千葉県のあの場所で

   ※  ※  ※


 カチャカチャ、カチャ。

 くそっ。ベルトがうまく締まらない。

 男物の服に着替えた俺は、今まで着ていた服をリュックの中に入れた。


「ショウヘイお兄ちゃん、これ。忘れてるよ」


 ソラが渡してくれたのは、まだ体温が残っているブラジャーだった。 

 これがさっきまで、生のオッパイに密着していたと思うと……いやいや、アレは俺だ。自分が付けていた下着に興奮してどうする。


「お兄ちゃん。あんまり動くとキツいよ」


「あ、そうか。ごめん」


 女子トイレの個室に二人は狭い。

 本当は障害者雇用のトイレを使いたいところだったが、入口に並んでいる列を見てあきらめた。

 委員長の姿では、男子トイレには入れない。かと言って男性が女子トイレから出てきたらギョッとされるに決まっている。ソラは、そのための保険だ。


 個室を出ると、俺はわざとソラに手を洗わせた。


「うわあ、何もしないのに水が出るよ。魔法じゃないよね」


 クスクスと笑う声が聞こえる。

 よし、これなら不審に思われない。

 俺はペコペコ頭を下げながら、女子トイレから脱出した。


 もちろん、外には仲間たちが待っている。その中でも一番目立つのはガルシアだ。開場前のゲートはかなりの人で混み合っていたが、迷う心配はない。頭ひとつどころか肩まで抜け出ている。


「おお、ショウヘイ。コッチだ、コッチだ」


 ガルシアが大きな手を振った。

 プロレスラーも真っ青な太い腕だ。それだけで間にいた群衆が割れて、道ができる。


 えっと、シルフィとリーリア、委員長もいるな。ラジョアはどこだ……ああ、いたいた。ガルシアの横か。相変わらず例のジトっとした目で俺を見ている。


「女を待たせるような男は、死ねばいい」


「まあまあ、そう言うなよ。ショウヘイだって大変だったんだ。それにシオリが二人もいたんじゃ、俺だってどっちとデートすればいいか迷っちまう」


「……ちょっと。今のは聞き捨てならないわ。まさか、本物と区別がつかなかったなんて言わないわよね」


 委員長がトゲのある言い方をした。

 失言に気づいたガルシアが、ピクリと反応する。


「そ、そんなことあるか。俺は最初からわかってたさ。……だって着ている物が違うじゃないか。実家から持ってきたんだってな。そのワンピースってやつ、似合ってるぜ。ショウヘイが着てたダサい服とは大違いだ」


「服で区別してたの?」


「い、いや。だから、そうじゃなくて。頼む。ショウヘイ、助けてくれよ……」


 ガルシアは、すがるような目で俺を見た。

 たしか、この人の実年齢は30才だったはずだ。委員長よりひと回りも年上だが、主導権がどっちにあるのかは明らかだ。


「俺のスキルは外見だけじゃなく、能力までコピーできるんだ。区別がつかなくて当たり前だろう」


「……そういう答えを求めてるんじゃないの。もう、鈍感なんだから。無理でもなんでもいいの。デートで好きな人を他人と間違っちゃうなんてアウト! わかる!」


「ま、まあ。そうだろうけどさ」


 俺はタジタジになった。

 高校にいた時から、委員長には勝てる気がしない。


「佐野クンは、いろいろと雑なのよ。見限って正解だったわ。……ところで、さっきのことだけど。そもそも、トイレで着替える必要なんかあったの? お得意の魔法があるじゃない。ステルスとやらを使えば、誰にも気づかれないんでしょう。まさか、女子トイレに入りたかっただけとかじゃないわよね」


 うわっ、完全に八つ当たりだ。


「仕方なかったんだよ。こんなに人の多い場所で、ぶつかったら解けちゃうような魔法は使えないだろう。それにみんなスマホで、あちこちで写真も撮ってるし……。

 ステルスは印象を操作するだけだから、写真にはバッチリ写っちゃうんだ。放っておいたら、明日にはネットで神霊写真のオンパレードだぜ」


「……ショウヘイ、もういい。わかった、俺が悪かった。シオリ、ごめん。土下座でもなんでもする。許してくれ。過去も現在も未来も。俺にはおまえしかいないんだ。

 俺はずっと、生涯でたった一人だけの女を愛そうと決めてた。だから仲間から売春宿に誘われても、ついて行ったことがない。……この年になって女性経験がないなんて、気持ち悪いだろう。でも、俺は後悔してないぜ。最高の女に出会えたんだ。むしろ良かったって思ってるくらいさ」


「ひ、人前でなに告白してるのよ。恥ずかしいからやめてよ……」


「構うもんか。俺にとっては、生まれて初めての恋なんだ。約束する。俺は一生、おまえだけしか愛さない。他の女には触れない。もし裏切られたと思ったら、心臓をえぐり出して殺してくれ」


「バ……バカ。普通の女の子だったら、間違いなくドン引きされるわよ」


 言葉とは裏腹に、委員長はまんざらでもない感じだった。

 ガルシアのでっかい手を、ぎゅっとにぎる。

 

「でも、まあ。いいか。私も普通の女の子じゃないものね。……それなら、ちゃんとエスコートしなさい。女子高生を口説くなんて、こっちの世界だと犯罪なんだからね。警察に捕まるのが嫌なら、私に本物の恋をさせてちょうだい。

 じゃあ、佐野クン。私はこの人とデートをしてくるから。ここで別れましょう。帰る時はミリアさんに連絡するわ」


「お、おう。わかった」


「念のために言っておくけど。私の体で遊ばないでね」


「バカ、当然だろ」


 ブラを直す時、むにゅっと触ったとか。そのことは死ぬまで黙っていよう。

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