エピローグ 異世界からの帰還

後始末

「アニキ、アニキ……」


「えっ、ああ。ジリオンか。呼んだか?」


 なんだか、少しぼうっとしてた。

 ここは、えっと……そうだ。ドラゴンの背中だ。


 和平条約が調印されても、それで俺たちの仕事が終わったわけではなかった。

 むしろそれからが始まりだった。解放された奴隷を中立地帯に移動させるだけでも、気の遠くなるほどの大仕事だった。資金や食料は二つの国から引き出したが、それをどう使うかはこちらで考えなくてはならない。


 カティアがいれば……。

 正直、そう思わなかったと言えば嘘になる。でも、残った者だけでやるしかない。

 一日だけ泣いて、次の日からは誰もカティアの名前を口にしなくなった。みんな、わかっているから。カティアの意思を実現して、その後にまた泣けばいい。目的のために動き続けている間は、俺たちはまだ、彼女とつながっていられる。


「アニキ、大丈夫ですかい? 落ちたりしないでくださいよ」


「わかってるよ。それより、少し先に村があるみたいだ。高度を下げてくれ。注意してくれよ。ちょっと脅してやるだけだ。また、家の屋根を吹き飛ばしたりするなよ」


「わかってますさ、アニキ。うまくやりますよ。アニキや姉ちゃんに恥はかかせません。オレだって役に立つことを見せてやります」


 俺とジリオンはここ数日間、ずっと帝国の上空を飛び回っていた。

 ドラゴンへの恐怖を帝国中の人間に印象づけ、和平を確実にするためだ。王国の方にはリーリアが行っている。


 ピロン、ピロン、ピロン。

 その時、着信音があった。


「ショウヘイ様、スマホの通信圏内に入りました。シャーリィ様から一件の新しいメッセージがあります」


 俺はスマホの画面を見た。


『生き残った勇者候補生が全員そろった。サルサの要塞に来て欲しい。シオリもいる』


 よしっ、これで召喚された人間を元の世界に戻せる。

 委員長のユニークスキルは送還アンサモンだ。自分以外の生物なら強制的に何でも異世界に送ることができる。


『すぐ行く。待っててくれ』


 俺は片手でメールを打つと、ジリオンの背中をポンとたたいた。


「悪い、威圧飛行は中止だ。すぐにサルサの要塞に飛んでくれ。それとミリア、飛行ルートのナビを頼む」


「合点だ、アニキ!」


「ハイ、ショウヘイ様」


 ジリオンが速度をグンと上げた。

 元の世界か……。

 この世界に来てからまだ、ほんの数か月しか経っていない。だが俺にはもう普通の高校生だった頃のことが、現実味のない夢のように感じるようになっている。

 


  ※  ※  ※



 おおぉう。

 驚きと畏怖の混ざったようなため息が、あちこちから漏れた。

 ドラゴンの威厳は絶大だ。集まっていた百人以上の人間が見守る中、ジリオンは要塞にある中庭にゆっくりと着地した。


「ショウヘイ殿、お疲れ様」


 ジリオンから降りると、すぐにシャーリィが駆けよってきた。

 相変わらず男装のままだが、自分を偽ることをやめたせいか、前よりも女性っぽくなっている。それが少女マンガのキャラみたいでドキッとするほど色っぽい。


「生き残った勇者候補生は、これで全部だ。126名中、83名。全員が元の世界への帰還希望者だ」


「俺から話をしてもいいか」


「もちろん。異世界の事情は私にはわからないからな」


 俺はズラリと並んだ勇者候補生の前に進んでいった。

 召喚された時に見た顔もあるが、俺のことは覚えていないはずだ。偽装スキルで、最初からこの世界には来なかったことになっている。


「おいおい、誰だコイツ。味方なのか」


「ちょっと待て。竜から降りてきた奴だぞ。様子を見ようぜ」


 コソコソと話す声がする。

 あまり信用されていないようだが仕方がない。

 勇者候補生たちは臨戦体制にあったから、あの会見を見ていた者はいない。いきなり『戦争が終わった。家に帰してやる』と言われても、すぐには信じられないのが普通だ。


 俺は肺いっぱいに空気を吸った。


「俺はドラゴンの仲介者、エランドだ! このドラゴンの友人としてここにいる。そうだろう、ジリオン!」


「グォォオオオオン!」


『水臭いこと言わないでくださいよ。オレは弟分……いや姉ちゃんの旦那なんだから、義理の弟でしょう』


 俺のためにミリアが翻訳してくれたが、勇者候補生の持っているスマホには、ドラゴン語の翻訳機能はない。

 ジリオンの咆哮には絶大な効果があった。一気に空気が引きしまり、全ての意識が俺に集中する。


「……ひとつ、確認したい。この世界にとどまりたい人間はいるか? いたらこの場で申し出てくれ。ただし、条約で異世界人を国家が雇用することは禁止された。奴隷も解放することに決まっている。王国が与えてきた特権はもうない」


「わかってるよ。帰る、帰るよ。帰してくれ」


「そんなの決まってるわよ。チカも、山根君も、田中君も死んだのよ……」


「オイシイことのひとつもないんじゃ、こんな酷い世界にいられるか」


 まあ、そうだろうな。

 どうしても戻りたくない奴がいたら冒険者のクチでも紹介してやろうかと思ったが、その必要はなさそうだった。


「わかってるだろうが、元の世界には【魔法道具としてのスマホ】は持ち帰れない。魔法に関する全ての物も同じだ。

 ここで身につけた能力までは奪えないが、元の世界に戻ったら魔法は使わない方がいいと思うぜ。ヒーローになるより先に、たぶん警察に捕まる。同じ理由で、この世界のことをペラペラ話すのもおすすめしないが……あとはまあ、自己責任だ。悪い夢でも見たと思って忘れた方がいい。元の世界で幸せに暮らしてくれ」


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