。

 性別も年齢も関係ない。小さい子どもから大人までいる。その手に握られているのは例外なくスマホだ。


「うわぁ、きれい。シンデレラ……それとも、ラプンツェルかな」


「あれ、エルサだよ。知ってる。雪の女王様なんだよ」


 キャラクターの名前を言ってもいいのか……いや、違う。これは生の声だ。

 よく考えたらここは日本だ。俺のために翻訳する必要はない。


「すいません、写真撮ってもらえませんか。背景にお城を入れて……こんな感じでお願いします」


 俺はようやく気づいた。

 シルフィとリーリアは、今日はドレスを着ている。向こうの世界の服でも、この場所なら違和感がない。勝手にそう思っていた。


 だが、それは普通の女子高生とかが仮装してた場合だ。

 ドレスを着た金髪と銀髪の……それも、とびきりの美女が目の前を歩いていたら。どう思われるかなんて決まっている。


「キャストの方ですよね。並んでもらいましょう。手伝いますよ」


「い、いや。違うんです。えーと、その……そうだ。職業を【大賢者】に設定して……」


 俺はスマホにデータを高速で打ちこんだ。


「ステルス!」


「うわっ、なんだ?」


「消えたぞ!」


「お姫様はどこに行っちゃったの?」


「よし今だ、みんな走れ!」


 中心にいた俺たちが急に消えたせいで、人の輪がバラけた。

 手をつないでお互いの位置を確認すると、その合間をぬうように脱出する。


 ハア、ハア、ハア。

 建物の陰に逃げこむと、俺はスマホに話しかけた。


「ミリア、どうすりゃいいんだ」


「ハイ、ショウヘイ様。右手前方のキャラクターショップに行って、買い物をすることをオススメします。そこに売っている『ネズミの耳のような髪飾り』をつければ、少なくともキャストに間違えられることはありません。お二人の美貌を隠すためにサングラスをかけると、身バレを防ぐ可能性がさらに上昇します」


「あっ、そうか。おまえは天才だな」


「イイエ。私はデータに基づいて最適の回答を提案しているだけです。いわゆる天才というカテゴリーには該当しません。あくまで決めるのはショウヘイ様です」



 ミリアのおかげで、それからは人に囲まれることはなくなった。

 それにしても、ネズミの耳をつけたシルフィとリーリアはかわいい。パークのキャラクターと間違えられることはなくなったが、注目の的であることは間違いない。


 ぎゅっ。

 シルフィが右手を握ってくる。うわわ、身体もくっつけてきた。


「これがデートなんだな。ここに先生がいたら、叱られていたかもしれないが……私はこうしているのが幸せだ」


「ふん、姫様を惑わす男は死ねばいい」


「ラジョアちゃん、固いことは言わないの。……それにもう、手遅れよ。シルフィちゃんも私も、ダーリンにメロメロなんだから。他のオスのことなんて目に入らないわ」


 リーリアが俺の左腕に、自分の腕をからませてきた。

 ふうっと首筋に息をかけてくる。ドラゴンだけに、息が燃えるように熱い。


『くっ、くそ。なんだこの男は』


『ありゃあ何かの間違いだ。やっぱり金か。大金持ちのボンボンなのか……』


 ふふふ、聞こえないと思ってるだろう。

 俺の聴力をナメるなよ。ステータスってのは腕力や魔力の数値だけじゃないんだ。集中すれば、視界の中にある声くらいは全部、聞き分けられる。


 すれ違う客たちからの嫉妬の視線が心地いい。もちろんテンションも爆上がりだ。


「よしっ、せっかく来たんだから遊び尽くすぞ! ミリア、ナビゲーションを頼む」


「ハイ、ショウヘイ様! スマホ画面にアトラクションを表示します。お好きな物を選択してください。最短の攻略ルートを計算します」


 俺たちはまず、キャラメル味のポップコーンをバケットで買った。

 それからアトラクションだ。コースター系のアトラクション、ホラー系、物語の世界を周回する奴。それから、それから……。


「ショウヘイお兄ちゃん。このカリッとしてふわふわのお菓子。甘くて、すっごくおいしいよ。ソラが持っててもいいの?」


「どうぞ。食べ終わったら、中身だけ入れてくれるんだ。違う味のもあるぞ」


「ショ、ショウヘイ。なんだこの速さは……ううぅう、吹き飛ばされる。うわっ、右! 今度は左か! なんでみんなバンザイなんかしてるんだ」


「シルフィちゃんは大げさなのよ。こんなのドラゴンの世界じゃ、赤ちゃんだって怖がらないわ。ほら、次。次に行くわよ」


「こ、こんなアトラクションを作った人間は、死ねばいい……」

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