休戦交渉【その4】
「……わかりました」
「えっ?」
「なにっ?」
このタイミングでリーリアが発言するとは思ってもいなかったのだろう。
皇帝と国王が、同時に彼女の方を見た。
「人間に信頼関係が足りないのなら、私がドラゴンを代表して双方の安全を保障して差し上げましょう。ちょうど、弟にも罰を与えなければならないと思っていたところです。
今回の戦闘で帝国軍が占領した土地は、小さな国を作れるくらいの広さがあります。そこを緩衝地帯として弟を駐留させます。もちろん周辺地域が安定するまでの期間だけで構いません。侵入した軍隊は帝国軍であっても、王国軍であっても弟が殺し尽くす。それならば戦闘など起きないでしょう」
「いや、しかし……」
「皇帝陛下。何か問題でもありますか?」
「これは人間同士の問題です。そんなに面倒なことを、王弟様にお願いするのはいかがなものでしょうか。それに占領地と言っても、住民のほとんどは戦争のために逃げ散っております。十分なお世話をする者もいないのでは、王弟様に申し訳がありません」
「多少の不便がなくては罰になりません。弟には我慢してもらいます。ドラゴンとして軽率な行いをしたのですから、それくらいのペナルティは当然です」
「いやいや……なかなか。これは名案ですぞ」
国王がそこに割って入った。
エミリア王国にとっては既に失った土地だ。交渉次第では、それ以上の領地を失うことも覚悟していただろう。停戦ラインで領土が確定すれば、国王にとっては上出来だ。
「ドラゴンが和平の保障をしてくれるのなら、我が王国としても安心です。
そうだ……なんならその土地を、そっくりそのまま女王陛下に差し上げてもいい。そうすれば、その地はドラゴンの支配する独立国になります。領土に侵入することは、ドラゴンに対して宣戦布告をするのと同じことです。勇猛果敢で名高い皇帝陛下にも、そこまでの度胸はありますまい」
「バカを言うな! 何を勝手に……あれは我々が戦争で奪い取った領土だぞ。もはや貴殿の国の土地ではない」
「元々は我々の土地です。条約で正式に割譲するまでは、名目上の所有権はエミリア王国の国王にある。なあ……ゼノリスよ。そうであろう」
国王は隣にいる侯爵に話を振った。
ゼノリス侯爵は、休戦交渉の王国側のパイプ役だった人物だ。当然、それなりの準備はしているはずだ。
「はい。あの地方は五十年以上の間、エミリア王国が統治してきました。前回の和平条約の際にも、帝国側が明確に所有権を認めています。国際的な慣例からすれば、現在も国王陛下の領地ということになります」
「……それなら問題はありませんね。あの土地は、私たちドラゴンが責任をもってお預かりします。安心してください。紛争の種がなくなり、両国の平和的な合意が成されれば、いつでも人間の手にお返しします」
この言葉にも、ちょっとした仕掛けがある。
紛争の種が消えることなど、永遠にあるわけがない。適当な理由をつければ、いくらでも引き延ばせる。もちろんそれは、皇帝もわかっているはずだ。
「ちょっと待て。いや、待ってくれ……」
「グォォォオン」
突然、ジリオンの雄叫びが大地を揺らした。
皇帝はビクッと身を縮めた。恐怖で真っ青になっている。
よし。これで反論を封じた。……ドラゴンを怒らせたら、自分の命どころか帝国そのものが危ない。皇帝は間違いなく、そう思っただろう。もちろんこれもカティアの指示だ。
「……さてと。これからは少し気の重い話をしなければなりません。人間の問題はこれで片付きました。後は、ドラゴンを利用したことに対する帝国への制裁です」
「制裁?」
皇帝はギョッとしたように、シャーリィを見た。
こんなことは聞いていないぞ。顔がそう言っている。
「当然でしょう。弟に罰を与えるなら、帝国にも罰を与えなければなりません。
我々ドラゴンが人間に利用されるなど、あってはならないことです。二度とそのようなことがないように、キッチリとケジメをつける必要があります。……皇帝陛下は弟をそそのかして、二万人の人間を殺させた。それで間違いないですね」
「い、いや。だからそれは合意の上での事なのです。我々は女王陛下を探す手伝いをする代わりに協力を取りつけました。それに弟君が直接、殺した兵士はせいぜい数千人というところでしょう。残りは全て我が軍の戦果です」
「そうなのですか?」
「グォォォオン」
再び、雄叫びが大地を揺らした。
「弟は、正々堂々と戦ったのはオレだけだ。帝国軍は、逃げる兵士を虐殺しただけだったと言っています。
それに、あなた方は私を探してなどはいないはずです。そもそも、最初から探す気などあったのかどうか……私が人間の姿でいる限り、見分ける手段はありません。つまり皇帝陛下は弟を騙したことになります」
「そ、それは違う。我々は王国全土を征服して、全ての人間の検査を……」
「方法があると言うのなら教えてください。ひとりずつ首でも絞めて、ドラゴンに変身しろと迫るつもりだったのですか? ばからしい。あなた方は、そんなことは最初から不可能だとわかっていたはずです」
「そ、そんな……」
皇帝は泣きそうな声を出した。
「もちろん、できもしないことを信じた弟にも過失があります。過ぎたことを責めるつもりはありません。
ただし、ドラゴンを利用して得た利益は放棄していただきます。……とりあえず、帝国軍が弟を使って殺した二万人。それと同じだけの数の兵士を用意してください。弟と死ぬまで戦っていただきます。もちろん返り討ちにするなら、それはそれで構いません。弟が死んでも報復はしないと約束しましょう」
「まさか、返り討ちになんてできるワケがない。ド、ドラゴンだぞ……」
「私は人間がそれほど無力だとは思っていません。私の叔父は人間の【勇者】とやらに殺されています。それに人間は、イナゴと同じくらい早く増えるのでしょう。二万人くらい死んでも、どうということはないはずです」
「ちょ……ちょっと待ってくれ」
「何か問題でも?」
「問題も何もない。無茶苦茶だ。二万人もの人間を殺すなど……兵士にも家族はいるのだぞ。そんな残虐なことが許されていいわけがない」
「惨虐? 惨虐なのは人間でしょう。弟から聞いていますよ。……勝ちに乗じて相当にひどいことをしたとか。私たちは同胞と、そんなふうに殺し合ったりはしません」
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