特別読み切り短編

グランドフィナーレ、あるいは新しい物語へのプロローグ

委員長の提案

「ねえ、佐野クン。お願い」


 発端は委員長の、そのひと言だった。


「異世界……っていうか、元の世界に戻るの。手伝ってくれない?」


 委員長は【送還】というユニークスキルを使える。

 その能力は、一方的に異世界へあらゆる物を送りつける。考え方によっては、目の前から何でも消し去ることができるチートなスキルだ。

 ただし、自分だけは異世界に行くことができない。その場合は俺が委員長のスキルをコピーして、同時に【送還】を使う必要がある。


「いいけど、どこにいくんだ? 実家か?」


「デートよ、デート」


「デート!?」


 俺は思わず大きな声を出してしまった。


「あれから、もう二か月よ。ずっと休みなしで働いてきたんだもの。一日くらい休みをもらってもいいと思わない?」


 王国と帝国との平和条約は順調に履行されていた。というか、ドラゴンを使った威圧で無理矢理に履行させていた。

 帝国の占領地だった場所にはすでに五万人以上の解放奴隷が集まり、集落ができあがりつつあった。最終的には十三万人の解放奴隷たちで、平和で安定した国家を作る。それが俺たちの目標だ。

 最初は目が回るような忙しさだったが、最近は少しずつマシになっていた。

 シャーリイが開放奴隷の中から有能な人物を選んで、中立地帯の運営を手伝わせるようになっていたからだ。シルフィの故国、ルネリス王国が滅亡してから、まだ10年ちょっとしか経っていない。国家の中枢にいた人間のほとんどは虐殺されたとはいえ、優秀な人も何人かは生き残っていた。


「でも、俺にはシルフィとリーリアが……」


「ちょっと、自意識過剰もいい加減にしたらどう。自分の胸に手を当ててみなさい。お姫様とドラゴン。堂々と二股かけてる男の子なんて、こっちの方からお断りだわ。

 私にだって、好きになってくれる男の人くらいいるのよ。ちょっと年上っていうか……筋肉ムキムキのおじさんだけど。この前、プロポーズされちゃったの。けっこう本気みたい。佐野クンよりもよっぽど誠実でいい人よ」


「あっ、そうか。ガルシアさんか」


 俺はようやくピンときた。

 ギルドの有力者で、もちろん優秀な冒険者だ。

 委員長の奴隷だったミオを救出する時は、色々とお世話になった。見た目も中身もオッサンだが……とてもいい人なのは間違いない。

 

「それで、どうするんだ」


「だから、デートもしたことない人と結婚するなんて嫌だって言ったの。そしたら、どこにでも行くって……地獄の果てとか悪魔がいるダンジョンとか。いい人なんだけど、ちょっとズレてるのよね。だから日本のテーマパークにしたわけ。あそこなら、中世風の服でもコスプレで通用するでしょう。

 だから、佐野クンも自分の彼女を連れてデートに行けば。シャーリイさんには許可をもらってあるわ。佐野クンとシルフィさん、リーリアさんにも休みをくれるって。明日はお互いに楽しみましょう。もちろん別行動でね」



 そんなこんなで、話はトントン拍子に進んだ。

 ただし純粋なデートの話は、いつのまにかパーティーメンバーの慰安旅行みたいになってしまっていた。ソラは前から俺のいた世界に行きたがっていた。それにラジョアを置いていったら、後でどんな呪いの言葉を浴びせられるかわからない。


「テーマパークって何なんだ?」


「ダーリン、その『東京ナントカ国』って強いの?」


 シャーリイやリーリアもノリノリだったけれど、最初の食いつきはそこからだった。


「いや、だから『東京✖️✖️ランド』ってのは国じゃなくて……おい、ミリア。もっとうまく翻訳してくれよ。それと、どうして伏せ字にするんだ。もともと作った人の名前なんだから、そのままでいいだろう」


「イイエ。ショウヘイ様、『テーマパーク』と同様の意味を持つ言葉がないので、翻訳は不可能です。それに企業グループとしての✖️✖️は版権に非常に厳しいことで知られています。勝手に名称を使用することはできません」


「別に、個人的になら構わないんじゃないか……」


「私はスマホと融合して生まれた人工精霊です。データを使用している以上、ショウヘイ様の世界のスマホと同じように倫理的に拘束されています。いくらショウヘイ様の命令でも、できないことはできません」


 俺は説得するのをあきらめた。

 ミリアは完璧な人工精霊だが、こういうことには融通が効かない。


「ソラは知ってるよ。『てんまぱんつ』ってすごいんだよ。人間みたいな動物がいっぱいいるんだ。ネズミとか、犬とか、アヒルとか。服だって着てるんだよ。ミリアに見せてもらったもん」


「モンスターか……人間のマネをするほど知能が高いとすれば、かなり厄介だな。そんなに危険な物がウヨウヨいて、ショウヘイの世界の人間はどうやって身を守ってるんだ?」


「わかんないけど、近づくとみんなスマホを向けてたよ。そうすると動きが止まるんだ」


「スマホにモンスターを攻撃する機能がついているのか……なるほど。勉強になる。つまり『テルマバーツ』というのは、初心者用のダンジョンみたいな物だな。ソラのレベルアップにはちょうどいい。わかった。私も協力する」


 いやいや違うから。危険なんてないから。そもそも、ヌイグルミだし……って、これは言っちゃいけないのか。


 俺は大汗をかきながらシルフィに説明した。

 委員長はガルシアのことをズレてると言っていたが、シルフィも相当なものだ。いや、もっとひどい。


 でもまあ……ふふっ、美女を連れてテーマパークか。半年前の俺なら、そんことが実現するなんて考えもしなかったな。


 思わずニヤけてしまう。


「わかった、ドレスだな。ショウヘイに恥をかかせるといけない。ラジョア、一緒に何がいいか選んでくれ」


「ふん、姫様に気を使わせて……死ねばいい」

 

「私もドレスでいいのよね。シルフィちゃん、何か貸してくれる?」


 くうぅ、テンション上がるぜ。

 恋人とデート。それもあのテーマパークだ。


 シルフィとリーリアなら何を着ても似合う。

 ドレス姿の二人を想像しながら、俺は委員長に心から感謝していた。

 

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