休戦交渉【その3】

「人間の王者たちよ。この地で、あなた方に出会えたことを幸運に思います。

 今日はドラゴンの女王としての私の意思を伝えるために来ました。すでにご存知だとは思いますが、ドラゴンには人類と同じ知性があります。この姿になったのは、人間に対する私なりの敬意だと思ってください」


 リーリアは国王たちに向かって言った……ように見えた。

 だが違う。


 誰も気づいていないが、よく見ると口の動きと言葉が微妙に合っていない。

 リーリアの言葉は、実はただの口パクだった。近くに隠れているカティアが委員長のスマホで話している。スピーカーとして使っているのは、シャーリィのスマホだ。こっちの方はたった今、服を着せた時に一緒に渡したばかりだ。


 皇帝と国王が、同時にひざまずいた。


「これはこれは、偉大なる女王陛下。ご機嫌うるわしく。帝国の臣民を代表してお祝いを申し上げます」


「陛下とお会いできて光栄です。女王陛下の仲介は、我が国にとってまさに天佑でした。この場を借りてお礼を申し上げます」


「勘違いはしないでください。私は人間同士の争いには興味がありません。

 私が仲介役を買って出た理由は、ただひとつ。神聖なるドラゴンの一族が、人間に利用されたことに対する責任です。……私の希望は、ドラゴンの介入がなかった時の状態に戻すことです。そのためにはまず、両国が休戦に合意してもらわなければなりません」


「願ってもないことです」


「我々は……条件次第ですな。帝国は戦争に勝っているのです。このまま続ければ、王国の息の根を止めることも可能でしょう。平和は結構ですが、それなりの条件をつけてもらわねば諸侯や国民が納得しません」


「人間に事情があるのは承知しています。そのために、わざわざこの場所に出向いたのですから。……さあ。挨拶はそれくらいにして、早く休戦交渉を始めましょう。私をいつまで立たせておくつもりですか?」


「それは失礼いたしました。……おい、陛下たちを早く席にご案内しろ」


 広場の中央には、すでに交渉場所として日除けのテントが立ててあった。

 外からも見えるように側面は開放されている。交渉は公開で行う。それが、こちら側がつけた条件だった。もちろん席につけない仲間との連携のためだ。


 テントの中には、すでに大きなテーブルと椅子が用意されていた。

 そこに対面で、帝国側と王国側に分かれて座る。リーリアと俺の席は、その側面だ。

 

「さてと……まずは休戦の条件についてだが。これについては、私の書記官から話をさせていただこうと思う」


 皇帝はシャーリィに目配せをした。

 彼女はずっと帝国のスパイをしていた。皇帝はまだ、自分の手足になって働いていると思っている。シャーリィは発言の前に頭を下げた。


「皇帝陛下の書記官を務めるシャンクスと申します。

 今回、帝国がドラゴンの手を借りる原因となったのは、王国側が異世界人の召喚を行ったからです。それによって両国の軍事バランスが大きく変わりました。

 戦争前の状況に戻すのであれば、まずはこの研究を禁止した上で異世界人をすべて元の世界に送還する必要があります」


「それは、理解できるが……どうやって? 我々の技術では召喚することはできるが、送り返すことはできない。召喚魔法は一方通行だ」


 国王は苦しそうに弁明した。

 もちろん王国にとっては不利な条件だ。だが、この状況では王国側は拒否できない。予想通りの展開だ。


「それについては、シオリという異世界人が、うってつけのスキルを持っています。勇者候補生のひとりですから、国王陛下もご存知なのではないですか?

 彼女のスキルは『送還』という『召喚』とは正反対の能力です。そのスキルを使えば、自分以外の人間なら、誰でも世界に送り出すことができます」


 パン、パン、パン。

 皇帝は、わざとらしく手をたたいた。


「おお、それならばちょうど良いではないか。そのスキルで異世界人を全員送り返してしまおう。それで、その件は解決だ」


「……それにもうひとつ、我々は王国が開発した秘密兵器の情報もつかんでいます。魔力爆発とかいう現象を利用した、人間を爆弾にする兵器だとか。それを使えば、ドラゴンを殺せるほどの威力があるそうです」


「ドラゴンを? それは見逃せませんね」


 リーリアの視線に、国王はビクッと肩をすくめた。まるで蛇に睨まれたカエルだ。

 反論がないのを確かめてから、シャーリィが続けた。


「ドラゴンの女王がおっしゃるように、その兵器も禁止する必要があります。

 召喚魔法と魔力爆発に関連する研究を禁止し、関連する魔道具をすべて破壊する。約束を保証するために、帝国に所属する魔法使いを何人か王国側が受け入れる。……それでいかがでしょうか?」


「我が国に、スパイを受け入れろと言うのか!」


「くっくっく……い、いや、失礼」


 皇帝が余裕たっぷりに笑う。

 

「まあまあ、国王陛下。落ち着いてください。これも和平のためです。

 血で血を洗う争いが終わるのです。そのためのコストとしては、安いものでしょう。その代わり、当面の間は貴国に侵攻はしないとお約束いたします。なにせ、ドラゴンの女王が間に入ってくれるのですからな。これ以上に確かなことはない」


「当面とは、どれだけの期間ですか。半年? 一年? それとも十年? ……こちらは異世界人という切り札を失うのです。交渉で丸裸にしておいて、すぐに侵攻されたのでは割に合わない」


「なあに、そちらが約束を破りさえしなければいいのですよ。互いに不穏な行動さえ起こさなければ、休戦協定は自動的に継続する。そういう条件ならどうです。我々は無用な争いなど望んでおりません。好戦的なのはむしろ、王国の方でしょう」


「ふん。信用などできるものか。理由など、どうとでもつけられる」


 ということは、帝国側も含まれる。つまり実質的には、いつでも休戦協定を破れるということだ。


 帝国としては、ドラゴンを納得させて故郷に帰してしまえばいい。

 そうすれば後でいくらでも好き勝手にできる。シャーリィは皇帝に、そう吹きこんでいるはずだ。


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