送還

「スマホを取り上げられちまうのか」


「まだ、機種代金終わってないのに……」


 勇者候補生から、ブツブツと不満の声が上がった。


 まあ、それはそうだろう。

 異世界に来てからは、スマホだけが元の世界をつなぐ糸だった。異世界とは物理的にはゼロ距離だから、ネットだって見られる。人工精霊は話し相手になってくれるし、写真や動画だって記録しているはずだ。……でも、だからこそ。持ち帰ってもらうわけにはいかない。


 シャーリィが、委員長を連れてきた。

 シルフィとソラも一緒だ。二人とも大きなカゴを持っている。


「ショウヘイ、もういいだろう。そろそろ始めよう」


「佐野クン、後は任せて」


 シャーリィが注意を引くように、パンパンと手をたたいた。

 

「勇者候補生の諸君! 説明は以上だ。これから君たちを送還する。スマホを持って一列に並んでくれ。スマホを手放すと、この世界の言葉はわからなくなるが、心配することはない。送還スキルの所持者であるシオリは、君たちと同じ異世界人だ」


「安心してください。私が確実に日本まで送り届けます。スマホをカゴに入れたら、目をつぶってください。……いいですね。向こうに行ってからは自由ですが、全員の送還が終わるまではその場を動かないようにお願いします」


 それから委員長は、勇者候補生を一人ずつ送っていった。

 彼女が呪文を唱えると、人間が最初からいなかったように消えてゆく。少し離れて見ていると、まるで虚無の空間に人間が吸いこまれていくようだ。


「元気でね」


「さようなら」


 委員長は一人ひとりに声をかけていた。

 彼女にとって勇者候補生は、王国で一緒に戦っていた戦友だ。なんとなく寂しそうに見えるのもそのせいだろう。


「幸子、無事で良かった……」


 最後のひとりは、帝国の捕虜になっていた女性だった。

 シャーリィが持っていたスマホにデータがあった。前に要塞に来た時、委員長を呼び出すために使った名前だ。


「あんまり無事じゃなかったけどね。拷問とか、結構キツかったよ。でも体のキズは全部詩織の彼氏が治してくれたから大丈夫。アッチの方は……忘れるわ。妊娠しなかっただけでもラッキーだったと思わなくちゃ」


「幸子……」


「いいのよ、いいの。夢よ、夢。みんな夢。詩織はマジメすぎるのよ。そんなの犬にかまれたのと同じだって。それより、あなたは彼氏を大事にしなさい。……佐野クン、だったっけ。今は別の名前を使ってるみたいだけど。一緒に残ってくれるんでしょう」


「佐野クンは彼氏じゃないわ。フラれちゃった」


「えっ、詩織を振る男なんているの。信じられない」


 うわっ、なんか視線が痛い。

 彼女を治療した時、俺はうっかり本名を明かしてしまった。委員長と一緒だったから、気がゆるんでいたのかもしれない。ネタバレした相手には偽装スキルは無効だ。


「正確には、私が振ったんだけどね。ようやく会えて……勇気を出して告白しようと思ったら、もう彼女が二人もいるんだもん。それも私よりずっと綺麗な金髪と銀髪の女の子。これって犯罪だよね」


 金髪と聞いて、幸子はハッと気づいたようにシルフィを見た。

 シルフィはスマホの入ったカゴを持ったまま、不思議そうな顔をしていた。

 委員長の人工精霊が、翻訳の必要はないと判断したんだろう。シルフィは日本語は『おはよう』と『愛してる』くらいしか知らない。


「詩織の家族には、私から無事だって伝える。異世界で幸せに暮らしてるって。住所と電話番号、メモしといたから」


「ありがとう」


「忘れない……忘れないよ。詩織のことは一生、忘れない。離れていてもずっと友だちだから」


 幸子を送ってしまうと、委員長は指先でそっと自分の涙をぬぐった。


「佐野クン、終わったよ。ようやく終わったよ。そうだ……佐野クンも、せっかくだから里帰りしたらどう? 家族の人とか心配してるよ。元気だってことだけでも伝えてあげなくちゃ。後で、召喚魔法で帰ってくればいいでしょう」


「あ、あれか……確かに王国の資料を見たけど、あれは使えないんだ。召喚魔法を発動させるのに、魔法使いが百人は必要らしい。それに、自分たちで禁止しておいて、勝手にそんなことできないだろう」


「そうか。私が帰れないから、『佐野クンだけは』って思ったんだけどな」


「お姉ちゃんも、いせかいに行けるよ!」


 突然、ソラが声を上げた。


「委員長のお姉ちゃんが、ふしぎな国にいる夢を見たんだ。馬のない馬車が走ってて、四角くて高い建物があって、みんなスマホを持って歩いてるんだよ」


「どうやって、そこに行ったんだ?」


「わかんない……でも、同じお姉ちゃんが二人いた。二人とも委員長のお姉ちゃんなんだけど、服が違うんだ。ひとりは、お姉ちゃんの今の服。もうひとりはショウヘイお兄ちゃんが着てるような男の子の服だった」


「あっ、そうか」


 俺はようやくピンときた。


「佐野クン、どういうこと?」


「俺が偽装スキルで委員長になればいいんだよ。俺のスキルは能力もコピーできる。二人で同時に【送還】を使えば、一緒に向こうの世界に行けるはずだ」


 俺の言葉が委員長に染みこんでいくまでに数秒かかった。

 同時に行って、同時に帰って来れる。つまりはそういうことだ。


「帰れるの……私も?」


「ああ、そうだ。シルフィ、委員長を異世界に送っていく。悪いけど、少しだけ時間をくれないか。半日……いや、二、三時間でいい。できれば俺も、家族の顔くらいは見ておきたいんだ」


「それはいいが……必ず帰って来てくれるんだろうな」


 シルフィは自分の下腹部にそっと触れた。


「このところ、ココが熱くて仕方がないんだ。先生は、私のユニークスキルのせいだと言っていた。これを鎮められるのは、ショウヘイだけらしい。やり方までは教えてくれなかったが……ショウヘイと離れると考えただけで苦しくなる。私は、おかしくなってしまったんだろうか」


 ズキュン。

 つ、つまりアレだ。あれのことだ。


「……ハイ、そこまで。エッチな会話は二人だけの時にしなさい。佐野クン、シルフィさんも心配しなくていいわよ。両親の顔だけ見たら、私もすぐに戻ってくるから。二人そろえばいつでも行って帰って来れるんでしょう。私もどうせ、こっちの世界で暮らすつもりだったから。その気持ちは変わらないわ。

 だって、こんなにやりがいのある仕事って他にはないもの。ミオとも別れたくないし……。

 シャーリィさんの理想は素晴らしいと思う。でも、それには人手が足りないでしょう。奴隷たちの解放は、私もずっと望んでいたことだもの。できるだけ力になりたいの」


 委員長は急に俺に向き直った。


「だからね、佐野クン。家族の顔を見たらすぐに帰るわよ。まだまだやることは、山ほどあるんですからね。彼女を両親に紹介する時は、また送ってあげる」


「ハ、ハイ。わかりました」


「シルフィさん、佐野クンをちょっとだけお借りします。……さあ佐野クン、そうと決まったら善は急げよ。時間は有意義に使わなくちゃ」


 俺は偽装スキルを発動させた。

 背が縮み、胸がパンパンに膨れていくのを感じながら、俺はドン引きされた時のリアクションをずっと考え続けていた。


 

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