ドラゴンの正体

「でも、それって……異世界からの召喚はともかく、少なくとも戦争はカティアのせいじゃないだろう」


「王国軍が攻勢に出たのは、勇者候補生のプログラムが軌道に乗ったからです。それまで戦況は膠着していました。ほぼ急戦状態だったと言っても構いません。

 それが異世界人の召喚で変わったのです。初代の勇者候補生の活躍で、王国軍は大きな戦果を上げました。帝国軍がドラゴンに手を出したのも、その対抗措置です」


 それ以上は俺も反論できなかった。

 カティアの紅い瞳は常に真実を見ている。それがどんなに不都合でも、彼女は自分自身の心を偽ることができない。



 テントに戻った俺たちに、最初に声をかけてくれたのは委員長だった。来たばかりなのに、もう仲間のみんなと馴染んでいる。


「佐野クン、おかえり。みんな待ってたよ」


「えっ、ショウヘイお兄ちゃん? どこどこ?」


 あっ、そうか。まだステルスを解除してなかった。俺たちのことが見えてるのは、この中では委員長だけだ。

 俺が魔法を解くと、ソラが抱きついてきた。


「お兄ちゃん、おかえりなさい」


「留守番、偉かったな。何か変わったことはなかったか」


「大丈夫だよ。ソラがちゃんと見てたもん。でも、リーリアが大変だったんだ。お空に飛んでるドラゴンを殴りに行くって、聞かないんだもん。カティアが止めなかったら、そのまま出ていっちゃったかもしれないよ」


「こんな場所で変身したら、それだけでも死者が出ます。それにドラゴンは目がいいそうですから、上空からでも見つかる可能性があります。ですからショウヘイ殿が戻るまでは隠れていてもらいました」


「アイツは私の弟よ。あの……シスコンのクソ野郎。勝手に人間の世界に介入して、目立つことなんかして。ダーリンに嫌われたらどうするの。後で絶対にボコボコにしてやる」


「ダーリンってなんだ?」


 俺はギョッとした。

 確かいつもは『ツガイのオス』とか言ってたはずだ。


「ミリアに聞いたわよ。胸がギュッとして、卵を産みたくなるような特別なオスのことを人間はそう呼ぶんでしょう。実は今、ちょっだけ彼女と取引してるの。ドラゴンの言葉を教える代わりに、ショウヘイのいた世界のことを教えてもらうって約束で……」


「ミリア、そうなのか?」


「ハイ、ドラゴンの言語は人類にとっては未開拓の領域でした。これは私にとっても知的好奇心を誘われる案件です。このことは、ショウヘイ様のためにもなると判断しました」


「まあ、それもいいけどさ……」


 ミリアのヤツ、最近どんどん人間臭くなってくる。

 無機質だった声にも感情がこもってきた。なんかもう、普通にいる人間の秘書みたいな感じだ。


「それでねえ、ダーリン。いいでしょ。アイツのことは再起不能になるまでタコ殴りにしてやるから、命だけは助けてあげて。

 あんなバカでもたった一匹の弟なの。悪いヤツじゃないのよ。子どもの頃だって、私のために花を取りに行こうとして山ごと破壊したりして……まあ、ドジで迷惑なのは間違いないけど。たぶん、私が黙って出て行ったんで探しに来たんじゃないかと思う。見かけによらず、さみしがりやなのよ」


 そんなんで、二万人も死んだのか……。

 俺は、あぜんとした。血なまぐさい戦争も無数の戦死者も、ドラゴンの感覚としては、ただの姉弟きょうだいゲンカと変わらないのかもしれない。


「ショウヘイ、ところでこの女性は誰なんだ?」


 シルフィが話に割って入ってきた。


「あ、ああ。そうだった。そっちを先に説明しなくちゃな。この人はシャーリィだ。帝国のスパイだったんだけど、置き去りにすると後でヤバいことになりそうだから、逃げる時に連れてきた。カティアはシルフィの従姉妹だって言ってたぜ」


「シャーリィ……。えっ、シャーリィ!」


 シルフィの声は、名前を繰り返すうちに驚きへと変わっていった。


「ショウヘイ、早く目覚めさせてくれ。私の大切な従姉妹なんだ。もう死んだと思っていた。ああ、よかった。また会えるなんて思ってもみなかった。ショウヘイ、ありがとう」


「カティア、いいのか?」


 カティアは覚悟を決めたように、小さくうなずいた。

 殺そうとして暴れるかも……とか。物騒なことを言っていたが、このままずっと寝かせておくわけにもいかない。


「じゃあ、魔法を解くぞ。混乱してると思うから、あまり驚かせないでくれ」


 その場にいる全員に聞こえるように注意をしてから、俺は小さく呪文を唱えた。


解除魔法ジャービック


 ぴくっ、ぴくっ。

 効果はすぐに現れた。横たわっているシャーリィのまつ毛が動く。そして、ゆっくりと目が開いていった。

 シルフィと同じ綺麗な青い瞳だ。さっきまでカツラで隠していた金髪と合わせて眺めると、従姉妹というよりむしろ姉妹に見える。


「シャーリィ、私だ。シルフィだ」


「シルフィ……ひめ、さま……」


 うわごとのようにシャーリィが答える。


「ああ、そうだ。従姉妹のシルフィだ。もっとよく顔を見せてくれ」


「でも、シルフィ様は死んだはずです。だとすると……」


 シャーリィは急に目をキッと見開いた。

 ガバッと起き上がり、自分のシャツに手を突っこむ。隠していたはずのナイフを取り出すつもりだったのだろう。もちろん、そんなものはもうない。布できつく縛っていた胸も解放されている。


「くそっ……どうやった? おまえたちは王国軍の手の者だな。この私をどうするつもりだ。返答次第では全員に死んでもらう」


 シャーリィはナイフをあきらめると、右手に魔力を集中し始めた。

 彼女の能力は、エランドの時に聞いている。

 シャーリイには【魔法戦士】としての能力もある。魔力を使えば素手でも剣のように人間を切り裂くことが可能だ。



 


 


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